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彼女がいるか、聞きたいだけ。

 私の幼馴染みは、怖い。

 オールバックの黒髪に三白眼で、愛想がない。

 目が合っただけで避けられたり、歩いていただけで職務質問された事が、何度かあるらしい。

 特に、女性には受けが悪い。

 そんな地味な苦労話を、酒を酌み交わしながら笑い飛ばす。

 この立ち位置は、ずっと変わらないものだと思っていた。

 だから、すっかり油断していた。

 たつみを狙う人がいるなんて。



 永井巽ながいたつみと居酒屋で飲んだ翌朝。

 会社のエントランスでエレベーターを待っていると、同僚の堀山ほりやまみずきが、目を輝かせて深谷理穂ふかやりほの顔を覗き込んできた。

「おはよう、深谷さん!」

 いつも通り、メイクも巻き髪もバッチリ決めている。

 薄化粧で、髪を一つにまとめただけの理穂とは正反対だ。

 理穂は、気の強いみずきが苦手な為、内心警戒してしまう。

「おはよう、堀山さん……え、何?」

 みずきはにんまりと笑みを浮かべたまま、理穂を見つめている。

「深谷さん、昨日居酒屋で一緒にいた人って彼氏?」

 そうじゃないのは分かっている、という自信に満ちた表情だ。

 理穂はドキリとした。

「違うよ。幼馴染み」

 理穂が目を合わせずに愛想笑いで否定すると、みずきは「やっぱり!」と嬉しそうに声を上げた。

「だと思った!ねぇ、あの人名前は?」

 『だと思った』という台詞に胸がズキリと痛んだ。

 本当は名前など教えたくない。

 誰が教えてやるものか。

 そう思いはしたが、そんな事で陰口を叩かれたくはなかった為、理穂は仕方なく「永井巽……」と小さな声で教えた。

 教えた後に、理穂はキュッと唇を噛みしめる。

「巽さんかぁー!」

 前を見ているみずきの横顔は、もはや恋する乙女だ。

「ワイルド系で格好良かったー!あの人、彼女いるの?」

 理穂は、内心うんざりしながら「どうだろう」と首をかしげた。

 それは、理穂にも本当に分からない。

 『分からない』というより、『知りたくない』から聞いた事がなかった。

「ねぇ、巽さんに今度聞いてみてよ」

「え……?」

「彼女いるかどうか!いつでも良いからさ。でも、なるべく早くね!」

 みずきに上機嫌に頼まれた所で、エレベーターのドアが開く。

 みずきと、他の社員と一緒にエレベーターに乗り込む。

 みずきと距離を取ろうとすみへ寄ったが、みずきは隣に来て巽の事を根掘り葉掘り聞いてきた。



 その攻撃は、昼食の時も続いた。

 普段は食堂で、友人とアニメや漫画の話をしながら昼食を食べている。

 だが今、向かい側の席に座っているのは、友人ではなくみずきだ。

 一緒にいた友人から、理穂を引き剥がしてきた。

「え!巽さんって5歳年上なの!?」

 巽は現在28歳だが、年齢の割に落ち着きすぎている為、30代に見られる事が多々ある。

「そうだよ……」

 理穂は疲れきった表情で、弁当をつついている。

 巽の好きなタイプは何だ。

 好きな物は何だ。

 仕事は何をしている。

 学生時代は何をしていた──。

 理穂は、答えられる範囲でみずきの質問に答えていった。

 巽に対して、個人情報を漏洩してしまっている事に、ただひたすら心の中で謝り続けた。



 疲れきった表情で、理穂は会社を後にする。

