【短編】毒親に育てられた自尊心の低い女騎士ですが、任務で王太子の婚約候補のフリをすることになりました ~偽りの関係なのに本気で王太子に好かれてしまい、騎士団長の三人息子がヤキモチ妬いてます~
「ねぇ、あの人が副団長らしいわよ」
「元冒険者の人でしょう? 平民が騎士団の役職に就くなんて、団長様とどれだけ関係が密なのでしょうね?」
「私たちと違ってろくな教育を受けずに大人になって、そんな卑しいのが高貴な役職など務まるはずもありませんわ!」
「「「オーホッホッホッ!」」」
明らかに私への悪口だ。私に聞こえるように言っているとしか思えない。
今、私は王城で毎週末行われる晩餐会の警備をしている。私の後ろには名前しか聞いたことのなかった貴族の面々が集まっており、鼓動が頭に響くほど緊張している。
何せ、今日が副騎士団長になってからの初仕事だからだ。
貴婦人たちの言うことは間違ってはいない。私はもともとモンスターを狩る冒険者だった。貴婦人からすれば、そんな穢れ仕事をしていた私は卑しい存在であろう。
正直、私に騎士団の副団長なんて務まるとは思っていない。騎士団にはすでに、団長の優秀な三人息子『ベーム三兄弟』がいる。その三人を上回る役職を名乗るほどの能力はない。
やっぱり、元に戻してもらおうかな……。
数時間の晩餐会中、私の頭の半分はそのことで埋め尽くされていた。
私は、冒険者なら誰もが知っている弓の名門家、アーチャー家に生まれた。
他のきょうだいと比べて弓の上達があまりにも遅く、両親からも家族からも冷遇されて育った。
冒険者になってからも足を引っ張った私はパーティを追放され、そのことを知った父はアーチャー家からも追放した。そして私は冒険者をやめた。
だが皮肉なことに、冒険者をやめたおかげで弓の才能が目覚め、今の騎士としての私がいる。それは分かっているが、さすがに副団長の役職は荷が重すぎる。過剰に評価されている気がしてならない。
晩餐会が終わると、王城の外で夜警の騎士との引き継ぎをした。
「クリスタルちゃん、お疲れさま!」
その相手は、ベーム三兄弟の三番目であるオズワルドだ。彼は第二遊撃隊の隊長でもあり、私に剣術を教えてくれた師匠でもある。
月明りにその金髪とほほ笑みが映えてまぶしい。
「どう? 副団長 初のお仕事は」
「ただひたすらじっと集中しなければならないので、かなり疲れましたね」
「だよね~。僕もじっとしてるの苦手だからわかるよ~」
そのとき、脳裏にさっきの声がよぎった。そんな卑しいのが高貴な役職など務まるはずもない――
ううん、オズワルドさんに言ったところでどうにかなるわけじゃないし、あんなのに屈してるようじゃダメだ。強くいないと。
あの悪口は心の奥に押しこんでおくことにした。無理に作った笑顔をオズワルドに見抜かれていないか、その表情からは読み取ることができなかった。
私はこのベーム騎士団でたった一人の女騎士なので、寮生活ではなく王都の中のとある宿屋で寝泊まりしている。
毎朝そこから騎士団寮に赴き、他の騎士と一緒に訓練をしたり、見廻りをしたり、警備をしたり、警護をしたりしている。もちろん有事のときは民や国を守るために戦う。
晩餐会の警備をした次の日、私が騎士団寮に出勤すると、入口近くでリッカルドに呼び止められた。彼はベーム三兄弟の二番目で、私をこの騎士団にスカウトしてくれた張本人である。
「父上から『今すぐに団長室に来るように』と伝言を預かっている」
「了解しました。ありがとうございます」
「俺も呼ばれてるから一緒に行こう」
役職としては彼より上になったが、敬語を捨てようとは到底思えない。彼の長い黒髪をなびかせたたくましい背中が、あまりにも私の目に焼きつきすぎている。
ノックをして団長室に入ると、中には団長の他に、ベーム三兄弟の長男のディスモンドと眠そうな顔のオズワルドがいた。
「よし、四人そろったな」
今ここに団長と副団長と三隊長が集められたことから、これから話されることの想像は容易い。
「昨日の午後、国王殿下と王太子殿下と私で会談を行ったのだが、そこで殿下から『近々極秘で、隣国の王太子ご夫妻がいらして会談をするから、厳重な警備を頼みたい』と仰せになられた」
眠そうに瞬きを繰り返していたオズワルドだが、その言葉を聞いたとたんに目がカッと開かれた。いつものふわふわした雰囲気からは想像ができないほどの真剣な目である。
「王城の警備と、要人の警護――」
ディスモンドが慣れたように話を進めようとすると、団長は「頼まれたのはそれだけではない」と言ってそれを止めた。
