我儘令嬢フローラの元に盗る妹が現れた。婚約者を狙われたけれども差し上げませんわ。
「わぁ。お姉様のお部屋素敵ね。色々な物が飾ってあるわ。かわいい縫いぐるみが沢山っ。私も欲しいわ。」
目の前にいるずうずうしく自分のものを強請る女性はフローラの妹ではない。
間違いなく妹ではないのだが。
「レイリア。私は貴方の姉ではないわ。」
フローラ付きの侍女サラも頷いて、
「貴方様はフォルダン公爵家で一時、お預かりしているだけのお方です。ですから、フローラ様はレイリア様と姉妹ではありません。」
レイリアは目を見開いて、
「でも、亡くなる前に母が言っていました。私はフォルダン公爵の娘だって。ですから…」
フローラが否定して、
「お父様がお母様を裏切ってほかの女性との間に子供を作るはずなんてないわ。だって16年前よ。お母様が亡くなってすぐの頃よ。お父様は悲しみに浸っていたはずよ。
貴方の出生について、お父様が確かめたいっていうから、それを調べる間、うちで預かっているだけよ。間違ってもお父様が違う女と子を作るなんてありえないっ。」
フローラは怒りまくっていた。
いきなり父が連れてきた自分より1つ年下の少女。
フローラは今、17歳。父が連れてきた少女は16歳。
フローラは金髪を後ろに縛って三つ編みにし、スミレ色の瞳の公爵令嬢だ。
父が連れてきたのは、ふんわりした金髪に可愛らしい顔立ちの少女レイリア。
レイリアはフローラに向かって、
「貴方は私のお姉様なのだし、私はきっと公爵家の娘なのだわ。だから私を可愛がる義務があるはずよ。だからその縫いぐるみ頂戴。それからお姉様の髪飾りとても素敵。欲しいわ。」
キラキラした橙の宝石をあしらった髪飾り。フローラのお気に入りである。
それを強請られてフローラは怒りまくった。
「妹かどうかわからない貴方に、私の大事な縫いぐるみや、髪飾りを上げるわけにはまいりません。いえ、妹だとしても誰があげるものですか。これは私の大事な宝物。私だけの物よ。」
サラが言葉を付け加える。
「フローラ様は物欲が高く、良いものを執念をもって買い揃えております。その我儘ぶりは、以前、フィリップ第二王子殿下に愛想をつかされる位にひどい物。それ程までにフローラ様は物に執着しております。ですから、何一つ、レイリア様に差し上げるものはございません。」
フローラが慌てたように、
「フィリップ第二殿下に婚約破棄された事をいまさら持ち出さないでほしいわ。もう、懐かしい。一年前のことかしら。」
サラが言葉を続けて、
「はい。丁度、一年前のことでございますね。あまりのフローラ様の我儘ぶりに、フィリップ第二王子殿下が婚約破棄をすると宣言なさったのは。その後、フローラ様はローゼンシュリハルト・フォバッツア公爵様をマリアンヌ様から略奪されて。」
フローラも思い出すように頷いて、
「そうだったわね。お父様に頼んで、ローゼン様を婚約者にして貰ったのだわ。あまりにもローゼン様がなびかないものだから、ちょっと魅了を…いえ、オホホホホ。なんでもございませんのよ。」
レイリアがちらりとフローラのほうを見て、
「悪役令嬢。というものだと思いますわ。お姉様。ともかく、お姉様は私を可愛がって、物をくれればいいのっ。縫いぐるみ欲しいわ。髪飾りも欲しいっ。」
フローラはフンっと横を向いて、
「何一つ貴方に差し上げるものはないわ。ちまたでは小説でなんでも欲しがる妹とかいうものが流行っているようね。妹かどうか解らない人間に、なんで差し上げなくてはならないの?たとえ、妹だとしても何一つ私の大事なものは差し上げません。」
「えええっ。酷いわ。お姉様。さすが悪役令嬢。」
「違うわ。私は悪役令嬢なんかじゃないわ。私は我儘令嬢よ。」
サラが深く頷いて、
「そうです。フローラ様は悪い方ではありません。ただ、我儘なだけです。」
そこへ、他の侍女が扉をノックする。
「フローラ様。ローゼン様がおいでです。お通ししてよろしいでしょうか?」
フローラは顔を輝かせて、
「まぁ、ローゼン様が。客間にすぐお通して頂戴。すぐ行くわ。」
レイリアも両手を組んで顔を輝かせて、
「ローゼン様って、国一番の美形のあのローゼン様?騎士団長の。お姉様。ローゼン様を私に紹介して。」