 パソコンと向き合い続けた疲労より、みずきに質問攻めにされた疲労の方が大きい。

 みずきは予定があるようで、理穂に笑顔で手を振ると、いそいそと会社を出て行った。

 今日は夕飯を作る気になれない。

 父には申し訳ないが、今日は出来合いの弁当で済ませようとコンビニに入った所、偶然巽と鉢合わせた。

 作業着姿で缶ビールを手にしていて、いつも通りの無愛想で「お疲れ」と声をかけてくる。

 正直、今は巽に会いたくなかった。

 どうせ、未だに『妹』としか思っていないのだろう。

 そんな巽にイライラしているのに、巽の姿に、声に安心してしまう。

 会社での事もあり、何だか泣きたい気持ちになった。

「……お疲れ」

 と、理穂はぶすくれた表情で返す。

 その対応に、巽は首をかしげた。

「どうした?」

「……別に」

 理穂は買い物カゴを手に取ると、チューハイ、チューハイ、ハイボール──と5缶ほどカゴに入れ、適当につまみも放り込んだ。

 それから弁当、牛乳、と入れていく。

 巽は缶ビールを持ったまま、ただ理穂を見ていた。

「大丈夫か?」

「大丈夫」

「飲みに行くか?」

「行かない」

 理穂は、即答する。

 そのままレジに並び、会計を済ませる。

 ビニール袋に入ったものは地味に重く、持ち手が指に食い込んだ。

 コンビニを出て数十メートル歩いたが、ここから10分程歩かなければならないのかと思うと、もうへたり込みたくなる。

 こんな事なら、素直に飲みに行けば良かった。

 しかし、今飲みに行ったら要らぬ事まで聞いてしまい、さらに気分が悪くなりそうだ。

「指痛い……」

「だから『大丈夫か?』って聞いただろ」

 駆け寄ってきた巽が、理穂からビニール袋を取り上げる。

「……ありがとう」

「何、急に遠慮してんだ。帰る方向同じなのに」

 巽のアパートは、理穂の家から5軒程離れた所にある。

 巽にしてみれば、自宅へ帰る通り道だ。

 普段なら嬉しいはずの時間なのに、今はひどく苦痛だった。

 何か話さなければ。

 そうだ。

 『彼女いるの?』と、いつも通りに聞けば良い。

 そう、いつも通りに──。

「巽ってさ──!」

 あえて明るく言ったが、やはり言葉は喉元でつっかえ、簡単には出てきてくれなかった。

 言葉が本当に喉を塞いでいるような感覚がして、理穂は軽い呼吸困難に陥る。

「何だ?」

 巽は理穂を黙って見つめ、言葉の続きを待っている。

「か……格闘技、今もやってるの?」

「いや、やってないが」

「そうなんだー……」

 その事は、数年前に聞いて知っている。

 理穂は自分の意気地の無さに、自分で打ちのめされた。

「……そういえば、巽って『ワイルド系』に分類されるらしいね。同僚が言ってたよ」

「そうか。まぁ、チンピラよりはマシか」

「『どういう系になりたい』とかってある?」

「無いな。面倒くさい」

「あはは!だろうね!」

 少し呼吸が楽になったせいか、ノリで「じゃあ、彼女にするなら──」と口をついて出て、理穂はまた言葉が止まった。

「『彼女にするなら』か……」

 巽は前を向いて、真剣な表情をする。

 嫌だ、聞きたくない。

 そんな真剣に考えないでくれ。

 理穂の心臓は悪い意味で早鐘を打つ。

「それも、特に無いな」

「……え?無いの?」

「あぁ、無い」

 理穂は拍子抜けした。

「じゃあさ……『好きなタイプ』は……?」