再び緊迫した空気が流れる。
「王太子殿下が警護人をご指名なさった。それは――」
まぁ、長男のディスモンドさんかな。
そう考えていた私に、団長の目線が刺さる。
…………えっ、まさか。
「クリスタル君だ」
私はこの状況をすぐには理解できなかった。
「わ……私ですか」
自らを指さし、もう一度尋ねても答えは同じだった。
「そうだ。王太子殿下はクリスタル君を警護人にご指名なさった」
「は、はい。了解いたしました」
とりあえず返事はしておくが、実感が湧かない。私の存在が王族に知られている事実すら納得できていない。
「ですが……いくら私が副団長とはいえ、平民生まれで元は冒険者です。そんな私が王太子殿下のお隣にいていいのでしょうか。それに、王太子殿下を常にお守りしている方がいるというのに、なぜわざわざ私を」
どうして私なんかに、という感想しか出てこない。
「その詳細はクリスタル君にしか話さないそうだ。私もお伺いしたがお答えにならなかった」
私が直接質問しなければならないそうだ。うぅ、足が震えてきた。
「本日の午後からさっそく顔合わせをしておきたいそうだから、昼食を取ったらすぐに王城へ行くように」
「りょ、了解です」
私がこの事実を飲みこめるようになるまで、現実は待ってくれないようだ。
背中に冷や汗をかいたまま、午前の訓練は始まってしまった。
「そなたが副団長のクリスタルか」
王城の執務室に通され、私は初めて国王の顔を見た。自己紹介をする前にフライングで名前も役職も言われてしまった。
「はい。お初にお目にかかります、ベーム騎士団副団長のクリスタル・フォスター・アーチャーと申します」
騎士になってから少しずつ身につけた礼儀作法が、ここでようやく発揮される。丁寧な言い回しは慣れておらず、たどたどしくなってしまった。
「今日はよろしく頼む。こちらが私の息子だ」
国王の前の机を挟んで立っている人を指し示す。
国王と似た、王族らしい白い肌に金髪。そして緑色の目にメガネをかけている。
「マシュー・ド・ウォーフレム、こう見えても王太子です。よろしくお願いいたします」
落ち着いた声にどこか知的な要素も感じられるが――
「こちらこそ……あの、私に敬語などお使いになられなくても結構ですよ」
「すみません、敬語ではないと気が済まない性格でして」
「え、あ、はい、そうなんですね」
驚くほど腰が低い。低すぎて地面に埋まってしまうのではないかと思うほど、腰が低い。
机の前には二脚のイスがあり、片方にマシュー、もう片方に私が座った。まさかの王太子と私が同じ扱いを受けていることになっている。
「さて、団長から話は聞いていると思うが、来月の初めに隣国のゼノスタン王国の王子夫妻と、国境軍備に関する会談を行おうと計画している。そこで、そなたにはマシューの警護をしてほしいのだ」
「はい、存じております」
さっそく、団長にすら話さなかった『私を選んだわけ』を聞いてみる。
「ですが、どうして私をご指名になられたのですか。マシュー殿下には普段からお付きの方がいらっしゃるはずですが」
「あぁ、団長にも同じことを聞かれたな」
そう言って苦笑いをする国王。ふと横にいるマシューを見てみると、気まずそうに目線が斜め下に下がっている。
これは何か、聞いてほしくないことだったのかな? いやいや、気になるし。
「警護の説明をするときに一緒に話そうと思っていたのだが、単刀直入に話そう。そなたには警護だけではなく、マシューの婚約候補として振る舞ってほしいのだ」
「婚約候補……ですか」
ポカンとしながら再び隣のマシューに目をやる。どこか申し訳なさそうに小さくうなずいている。
ここでようやく国王が理由を話してくれた。
「実はな、王子夫妻と会うたびにマシューのことで小馬鹿にされるのだよ……。『まだそちらの国の王太子には婚約候補すらいないのか』と」
そ、そうなの!? か、かなりの私情だ……。
「私は十九で、もう結婚しなければならない年齢なのですが、どの女性とも交際にすら至らなくて。私に跡継ぎができなければ王家断絶……そんな私を王太子夫妻はあざ笑いつつ、国を狙っているのです」
そっか、マシュー殿下は一人っ子だから……。王家独特の世継ぎの問題と侵略問題も絡んでるとは。
「事情は分かりました。ただ……私のような平民、ましては元冒険者が殿下の婚約候補だと振る舞ってよいものなのでしょうか」
「マシューを守り抜いてくれるのなら身分は関係ない。ただ、難癖をつける民もいるだろうから、そなたが貴族出身の騎士ということにすればよい」
偽りに偽りを重ねる!?