「誰が紹介するものですか。ローゼン様は私の婚約者。サラ。この女を部屋に閉じ込めておいて頂戴。」
「かしこまりました。」
フローラはレイリアをサラに任せてローゼンに会うため為に、胸を高鳴らせながら客間へと足を運んだ。
ローゼンが赤い綺麗なバラの花束を持って、客間に入ってきた。
「フローラ。たまには君に花をと思ってね。」
「まぁ。ローゼン様がお花を?珍しい。とても綺麗ですわ。」
バラの花束を受け取る。
ドレスとか、アクセサリーとか時にはプレゼントをくれるローゼンだが、花束はキザになるからと、めったにくれない。
ローゼンは金髪碧眼の凄い美男だ。歳は28歳。マディニア王国の騎士団長を務めている凄腕の男性である。フォバッツア公爵家も名門で、父は元騎士団長、母は隣国の王女で英雄で有名である。
ローゼン自身は人づきあいが苦手でどちらかというと、見かけと違い、堅物の部類である。
28年間、童〇という話は、今やマディニア王国中で知らないものはいない。
あまりの美しさに他の女性達にもモテて、国内にファンクラブがある位だ。
美しいものが大好きなフローラにとって自慢の婚約者である。
ローゼンと並んで座り、メイドが運んで来た紅茶をともに楽しみながら、
「婚約して一年経ちましたのね。時は早いものですわ。」
ローゼンも紅茶を飲んで、
「本当に…いろいろとあったな。こうして、君の婚約者で私はいられて幸せな限りだ。」
ふと、窓の外へ視線を向けてみれば、閉じ込めたはずのレイリアがテラスの窓にへばりついてこちらを見ていた。
思わずフローラは固まって、慌ててローゼンに言い訳する。
「うちの屋敷で預かっている子ですわ。もう、窓からのぞき見するだなんて。」
「ああ、あの子がレイリアか?」
「え?ローゼン様。ご存じなのですか?」
「話を聞いてみたい。中に招き入れていいかね?」
ローゼン様があの子に…私というものがありながら、あの子に興味を持つなんて。
フローラとしてみては心中穏やかではなかった。
フローラが窓を開けてやれば、テラスから中に入ってきて、目をキラキラさせながら、レイリアはローゼンの隣にずうずうしく座り、
「私、レイリアと申しますっ。貴方様が国一番の美男で有名なローゼン騎士団長様っ?私、ファンでファンで。なんて素敵なんでしょう。」
ローゼンの腕にべたっと胸を押し当て、うるうるした目でレイリアは見上げた。
フローラはイライラする。
ローゼン様は私の婚約者よ。それなのにっ。あの女っー――。
ローゼンはレイリアに向かって、
「君の事はフォルダン公爵から聞いている。今、君の素性を、近衛騎士に命じて調べさせているところだ。君の父親は本当にフォルダン公爵なのかね?」
レイリアは真剣なまなざしで、
「お母様は私のお父様はフォルダン公爵様だと…私もそう聞かされておりました。お母様は私を女手一つで食堂で働きながら育ててくれて。お父様が私を迎えに来てくださった時、それはもう嬉しくて。私、こんな素敵なローゼン様とお近づきになれるなんて、夢のようですっ。」
「こちらこそ。ただ、私はフローラの婚約者だ。このように、べったりと傍に来られるのは困るな。」
ローゼンは立ち上がり、レイリアの向かいのソファに移動して、唖然と立ったままのフローラに向かって、
「フローラ。私の隣においで。」
「ええ。ローゼン様。」
ローゼンがちゃんと自分を大事にしてくれているのが解ってフローラは嬉しかった。
こんな得体のしれない女なんかに負けはしない。
「ローゼン様。今度の夜会。新しいドレスを作ろうと思いますの。何色が好みでしょう。」
「新しいドレス。それならば、私からプレゼントしてあげよう。」
「まぁ、嬉しいですわ。」
これみよがしに、レイリアの前でイチャイチャする。
レイリアは涙を浮かべてローゼンに訴える。
「お姉様は妹を大事にするべきですっ。ローゼン様。お姉様は私に対して意地悪をするんですよ。私が欲しいと強請った縫いぐるみや髪飾りを下さらないばかりか、私を妹だと認めても下さらない。なんてひどいお姉様なんでしょう。」
ローゼンはちらりとレイリアを睨みながら、