 うーん、と、巽は首をひねる。

 理穂は、拍子抜けを通り越して軽く絶望した。

 巽の好きな系統も、好きなタイプも『不明』なのだ。

 諦める事も、希望を持つ事も出来ない。

「しいて言えば……」

「『しいて言えば』?」

 ようやく掴める手掛かりに、理穂は固唾を飲む。

「素直な子?」

「…………そう……なんだ……」

 理穂は、それはそれで絶望した。

 見栄を張るタイプではないと思っているが、くだらない意地なら子供の頃から張ってきた。

 さっきだってそうだ。

 イライラしながら「大丈夫」「行かない」なんて。

 心配してくれていたのに。

「どうする?台所まで持ってくか?」

 声をかけられ現実に引き戻されると、いつの間にか家の前に着いていた。

「ううん、大丈夫。ありがとう……」

「重いから気をつけろよ」

「分かってるって!そこまで非力じゃない!」

 また言ってしまった。

 自己嫌悪に陥りながら、巽からビニール袋を受け取る。

 忘れていた重さに「うっ」とうめき声が出てしまう。

「大丈夫か?」

「なんのこれしき!」

 じゃあね!と理穂はビニール袋を両手で持ち、玄関へと向かって歩いた。



 朝から、雨が降りそうな曇り空だ。

 気圧による偏頭痛も相まって、理穂は憂鬱な気分で会社への道を歩いていた。

 『彼女がいるかどうか』聞けなかった事を、みずきに報告しなくてはならないのだ。

 会社のエレベーターを待っていると、みずきが笑顔で隣に並ぶ。

 電車を2本遅くしてギリギリに来たのに、どういう事だ。

「おはよう、深谷さん!どうだった?巽さんに聞いてくれた?」

 理穂は、内心ため息を吐きながら「いや……」と目を逸らす。

「ごめん……まだ……」

「まだなの?」

 みずきの声音に、わずかに苛立ちが混ざる。

「……まぁ、いつでも良いから。でも、なるべく早くね?」

 明らかな作り笑いで、昨日と同じ台詞。

 しかし、雰囲気から『コイツありえない』という拒絶を感じる。

 それでも、みずきは理穂の隣に並んでいる。

 巽の情報を聞き出したいからだろう。

「……巽さんって、どんなタイプが好きなんだろ……」

 理穂に聞こえる位の声量で、一人言を言っている。

 みずきの視線が、隣からグサグサ刺さる。

「『素直な子』が好きらしいよ……」

「そうなの!?」

 先程の雰囲気は、どこへやら。

 みずきは、頬を染めて「『素直な子』かぁ……」と呟いた。

 対照的に理穂は、暗い表情で俯いている。

(何で、私は教えているんだろう……)

 理穂は、自分の負け犬根性を恨めしく思い、唇を噛み締める。

 突然、みずきは輝いた目で理穂の方を振り向いた。

「ねぇ、私って『素直』だと思う?」

 何だ、その『私、綺麗?』みたいな質問は。

 理穂はそうツッコミたくなったが、喉元でぐっとそれを堪える。

「……うん。『素直』だと思うよ……」

 悪い意味で。

 理穂は辟易へきえきを通り越して、半ばどうでもよくなってきていた。



 会社から帰宅した理穂は、ベッドに座り携帯をいじっている。

 メッセージで、巽に『彼女いるの?』と打ち込んでは消し、打ち込んでは消し、打ち込んで──。

 送信ボタンを押せない。

 理穂は深いため息をつき、自分の意気地の無さと知りたくない気持ちで、頭を抱えた。

 いっそ、みずきに巽の連絡先を教えて、直接聞いてもらった方が早いのではないか?

