1-1 咲いて、散って、時駆草
初めまして。ご覧いただきありがとうございます。
井村カズヤです。
普段はYouTubeを中心に、シンガーソングライターをしています。
詩を書いていると、歌にできる物語もあれば、そうでない物語が生まれることがあります。
歌にできる物語は、当然曲として昇華されます。
そうでないものは、お蔵入りになるか、「あーこれは、歌ではない何かで表現したいなぁ」と思うか、どちらかになります。
今回、たまたま小説で表現したい物語が浮かんだので、衝動的に書いています。
結末はもう決まっていて、ただひたすら、そこに向かうまでの経過をつらつらと書き続けているのですが、こんなにも小説を書くのが面白いものとは思いませんでした。冗談抜きで、何時間でも書き続けていられます。水も飲まず、御飯も食べず、ずっと書き続けていられます。
この作品に触れた人の心が、ちょっとでも楽しくなったり、悲しくなったり、悔しくなったり、怒りを覚えたり、喜んだり。僕の人生が生み出したものが、誰かの人生のちょっとした箸休め程度に影響を与えられたらなあなんて、そんなおこがましいことを考えています。
臭いセリフ言ったところで、前書きは終了します。
よかったら、人生初の小説、完結まで読み届けていただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。
twitter等URL:https://t.co/Rlc6Ps7cdg?amp=1
初めて見る花だ、とライトは思った。
彼が生きてきた6年という短い人生の中ではーーといっても彼自身にとっては長い時間ではあるがーー間違いなく一番美しい花だった。
太陽が満面の笑みで少年を見つめるように照らす正午、花が乱れ咲く春の原っぱの真ん中で、少年は黄金色の瞳を煌めかせ、時間を忘れてその花と向き合うようにして座り込んでいた。
ライトが最初にその花を見つけた時感じたのは、昔母親に読み聞かせられたお伽話の中に登場する花にとてもよく似ている、ということだった。
全体が真っ白でシルクのように上品な艶やかさがあり、花弁一枚一枚の輪郭に沿って、青紫色の線がうっすらと入っている。以前母親が自宅の窓際に飾った「ユリ」という白い花に似てなくもない。
少年の手のひらより小さいこの花は、世に存在する全ての光を一生懸命浴びようとしているかのように堂々と花びらを開いていて、風に揺れるたびキラキラと輝いて存在感を放っている。
不思議なのは、その輝き方である。植物の中にはそれ自体に魔力を宿すものも少なくなく、そういったものは大抵の場合、光を放つのである。
この花の場合、輝く、といっても花全体が光るわけではなく、花びらに反射した光がパチパチと小さな線香花火のように散らばって輝きを放っていた。
まるでその花の存在を祝福するかのように、光が空中を舞うのである。
その花火は、花を見る角度によって輝く光の色を変えるのである。
時には赤く情熱を感じさせるように、時には青く凛と涼しげに、時には緑色で他の草花と同調して歌っているかのように。そして時には複数の花火が重なって、三原色の光が忙しなく交互に瞬いて花を彩るので、その様子を見た人誰もが、「きっとこの3つの色はこの花のために存在しているものなんだろうな」と思うほどの魅力を持っていた。
ライトがその花を見つけた草原はシソ山の頂上にある。
シソ山はライトの住む町のちょうど真南に位置する小さな山で、斜面には木々が鬱蒼と茂っており、頂上にたどり着くにはどの斜面から上ったとしても獣道のような道をずっと進んでいく必要がある。
小さな山、といっても頂上にたどり着くまでに大人でも1時間以上はかかるし、子供ならさらに時間がかかることは言うまでもない。
坂道をしばらく歩くと途中から樹木は減っていくが、代わりに小さな子供の身の丈を易々と覆うほど長い青草が生い茂って行く手を阻む。追い打ちをかけるように急勾配の斜面が登山者の体力を削っていく。
そうやって辛抱強く青草をかき分けながら進み続けてその地帯を抜けると、一気に視界が開け、色とりどりの花が咲く草原に出る。
草原は円形になっており、端から端まで円の中央を通ってまっすぐ歩くと、大人でも5~10分かかるほどかなり広い草原になっている。ちょうど青草地帯と草原の境目で坂道が終わっており、草原自体の地形は平面かほんの少しだけ中央が沈んでいる。