「フローラがタダカツベアを大事にしているのは、よくわかっている。タダカツベアは全国民の憧れの縫いぐるみだ。それを奪い取ろうとはなんて事だ。」
フローラはローゼンに向かって、
「ローゼン様もタダカツベアの良さをお分かりになったのですね。」
「あれだけ、店に連れていかれ、タダカツベアのすばらしさを君やサラからも聞かされれば、いい加減に認めざるえないだろう。」
「まぁ、タダカツベアのすばらしさを熱弁した甲斐がありましたわ。」
レイリアがムっとしたように、
「タダカツベアのそれもタダカツ様が作られたオリジナルを何個も持っていらっしゃるなんて。一つくらい、妹にくれたっていいじゃないっ。」
「差し上げません。タダカツベアは私の宝物なのよ。髪飾りだって。ソナルデ商会で、オーダーして作った特別品。なんで貴方にあげなくてはならないの?」
「私はフローラお姉様の妹だからよ。ローゼン様。お姉様が私をいじめるのです。こんなひどいお姉様と婚約破棄をして、私と結婚してくれませんか?そのほうがローゼン様は幸せになれますっ。」
「何を言うのっ。ローゼン様は私の婚約者よ。言わせておけばっ。」
ローゼンが立ち上がって、フローラの手を取り、
「私はフローラ・フォルダン公爵令嬢の婚約者だ。いかに三回目の婚約とはいえ、私はフローラのことを愛している。政略以外にもだ。必ずフローラと結婚をする。」
「ローゼン様。嬉しい。」
フローラは涙を流す。そう言い切ってくれたローゼンの言葉が嬉しかった。
一目見た時からローゼンの事が好きでたまらなかった。
だから、手に入れたいとお父様に頼んだ。
政略で王弟殿下の娘であったマリアンヌから、奪い取る形でローゼンと婚約を結んだ。
そして、今、とてもローゼンからの愛を感じる。
客間の扉が開いて、姉であるアイリーンが小さな息子リードを抱っこして、部屋に入って来た。
「これはローゼン様。お久しぶりね。」
「アイリーン。領地から帰ってきたのか。」
「ええ。ちょっと王都に用があって。夫を残して帰ってきたわ。で?この女は誰かしら。」
レイリアを睨みつけて、アイリーンが聞いてくる。
アイリーンはフローラの双子の姉だ。しかし、癖のある黒髪を長く伸ばして、金髪のフローラとは正反対の容姿をしている。冷たく見える女性である。
フローラがアイリーンに説明する。
「お父様が連れてきたのよ。この子のお母様がフォルダン公爵の子だと、言い残して亡くなったっていうから。お父様は自分の子ではないと言うのだけれども。」
ローゼンが言葉を付け加える。
「誰の子か、こちらでも調べている最中だ。」
アイリーンがリードをフローラに預けて、レイリアに近づき、
「貴方が私の妹だと言うの?」
レイリアは頷いて、
「アイリーンお姉様。私はレイリアと申します。」
「ふーん。そうなの。」
フローラはアイリーンに、
「この女、私の物を奪おうとするのですわ。タダカツベアや、髪飾りや、挙句の果てにローゼン様までも。今、ちまたで流行っている小説の盗る妹ですわ。」
「盗る妹…まぁ、そう。」
アイリーンはにやりと笑って、死神が持つような巨大な大カマをどこからか取り出した。
「いいわ。私はね。長年の婚約者を男に盗られたの。男によ。まぁ、半殺しにしてやったけど。もし、私の物を盗ろうというものなら。」
レイリアの首に大ガマの刃を押し当てて、
「貴方の命は無いわ。」
レイリアは真っ青になって、
「ひいいいいっ。盗りませんっ。アイリーンお姉様の物は絶対に。」
「それならいいわ。」
大カマをしまって、フローラの手から息子のリードを抱っこする。
「フローラ。貴方ももっと強く出ないとダメよ。こんな得体のしれない女。私達の妹である訳ないじゃない?」
「そうよね。私ももっと強くでないと。」
レイリアは震えながら、
「でも、私だってこの家の娘なの。だから、もっと恵まれていいはずだわ。だからローゼン様は私に頂戴っ。」
ローゼンは不機嫌に、
「頭がおかしいのではないのか?まぁ、調査結果が解ったら、フォルダン公爵に報告しよう。」
フローラが頷いて、
「お願いしますわ。」
もう、この厄介な女をどうにかしてほしい。そう思うフローラであったが、この厄介な女、とんだお方の娘だった。