 そうすれば、みずきに「聞いてくれた?」と確認される事もないし、巽の答えを聞かなくて済む。

「よし、そうしよう──」

 顔を上げた時、ふと巽と並び立つみずきを想像した。

 『兄妹』ではなく、少し気の強い『カップル』という感じだ。

 心が、ズキリと痛む。

「……どうせ、私は『妹』ですよ……」

 理穂が高校3年生の時、巽がメッセージにそう書いていたのだ。

 当時は、巽に少しでも意識してもらえるようにと美容に気を遣い、メイクもお洒落もしていた。

 だが、ある夏の夜。

 友達と遊んだ帰りにコンビニの前で、巽と彼の友人と鉢合わせた。

 メイクも服装もバッチリだ。

 しかし「可愛い子がいる」と目を輝かせたのは、巽ではなく友人だった。

 巽は、いつもと変わらない。

 ゆるふわ系は、巽の好みではなかったのだろうか。

 理穂は家に帰ってからも悶々と考え続けた。

 その時、巽から理穂の携帯に、メッセージが送られてきた。

 書いてあった言葉は『妹がお洒落に目覚めた感じ』。

 きっと誤送信なのだろう。

 だが理穂には、巽が相手とどんな会話をしているのかが、手に取るように分かった。

 巽にとって理穂は、恋愛対象外なのだ。

 知った時はショックだった。

 だが、巽は女受けが悪い。

 これからも女性が寄りつく事はないだろう、と高をくくり、『妹のようなもの』として隣に居続けた。

 巽への想いを断ち切る事も、告げる事も出来ず、今日までずるずると引きずり続けてきた。

 その気持ちに終止符を打つチャンスを与えてくれたのは、苦手なみずきだった。



 翌日の午前。

 みずきは、パソコンへ打ち込む理穂の隣に立ち、腰に手を当てて不機嫌そうに理穂を見下ろしていた。

「深谷さん。聞いてくれた?」

「ごめん……まだ……」

「『まだ』?」

 みずきは、苛立ちを隠さずに言葉を繰り返す。

「聞くだけだよね?」

「うん……ごめん……」

 『いつでも良い』と言ったのはみずきなのに。

 決めたら即行動のみずきにとって、理穂は鈍臭くて、見ていてイライラするのだろう。

「もういい。今すぐ巽さんに聞いて」

「え、今?」

「今」

 みずきは聞き返された事に苛立ったのか、言葉に力を込めた。

「本っ当とろくさい……」

 みずきは嫌悪感をあらわに呟く。

 これは最早、『素直』というより『わがまま』な気がする。

「早くして。休憩時間終わっちゃうでしょ?」

 理穂は泣きそうになりながら頷くと、携帯を手にし、言われるまま巽に『彼女いるの?』とメッセージを打ち込んだ。

 だが、やはり送信ボタンを押す決心がつかない。

 理穂が躊躇っていると、みずきがしびれを切らしたように「貸して!」と携帯を取り上げた。

 そのまま、送信ボタンを押してしまう。

 理穂が絶望したように口を開けていると、みずきは携帯を返し「返信来たら教えてね」と部屋を出て行った。

 すぐに返信が来て、画面に「いない」という言葉が表示される。

 理穂の目に光が宿り、ほっと肩をなでおろす。

 続いて『いきなりどうした?』という言葉が表示され、理穂は画面に指を滑らせる。

『同僚が、巽の事が気になるんだって。だから、彼女がいるか知りたいって』

 理穂は安心しきって返信をする。

 だが、次の言葉に心臓が凍りついた。

『悪い。彼女はいないが、好きな奴はいる。だから、その同僚の気持ちに応えられない』

 あまりのショックに、理穂の手から携帯が滑り落ちた。

 何故それを考えなかったのだろう。

 女受けが悪いのと、巽に好きな人が出来るのは別問題だ。

 理穂はゆっくりと携帯を拾い上げ、『分かった』とだけ返信した。

 気づくと昼休みになり、再びみずきが理穂の元へやって来る。

「巽さん、どうだって?」

 みずきは腰に手を当て、嫌悪感を隠さずに理穂を見下ろす。

 理穂は虚ろな目でみずきを見上げ、『可哀想に』と他人事のように思った。

「『彼女はいない』……」

「本当?やった!」

「けど『好きな人がいるから、気持ちには応えられない』って……」

 みずきは、笑顔のままフリーズする。

 ぬか喜びだった事が恥ずかしかったのか、プライドが傷つけられたのか。

 みずきは「……そう」と素っ気なく返事をすると、踵を返してスタスタと部屋を出て行った。

 理穂は、どうしても昼食を食べる気にはなれず、パソコンへの打ち込み作業を続けている。

 週末になって、巽から『飲みに行かないか?』というメッセージが来た。

 理穂は、巽と顔を合わせる勇気がなく『行かない』とだけ返信をする。

 それからも、巽からの誘いを理穂は全て断った。

 理穂の心は、不思議と穏やかだった。