「承知いたしました……」
かなり大胆なことを考える国王に圧倒され、もはや返事しかできない私だった。
国王と王太子との初対面のあと、王城の敷地内にある図書館で、礼儀作法についての本をとりあえず十冊と辞書を借りた。
そのままいつも寝床としている宿屋まで本を持ち帰る。
「よいしょ、ただいま帰りました」
何とかドアを開けると、女主人のエラが目を丸くして駆け寄ってきた。彼女は私が冒険者パーティを追放された直後から今までを知る恩人である。
「おかえり……っておい、何だいその本は?」
「急遽、貴族の女性としての振る舞い方を勉強しなければならなくなったので」
エラに、『王太子の警護をしつつ婚約候補として振る舞う』ことになった経緯を説明した。
「なるほど。『尽善尽美の王子』と言われる王太子にそんな裏があるとはな」
ニヤリと笑うエラ。
「ほ、他の人に言わないでくださいよ!?」
「あぁ、分かっている」
時々――いや、このようにエラはよく私を弄ぶ。毎度ハラハラさせられるから困るのだが。
「まぁ、あたしとしては、クリスタルがそんなすごい仕事を任されるようになったことが嬉しいだけなんだけどな。勉強のお供はあたしが作ってやるから、頑張るんだよ」
「ありがとうございます!」
この宿屋は食事処も兼ねているので、たまにこのようなサービスをつけてくれる。
私は、エラに淹れてもらった紅茶を飲みつつ、クッキーをつまみつつ、辞典で言葉を調べつつ、借りた本を読み進めていった。
昼間も本を持ち歩いて、訓練や任務の合間を使って勉強した。
結局、読破するのに一カ月かかった。
「ホントは貴族の方に教わった方が一番手っ取り早いんだけど……誰も私なんて相手にしてもらえなかったなぁ」
十冊目の本をパタッと閉じてつぶやく。
土を被り、血を流し、筋肉を酷使するような生活を送ってきた私に、『貴族の女性』など一番程遠い存在だ。ぶっつけ本番だが、何とか偽ることはできるのだろうか。いや、やってみせる。絶対に。
打ち合わせでもらった資料とひたすらにらめっこし、脳内でシミュレーションを繰り返した。
ついに会談当日を迎えた。
私はもう一生着ることがないであろう、フリルや装飾品がふんだんに使われたドレスを着ている。鎧とはまた違う重さだ。
そしてこのドレスには細工がしてあり、袖に短剣が、腰のフリルの下に長剣が隠されているのだ。
初めてのコルセットは、これでもかとぎゅうぎゅうに私を締めつけている。息をするのも苦しい。
ヒールの靴だけはこの一カ月で練習して歩き回れるようになった。だが、靴擦れの傷が治っておらずじんじん痛む。
「おぉ……綺麗ですね」
正装を着たマシューが私のもとにやってきた。
「ドレスに着られているように見えませんか」
「いいえ、クリスタルさんは元からお綺麗なのでとてもお似合いですよ」
気を遣って言ってくれてるに違いない。
というか婚約候補という設定なのに、お互いによそよそしくてやりづらい。でもこれは任務だから。今日だけ、今日だけ。
このあとはゼノスタン王国との国境付近まで馬車で移動し、王子夫妻を迎え入れて昼食をとり、王城に戻って会談を行うことになっている。移動の多いハードな日程だが、王都がゼノスタン側の国境と近いことで成せることである。
「そろそろ国境に向かいますよ」
マシューの執事が私たちを迎えに来た。いよいよだ……!
「クリスタルさん、手を」
手を差し出すマシュー。
て、手をどうしたら……?