草原の端っこから周囲の景色を一望することができるが、草原の中央まで行って周囲を見渡すと、山の周りに何があるのか一切わからなくなるので、今自分がどの方角を向いているかは太陽の位置から推測するか、方位磁石や方位魔石を使うしかない。
その代わり中央から見た草原の境目には、草原と空が糊付けされたようにぴったりくっついて、それが地平線の役割を果たしており、周囲の建物も人の姿も何も見えないので、まるで空中に浮いているような錯覚すら覚える場所である。
雲ひとつない、ベタ塗りで真っ青な空。「こんなに晴れたのは久しぶりだなぁ」とライトは思った。
どのくらい久しぶりかというと、あまりに長い間空を見られなかったせいで、空の本当の青さがわからなくなってしまい、思い出すために絵本の中の青空を見なくてはいけないほどだった。
だからベッドで目を覚ましたとき、朝日が窓から差し込んでいるのを見た彼は、「今日は絶対に草原に行こう」と決心していた。
この場所は彼のお気に入りの場所である。
物心ついたときから家族で何度もこの場所を訪れてきた。
親の手をつないでないとまともに歩けなかった頃は、必ず父親か母親がついてきてくれないと来られなかったので、よく晴れた休日は、決まってこの草原に連れていってもらうよう両親にお願いしていた。
でも今日は違う。初めてたった一人でこの場所にたどり着いたのだ。
「これからは自分の力でこの場所まで来られる」と思うと、彼はとてもワクワクした。
この場所だけじゃなく、この山の向こう側にある町にも行ってみよう。いやもしかしたらこの山の右の方にも新しい町があるのかもしれない。左の方に行けば、まだ見たことのないものを見に行けるようになるかもしれない。
そんな期待で胸がいっぱいだった。
「やっぱりここにいたのね。」
空と草花と自分しかいないはずの世界に、まったく別のだれかの声が突然耳に入ってきたので、ライトは飛び上がり、体を180度ねじらせ声のする方向を見た。
「なんだよ、父ちゃんと母ちゃんかぁ。びっくりさせないでよ!」
「びっくりさせないでよ、じゃないでしょ!食器も片づけないで急に家から飛び出して帰ってこないから、心配したのよ!?」
呆れた顔で母親が言った。
「まあまあライカ、そう怒らなくても。無事だったんだからいいだろ?」
はにかんで諭すように父親が言った。
「ダメよハルト。バカには何度言っても言い足りないくらいなんだから。
森には魔物が棲んでいるのよ?たかがランク1の魔物でも、ライトは小学生なんだから、何かあったらどうするの!?
一人ぼっちでゴブの群れに出くわしたりしたら、誰がこの子を助けられるの!?」
まくしたてるライカの言葉に、ハルトはハッと驚いた顔をして喜んだ。
「おお、確かに森には魔物がいるよな!よくここまでたどり着けたな!さすが俺らの息子だよ!」
「あのねあのね!昨日学校でね、ピカーって光を出す魔法を習ったの!
でね、ヨル先生がね、もしゴブに出くわしたら、どうにかして脅かせばすぐ逃げるから、って教えてくれたの!
こに来るまで3匹くらいゴブがいたけど、全部ピカーってして脅かしてやったんだ!」
ピカーっという擬音語と一緒に、ライトは短い腕を目いっぱい広げてみせた。
ひっくり返るほどのけぞって自慢そうにライトが言ったので、ハルトはライトの頭をくしゃくしゃに撫でた。
「ほあー!すごすぎる!やっぱりライトは黄魔法の素質があるんだな…!よくやったライト!いやー育てた親の顔が見てみたいよ…って俺らか!さすが俺らだよな…ゴブッ!!?」
そう言いながら振り返るハルトの頭上から、ライカの拳が岩のように降ってきて、ハルトの頭に直撃した。
「調子に乗るな。バカ親父。」
「ふぁい…」
「アハハハ!父ちゃん殴られてやんの!アハ…ゴビュ!?!」
「オマエモナ」
「ごめんなちゃい…グスン。」
「帰ったらあのバカ教師にも一発お見舞いしてやるわ。」
ライカは胸の前で、右手の拳を左の手のひらに打ち付けた。
打ち付けた瞬間、ライトは風を感じたので少し身震いした。
「う…ライカ……気持ちはわかるけど、生徒が自分で自分の身を守れるようにするのも、教師の務めだろ?