二日後、フローラはレイリアを連れて、フォルダン公爵とともに、王宮へ出かけた。
そこにはマディニア国王陛下と、王妃、そして、ディオン皇太子殿下、セリシア皇太子妃とフィリップ第二王子、王家の方々が勢ぞろいしており、ローゼンが皆、そろったところで、レイリアについて報告をする。
「調べました所、国王陛下におかれましては、16年前、お忍びで城下へ行かれた際、食堂に勤めていたマリアという女性と関係を持ったと報告にございますが。」
マディニア国王は遠い目で、
「マリアはそれはもう可愛い女性でな。一夜の関係であったが…さすがに国王とは言えず、つい、シュリッジ・フォルダンと名乗ってしまったのだ。それではそこの娘が私のっ。そういえば、私に面差しが似ているような気がするぞ。」
王妃が目を吊り上げて、
「貴方っー―――。王家の種をそこら中に蒔いていただなんて。貴方はてっきり男に興味があると思っておりましたのにっ。」
「私が興味があるのはシュリッジだけだっー――。」
シュリッジとは、フォルダン公爵の名前である。
フローラは頭を抱えたくなった。宰相である父はもっと頭を抱えているだろう。
フォルダン公爵は、
「誤解なきよう言っておきますが、私と国王陛下は主君と臣下という関係だけでありますが。」
「お前の我儘を聞いて、フローラとローゼンとの婚約を認めてやったであろう?」
「それはそうですが…」
「その後、褒美ぐらいあってもよいのではないのか?」
王妃がすごくにこやかに微笑んで、
「貴方…褒美とはどのような?どのような褒美なのですか?」
「いやそのあのそのっー――。」
ディオン皇太子が、仲裁にはいる。
「父上、母上、話が進みません。それではこのレイリアとやらは、俺の妹ということで?」
マディニア国王は深く頷いて、
「ああ、そうだ。私の娘だろう。」
フローラは思った。
あの子、王女様だったの?それじゃ…ローゼン様を下手したら盗られないかしら。
ローゼンの方を心配そうに見る。
ローゼンはフローラの近くに来て、その手を取り、囁いてくれた。
「いくら、あの女が望もうとも、私の結婚相手は君だけだ。フローラ。」
「ローゼン様。」
レイリアは叫んだ。
「私は王女様だったのですね。それならば、欲しい物はすべて手に入るという事で。ドレスが欲しい。ネックレスが欲しい。ローゼン様と結婚したい。私は王女様。叶うはずだわ。」
不安そうなフローラの視線を受けて、ディオン皇太子が頷く。
「レイリアとやら、俺は可愛い妹ができて嬉しいぞ。さっそくだが王女として、仕事をして貰おう。
わが妻、セシリアや聖女リーゼティリアの慈善活動。人手が足りなくてな。王女となったそなたならさぞかし働いてもらえるだろう。期待しているぞ。」
「ええええええええええっー――――――――――。ドレスは?ネックレスは?ローゼン様はっ?」
レイリアはガシっと、両端から宮廷の近衛騎士達に拘束されて連れ出される。
ディオン皇太子は命じた。
「王族にふさわしいように、教育をしてからだな。王宮の部屋に監禁の上、朝から晩までみっちり教育。その後は国内にて、慈善活動。それでよろしいですかな?父上、母上。」
マディニア国王は頷いて、
「ああ、それでよいだろう。」
王妃は不機嫌そうに、
「うんとコキつかってやりましょう。まったく、不愉快だわ。」
フローラはローゼンとともに、ディオン皇太子に礼を言う。
「ありがとうございます。ディオン皇太子殿下。」
ローゼンも頭を下げて、
「貴方にはいつも助けて頂き、感謝致します。」
ディオン皇太子はハハハと笑って、
「お前達には俺も助けて貰った。後、結婚まで一年か。待ち遠しいな。」
フォルダン公爵には先に帰って貰い、フローラは愛しいローゼンと共に、手を繋いで、王宮の庭を散歩した。
「ローゼン様。私、とても不安でしたわ。レイリアに貴方を盗られるじゃないかと。盗った私がいう事ではありませんね。」
「私は、君に盗られてとても幸せだ。フローラ。ああ、後、一年もあるのか。待ち遠しい。」
秋も近い、夏の終わりの日、フローラはローゼンと口づけを交わす。
心から幸せを感じて…
我儘令嬢フローラ。相変わらず、ローゼン様に愛されて幸せに浸っています。