戸惑って同じように手を差し出してみると、マシューはこの手をとった。
そっか、そういうことか! あぁ、私ってば本に書いてあったことなのにド忘れしてた……最初から何やってるんだ私……。
「緊張なさっていると思いますが、なるべく私がリードしますので」
「あ、はい、ありがとうございます」
マシューは柔らかく微笑んでくれた。その微笑みに少し緊張が和らいだ気がした。
うかつにも、微笑んだマシューにときめいてしまったのは言わないでおく。
私たちの馬車には騎士団から数名が同行する。先頭で道案内をするのは、迎撃隊の隊長でもあるリッカルドだ。
王城を出発するときは、たくさんの貴族と騎士が見送ってくれた。
もちろんその中には王都に残るディスモンドやオズワルドの姿があった。どことなく羨ましそうにこちらを見ている気がしたが……何が羨ましいのかさっぱりである。
貴族たちは私など一切見ず、マシューだけを見て拍手をしていた。
馬車の中では、マシューが私のことについて色々質問してくれたおかげで時間をつぶすことができた。
「クリスタルさんは本当にお強いですね。心も体も。私は幼いころから体はあまり強くない方ですので」
「そうなんですか! ですが、王太子としての激務をこなされておられますよね」
「これでも父上の時代より業務を減らしてもらっています。ですので、クリスタルさんを尊敬しています」
「いえいえ、とんでもございません」
「謙遜しないでください。この一カ月間、クリスタルさんがしてきたような生活を私がしたらきっと倒れてしまうでしょう。父上のような強い子を私の世継ぎにできるなら、王家は安泰だろうに……」
このあと王子夫妻と会うこともあって、弱音を吐いたのであろう。王太子としての重圧は測り知れないほど大きなものだということが分かった。
二時間かけて国境付近に到着した。予定通りの、王子夫妻が来る三十分前である。
ここはウォーフレムとゼノスタンの人や物資が行き交う場所なので、辺境のわりに栄えているところだ。
国境警備隊によると、王太子夫妻も時間通りに到着する予定らしい。何も問題なさそうでよかった。
馬車の外が騒がしくなってきたので、少しカーテンを開けて伺ってみる。
「…………あ」
ここら辺に住む人たちが、マシューや王子夫妻を一目見ようと集まってきていたのだ。ちらほらではなく、人垣ができている。
その人垣がこれ以上私たちに近づかないよう、国境警備隊が盾を使って押さえている状態だ。
「殿下、外に大勢の民が見物しに来ていますよ」
「これは……想定より多いですね」
これからする会議の内容はまさにこの場所のことなので、関心を持っている人が多いのだろう。
だが、夫妻の到着を待っている間に雨が降り始めてしまった。それでも人垣は崩れない。
「ご夫妻がまもなく到着いたします。ご準備をお願いいたします」
付き添いの騎士が告げる。あぁ、こんなときに雨降らなくてもいいのに……。
傘を付き添いの騎士にさしてもらいながら、まずは王太子が馬車を降り、次に私が王太子に手を借りながら馬車を降りた。
「きゃーーーーっ、王太子殿下よ!」
「隣にいる女の人は誰?」
「もしかしてガールフレンド?」
私の地獄耳が野次馬からの声を一つ一つとらえる。ひとまず私が婚約候補と見られているようで安心した。
ガラガラガラガラ……
馬車の車輪の音が聞こえてきた。
しとしとと降る雨の中、王子夫妻を乗せた馬車が到着した。
「お久しぶりでございます」
マシューは帽子をとり、馬車から降りた二人にあいさつする。私も続けて自己紹介した。
「お初にお目にかかります。マシュー殿下の婚約候補のクリスタル・フォーゲルと申します」
名字も念の為偽っておく。本名のフォスター・アーチャーではすぐに『名字がある平民』だとバレてしまうからだ。騎士団長の名字なら問題ないだろう。
「ようやくマシュー様にもお相手ができたようで。よかったですね」
うわぁ……何その嫌ぁな言い方。
顔に出ないようにしつつ、心の中でドン引きする私。マシューと顔を合わせて愛想笑いをした。
その時、どこからか猛スピードで空を切るような音がした。騎士としての私の勘が、袖に隠していた短剣を握らせた。
短剣を王子夫妻の前にかざす。
キンッ!!