生徒のことを思ってやってくれたことだと思うし、責めないでやってくれよ。
現にライトは自分の身を守ることができたから、こうして無事に…」
完全に言い終わる前に、ライカの言葉がハルトの言葉の間に割って入ってきた。
「教え方ってもんがあるの!子供が魔法の使い方を間違えないように矯正するのも教師の務めよ。
だいたいね、そんな生易しい考え方だからあなたはすぐ人に騙されるのよ!?
この間だって、"同僚から誕生日プレゼントもらったー" って喜んでたけど、中を開けたら脅かし草が飛び出てきたじゃない!
開ける前に、慎重に開けなさいって私は何度も言ったのに、勢いよく開けるから…しかもびっくりしすぎて魔法を乱射したりして…危うく研究所が大爆発を起こすところだったのよ!?」
「なんで俺の話になるんだよ!?しかもそれは同僚がみんなでサプライズしてくれたのが嬉しくてだな…」
後頭部をかきながら恥ずかしそうに話すハルトに対し、呆れ顔のライカ。
「そろそろからかわれてることに気づきなさいよ…それにね、誰がこの子の親だと思ってるの。
子供が間違ったことをしたら、それを正すのは教師だけの役目じゃないの。」
「でも僕ね、クラスで一番最初に魔法を使ってみせたんだよ。
友達の中には、授業中に光を出せなかった子もいたし、ヨル先生もすごいって言ってくれたもん。」
ライトは母親と視線を合わせないようにして話した。
また怒られるかも、と思いながらも、内心ライトは、「自分がすごいことをしたんだ、学校での出来事を両親に聞いてほしい」と思っていた。
ライカの目線がライトの顔の高さに降りてきて、二人の目が合った。
「ライト、いくらあなたが私たち1級魔術師の子供だからって、うぬぼれちゃだめよ。
世の中うぬぼれたやつから順に滅んでいくって決まってるんだから。
自分の実力を知ることはもちろん、実力があるからと言って自慢してちゃだめ。常にケンキョでいることが大事なの。
私も大体の緑魔法を使えるようにはなったけれど、自分が他の人より優れてると思ったことは一度もないわ。私よりすごい魔術師なんてこの世界にいくらだっている。
私の使えない魔法を使える魔術師もいくらでもね。だから常に学び続けないといけない。立ち止まっていちゃいけない。
自分の実力を見誤ったり、学ぶことをやめたら、一瞬で周りの魔術師に食いつぶされるわ。
だから、あなたは賢く生きるのよ。」
「だからあなたはカシコクいきるのよ。って、もう聞き飽きた…ゴビェ!?」
ライカの真似をするライトにまた拳が飛んだ。
「あんたには何万回でも何億回でも言い聞かせてやるわよ。バカライト。」
「そこらへんにしときなって…コイツだって十分よくわかってるさ。な、ライト?」
「だって母ちゃんがしつこ…」
マジのシセンを感じてライトは言葉を訂正した。
「ごめんなさい…もうしません…。」
「わかればいいのよ。わ・か・れ・ば。…まあ、でも…」
眉間に皺を寄せていたライカの表情が少し緩んだ。
「本当に無事でよかったわ。そして、魔法を使って自分のやりたいことを成し遂げたのも、あまり褒められたことではないけれど、すごいことだわ。ライト、本当に成長したのね。」
ライカはそう言いながら、ライトを抱き寄せた。ライトは少し泣きそうになったが、涙を見せるのはカッコ悪いという友達の言葉を思い出し、感情を抑えるようにライカの肩に目を押し付けた。
「あれ、この花は…。」
ふとハルトが、ライトが先ほどまで座り込んでいた場所に、サラサラと三原色の光が瞬いていることに気が付いて、グッと目を凝らした。
「やっぱり!時駆草だ!ライカ、時駆草だよ!懐かしいなあ。ほら、君が好きだって言ってた花だよ!」
ハルトが興奮して花の近くにタッカタッカと駆け寄った。ライカとライトも視線を落として花を見た。