 これで良いんだ。

 万が一、巽の好きな人に『彼女』だと勘違いされては困る。



 半年程経ち、仕事帰りのコンビニで理穂は巽と再会した。

 巽は何故か、理穂を見た途端に眉をひそめた。

「理穂……大丈夫か?」

 『久しぶり』もすっ飛ばしてその台詞か。

「大丈夫ダヨ元気ダヨ」

 巽から視線を逸らし、棒読みで返事をする。

「いや……目据わってるし『やつれた』って感じがするぞ」

「私に限ってそんな事はない」

 理穂はポンポンとチューハイの缶をカゴにいれ、レジに向かう。

 チューハイだけで1500円近く使ってしまった。

 理穂が後悔しながら財布を開いていると、巽が隣から1万円札を出す。

「肉まん食べるか?」

 巽は、理穂に視線を寄越す。

 理穂は、気遣われた嬉しさと『妹』扱いに、複雑な気持ちになった。

「……うん……でも、あんまんがいい……」

「肉まんとあんまん、1つずつお願いします」

 小銭を出そうと思ったが、そういう時に限って全く無い。

 巽に貸しを作ったような気まずさを感じていると、巽がチューハイの入ったビニール袋を持ってくれた。

『本っ当とろくさい……』

 苛立ったみずきの声が、頭の中で再生される。

 理穂は慌てて、肉まんとあんまんが入ったビニール袋を持った。

 巽と一緒にコンビニを出て、薄暗い道を会話のないまま歩く。

「ごめん、ありがとう……チューハイ持つよ」

「いや、いい。疲れきった顔してるぞ」

「……ごめんね」

 再び、無言で歩く。

「……本当にどうした?確か、あの時からだよな。距離置いてるの」

「『あの時』って?」

「『彼女いるか』聞いてきた時」

 理穂は、ビクリと肩を跳ね上げる。

 観念したように、静かに息を吐き出した。

「『好きな人』に、悪いかな……と思って……」

「何だって?」

「『好きな人がいる』って言ってたじゃん……。私がしょっちゅう一緒にいたら、『好きな人に勘違いされるんじゃないか』って、思って……」

 巽は必死に思い出しているのか、眉間に皺を寄せて空中を睨みつけている。

「……あぁ、あれか。『好きな奴』っていうのはな、理穂の事だ」

「へぇ……──ん!?」

 理穂は勢いよく顔を上げる。

 半ば聞き流してしまった為、巽の言葉への反応が遅れてしまった。

 何気なく言ったように聞こえたが、巽はそっぽを向き、耳まで真っ赤だった。

 それを見て、理穂も茹で蛸のように真っ赤になる。

「だって……私『妹』みたいなものじゃないの?高校生の時のメッセージにそう書いてたじゃん!」

 巽は顔が赤いまま、ぶっきらぼうに答える。

「社会人が、高校生に手出せるわけないだろ。からかわれるか、引かれるかだ」

「だって……私、絶対に『素直』じゃないし」

「何の事だ?」

「『素直な子がタイプ』って言ったじゃん!忘れたの!?」

 半ば八つ当たりのように、理穂は巽に噛みつく。

 巽は思い出したのか、一人で納得したように「あぁ」と頷く。

「理穂、全部顔に出るからな」

 それはそれで恥ずかしくて、理穂は俯いて唇をわななかせた。

「さて……俺は言ったぞ。どうなんだ?」

 理穂は顔を上げる。

 こちらを見つめる巽の表情は、一人の男の顔だった。

 月明かりが、巽の顔を照らす。

 気高く、美しい狼のようだ。

 いつの間に、巽はこんなに綺麗になったんだろう。

 理穂は心臓が高鳴り、巽から顔を背けた。

 こんな格好良い人が、私の彼氏になって良いはずがない。

 巽には、もっと綺麗な人が似合うはずだ。

 そこまで考えた時、頭の中で『また逃げるのか』という声が聞こえた。

 巽の答えが聞きたくなくて、みずきに巽の連絡先を教えようとした。

 高校3年生の時から『妹のようなもので良いから』と、ずっと巽と一緒に居ようとした。

 理穂は、自分の負け犬根性に笑えてくる。

 巽は、自分の思いを伝えてくれたのだ。

 こちらも応えなくては。

「私も……大好き」

 巽はポカンと口を開けると、片手で顔を覆いクツクツと笑い出した。

「『大好き』ときたか。やられたよ」

「『大好き』じゃあダメなわけ!?」

 まさか笑われるとは思っておらず、理穂は声を荒げる。

「いや……外で良かったと思っただけだ」

 巽は、目に妖しい光を宿して理穂を見る。

 理穂はその目を見て頬を赤らめ、本当に『外で良かった』と思った。

 それから、1ヶ月程経ったある日。

「田中さん!先週一緒にいた王子様系の人って誰?格好良かったー!」

 職場で、同僚の田中さんに突進していくみずきの姿があった。

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