私の短剣に弾かれ、地面に落ちたのは一本の矢だったのだ。
「な……なんですの……」
状況を理解できていない王妃をよそに、矢が飛んできた方向を向いてマシューと夫妻をかばう。私に続いて、同行してきた両国の騎士たちが三人を取り囲むように立つ。
「お三方、しゃがんでください!!」
後ろを向かずに私は鋭い声を発した。短剣から片刃の長剣に持ち替え、リッカルドから受け取った盾を構えておく。
「クリスタル様、あなたも危険ですよ!」
「私は殿下の警護も務めなくてはなりませんので」
王子に止められても、このドレスが濡れて汚れようとも、私は構わなかった。私は貴族じゃないから。偽りの婚約候補だから。
「来るっ!」
雨の中に混じって何本もの矢が飛んでくるのが見えた。
矢じりと盾がぶつかり、金属音がこだまする。盾で隙間なく守っているので防ぎきることができたようだ。
盾の横から少し顔を出して矢が飛んできた場所を探る。
「犯人見つけました! あの周りより高い、赤い屋根に煙突がある家に犯人が!」
次の矢を放とうとしていたのか、煙突から顔を出したところを私の目は逃さなかった。
人垣を安全な場所に移動させた国境警備隊の半分が、一斉にその家へと向かっていく。
「リッカルドさん、私に弓をください」
「君が戦うのか?」
「……嫌な予感がするので、私にも遠距離攻撃の手段がほしいです」
「分かった」
実はもしものときのために、リッカルドに私の弓を持ってもらっていた。
「マシュー様の婚約候補は何者ですの?」
「幼いころから弓術を磨き、剣術も習得したとてもお強い方です」
王妃に質問されても、私が元冒険者で騎士であることは伏せておいてくれるマシュー。機転の利く人である。
一方、犯人のいる家へと目を光らせている私だが、嫌な予感は的中した。
国境警備隊が家を囲みこもうとした瞬間、煙突からではなく屋根の向こう側から、誰かが飛び降りたのだ。
犯人は一人ではなく二人いたのである。逃げる犯人は足が速く、鎧を着る警備隊では追いつけない。よく見ると手に刃物を持っており、最悪なことにこちらに向かってきている。
「まずいっ」
私はとっさに弓を構え、犯人の右肩を狙って矢を放つ。雨で視界が悪かったが命中した。
カランカラン……
犯人が刃物を落としたその隙に、警備隊が犯人を取り押さえる。
「よし。あの連射の間隔、明らかに一人ではできませんからね」
「でかした、クリスタル」
「でもあともう一人残ってますので」
リッカルドに褒められるものの気を抜いてはいけない。
最初に私が見つけた犯人を捕まえるまで、絶対に後ろの三人を傷つけてはならない。
しかし、警備隊の様子がおかしい。
「あのヤツ、どこ行った!!」
雨音にかき消されそうになりながらも、私の耳はわずかに声をとらえた。
「警備隊が犯人を見失ったようです! 一同警戒態勢!」
もうこのときには、私がマシューの婚約候補のふりをしていることを忘れていた。そんなふりをしている場合ではない。私の本当の任務は殿下の警護だ。
弓から長剣に持ち替え、近距離戦に備える。
真後ろから気配を感じた。
「ゼノスタンの王子なんて死ねばいいんだよ!!」
振り返ると、盾の壁を越える高さから、刃物を突き出しながら犯人が飛びかかってきていたのだ。私が初めに見つけた犯人である。
盾に足が当たってバランスを崩すものの、逆に反動がついて今まさにマシューを刃物が切り裂こうとしていた……!
私は左手に持っていた盾を捨てた。
「フンッ!!」
剣先で刃物を弾き飛ばすと、倒れかかってくる犯人を左腕で支える。
ところが、これが犯人の体勢を立て直すきっかけを作ってしまった。
「そこの女、ありがとさん」
余裕そうに私にお礼を言ってくるが、そんなに隙を見せていいのだろうか。
「だけどな……まだここにグハッ」
まず胴に峰打ちした。犯人の体勢が崩れ、すかさずもう一発 脛に峰打ちを食らわす。
犯人を転ばすことに成功した。
「王族殺害未遂で現行犯逮捕だ」
リッカルドたちが盾で犯人を押さえつけ、腕を縄でしばって確保した。騎士団で唯一片刃の長剣を使う私だからこそ、犯人の傷は最低限で済んだ。
「犯人はすべて確保されました」
「あぁ……助かったのか」
「あなた様……!」
私の言葉に胸を撫で下ろした夫妻は、抱き合って涙を流す。
「クリスタル様、そして騎士団の皆様、私たちを守ってくださったことに感謝申し上げます。ところで――」
王子の顔が私の方に向いた。ギクッ……バレた!?