「あらほんとね!実物を見たのは何年振りかしら。ここも時駆草が咲くような場所になったのね…安心したわ…。」
「トキカケソウ?っていうの?このきれいな花。」
聞いたことのない言葉に、ライトは首を傾げた。
「そうよ。とっても珍しいお花でね」
時駆草の方に体を向き直しながら、ライカは言葉をつづけた。
「時駆草は、魔法植物の一種よ。普段は普通の雑草と変わらない見た目をしているんだけど、3年に一度、たった一日だけ花を咲かせるの。」
「たった一日しか咲かないの!?こんなにきれいな花なのに!」
目を丸くするライト。
「そう、たった一日。しかもその一日で太陽のエネルギーを目一杯吸収した後、この花は散ってしまうの。」
「一日だけ咲いて、一日で散る…。」
ライトはライカの言葉をかみしめるようにつぶやいた。そういわれると、なんだか時駆草が今にも散ってしまいそうに感じて、じっと花を見つめた。1秒後には散ってしまうかもしれないなら目に焼き付けなきゃ、と思った。
「でもね、ただの一発屋じゃないのよ。この花は他の魔法植物に比べ、とても多くの魔力を蓄えているの。そして時駆草は散る瞬間、蓄えた魔力と太陽のエネルギーを使って、その周りにある土地の時間を少し先の未来に進めるの。」
「土地の時間を、進める?」
「草木がちゃんとその場所に根付いていられるためには、条件が三つあるの。」
ライカは人差し指をピンと立てた。
「一つは、安全で草木を荒らされる心配がないこと。二つ目は、」
人差し指を立てながら、フイと中指を挙げた。
「草花が十分に太陽の光を浴びられて、適度に雨も降る比較的安定した気候であること。そして三つめは、」
スッと薬指を立てた。
「土地に十分な栄養が蓄えてあることよ。人間と同じで栄養が大切なの。地面もね、生き物なのよ。ひっそりと、音をたてずに生きているの。」
ライトの耳にズンと地面の鼓動が響いた気がした。
「地面はとっても大変なのよ。そこに咲いているいろんな植物に栄養をあげなくちゃいけない。でももし栄養がなくなっちゃったら、新しいお花が咲きたい!って言ってもそのための栄養が地面にないと咲かせてあげられないでしょ?だから地面の栄養が少なくなり始めると、そこに咲く花たちが、ここにもっと咲いていたい、栄養が欲しい、って願い始めるの。」
「花がお願いするの?」
「そうよ。まあお願いするのは、だいたい魔法植物なんだけど。で、そういうお願いをする植物がたくさん集まってしばらくすると、その願いが種を生むことがあるの。それが時駆草の種よ。」
風がゆっくりと3人と花々を撫でていく。久しぶりの太陽の光を浴びたせいなのか、皆うれしそうに頷いていた。
「つまりね、時駆草は、ここはとっても安全で良いところだからもっと咲いていられるために栄養をください!っていうお花たちのお願いから生まれるの。そうやってみんなの期待を背負った時駆草は、使命を果たすためにうまれ、散っていく。たっくさんの太陽エネルギーとたっくさんの栄養、そしてその栄養がちゃんと土地に根付くまでの時間を、散り際に残してね。栄養ってのは本当に長い時間をかけないと地面に蓄えられないものなの。そんな時間すら何とかしちゃえるように、3年という長い時間をかけて魔力を蓄えるってわけなのよ。そうした一瞬で時を早める特別な性質から、私たちはこの花を時駆草と名付けた。」
ライトはさっきまで自分が自慢話をしていたのが恥ずかしくなって、時駆草から視線をそらした。
「でもどうしてこんなに綺麗なのに、1日しか咲かないの?いっぱい咲いてた方が、いっぱい太陽の光に当たれるよね?」
「昔は咲いていたさ。俺たちが研究所に入ったばかりの頃はね。」
ハルトが時駆草を遠い目で見つめながら話した。