「クリスタル様のような弓術や剣術、ゼノスタンでは見たことがないくらい素晴らしいものだったのですが、どこで身に着けたものなのでしょうか」
「ベーム騎士団でございます。フォーゲル家は騎士で有名な家系ですので」
「なるほど、そこでございましたか。どおりで技術も振る舞いも素晴らしいこと」
何一つ間違ったことは言っていないが、自らの名字をフォーゲルと名乗ったせいで罪悪感に苛まれる。
すべてを知っているマシューは、口角が上がりぎみになっていた。
午後の会談では、元から話し合おうとしていたこと以外にも、互いの国境警備隊を強化し有事には協力することを追加した。
会談が終わるや否や、王妃がマシューに話しかける。
「マシュー様、クリスタル様は本当に貴族のご出身でいらっしゃいますの?」
あ…………もう完全にバレた。やっぱり付け焼き刃じゃ本物には敵わないよね。
自らを明かすことにした。
「本当に申し訳ございません。お二人に嘘をついていました。私はクリスタル・フォスター・アーチャー、平民の騎士でございます。ですのでマシュー殿下の婚約候補でもございません。本日は殿下の警護をしておりました。どうか、お二人を欺いたことをお許しください」
王妃は鼻で笑った。罵倒されるのを覚悟した。
「納得しましたわ。引っかかっていたことはあなたの説明ですべてつながりました。私たちに『まだそちらの王太子には婚約候補すらいないのか』と言われることが癪だったのでしょう?」
と言ってあざ笑う王妃。
「マシュー様にはやはり、まだ婚約候補すらいらっしゃらないのですね」
誰がどう見ても意地悪そうな表情でマシューをいじる王子。だが、
「いえ、クリスタルさんは私の婚約候補です」
と、マシューは言い切ったのだ。
「殿下!? しかし私は平民――」
「平民でも構いません。この一カ月で私はあなたがとても魅力的な人だと感じました。法がそれを許さないのならば法を変えます。心身ともに強い女性、まさに私が求めていた女性です」
そっか、貴族だと体が強い女性は少ないかもね……ってうわぁっ!
マシューは私を抱き寄せた。
「あんなに強いのに、どうして自信なさげだったのですか。もっと自分を信じればいいのですが、これはギャップというものですかね」
マシューの言葉で、今すぐここから離れたい衝動にかられる。あぁ恥ずかしすぎる。恋愛経験も何もない私には刺激が強すぎる。
と、そこに。
「「「お待ちください」」」
この広間で警備をしていた例の三兄弟、ディスモンドとリッカルドとオズワルドが止めに入ったのだ。
「クリスタルは騎士団の副団長で、弓も剣も扱える有力な人材でございます。ですので――」
「兄上、そう言っておいて本当はクリスタルのことが好きなんでしょう? まぁ、俺がスカウトしたから俺の将来の嫁ですが」
「リック、お前は何を言っている」
「それを言うなら僕はクリスタルちゃんに剣術を教えた師匠ですよ~。クリスタルちゃんといる時間は兄上のお二人より多いと思いますが~」
「時間の問題ではない。あのなオズ――」
なぜか三人で揉めだしてしまった。えぇっと……何か言った方がいいよね。
「私はまだ外の世界を知って一年経ってないので、恋愛というのが分からないんです。しばらく考えさせてください」
これを聞いたマシューと三兄弟の無言の張り合いがより激化してしまった。曖昧に言ったからだろう。
だが、マシューの言葉の「もっと自分を信じればいい」は頭にこびりついた貴婦人の悪口をかき消してくれた。
そしてそのまま、何日も私から離れることはなかった。
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作者のモチベに繋がります٩(*´︶`*)۶
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本編の「銀髪少女のメタルブリザード ~まぐれで入った激強パーティから『能なし弓使い』だと追放されましたが、おかげで命中率上昇&双剣使いに! 騎士団の即戦力でおまけに『王子』に囲まれているので戻る気はないです~」もぜひご覧ください!
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