「この数年で、魔法の世界はすごく進化した。昔はできないと思われていたこともできるようになった。いろんな呪いや古代魔法についての研究も進んだ。でも研究を進めるためには、その研究材料についてとても詳しく調べる必要がある。植物だってそう。いろんな植物を実際に摘み取ってきて、いじくり回す必要があるんだよ。当然、魔力を大量に蓄えた時駆草なんていい研究の材料さ。」
急に風向きが変わった気がした。さっきまで頷いていた草花が風に吹かれて飛ばされそうになっている。ライトは心配になって、時駆草を確認した。風に吹かれながらも、花びらを散らすまいと必死で地面にしがみついている。
「存在が貴重だったから、見つけ次第すぐに摘み取られた。当時時駆草は、1か月くらい咲いていたからね。今よりまだ見つけやすかったんだ。でもある日突然、時駆草が全く取れなくなった。本当に突然、一輪も手に入らなくなったんだ。いろんな技術を使って時駆草の捜索が続いたけれど、収穫は無し。時駆草を見た、っていう情報がたまに研究所に入ってくることもあったけれど、研究員が現地に到着する頃には時駆草はすっかり消えてしまう。煙のようにね。」
さっきまで元気に話していたハルトの声はすっかり張りを無くしてしまっていた。
「花たちもバカじゃない。自分たちが危険にさらされていることに気が付いて、学んだんだ。時駆草が摘み取られた土地は決まって、その年不作になる。摘み取られることで、草花は瞬時に判断する。"ここは危ないんだ" ってね。だから1日しか咲かなくなった。いや、他の植物を守るためにも、咲けなくなったんだ。」
強い風が吹いた。色とりどりの花びらが風に舞って、空の色と混ざりあい、華美な景色を作っていた。ライトは時駆草が散ってしまわないかますます心配したが、ハルトがしゃがんで時駆草を両手で囲うのを見て、ほっと胸をなでおろした。ハルトは風がやむのを待ってから両手を離し、立ち上がって続けた。
「魔法植物を食べて生きている魔物もいるし、時駆草がいなくなったら、まわりまわって俺たち人間にも悪い影響があるし、それでいいと俺は思ったけどね。」
ハルトの声に張りが戻った。
「でもそれじゃあ咲かない方がいいじゃん!雑草でも、太陽の光くらいは浴びられるし!摘み取られちゃったら可哀想だよ!」
「雑草の時よりも、花を咲かせたときのほうが、よりたくさん太陽の光を浴びられるのよ。確かに自分が危険にさらされる可能性もあるけれど、それでもたった一日だけでも、少しでも多く太陽からエネルギーをもらいたいの。周りの花たちの願いをかなえるためにもね。」
真剣な目でライカは答えた。
「そうなの…。じゃあしょうがないね…。」
「っていうのが、表向きの理由よ。」
「え!?じゃあ本当の理由があるの!?」
ライトが驚いて質問する。いたずらっぽく笑って、ライカが答える。
「本当はね、時駆草も自分の存在を知ってほしいのよ。こんなにたくさんの植物の命を支えて、私たち人間にも豊かな作物を与えて、土地全体の調子を整えて。時駆草が咲かなかったらきっとダメになっていただろうという土地がいくつもあったのに、それを陰ながら救いづけているんだから、せめてたった一人でもいいから誰かに知ってほしいのよ。
じゃないとかわいそうじゃない?ずっと裏方でもいいけれど、3年もの長い間ずーっと我慢したし、お花に生まれたからには、一度くらいわがまま言ったっていいじゃない。そんな風に私は見えるのよね。これは私の持論。だけど、そんな風に見えて仕方がないから、私はこの花がとても好きなの。」
そう語るライカの横顔は笑っているが、少し寂しそうにも見えた気がした。
「なんだよ、母ちゃんの想像かよ!真面目に聞いて損したぁ。」
がっかりしてライトが話す。
「損ってなによ!魔法植物研究者の私が教えてあげてるんだから、真面目に聞きなさい!!」
ライカの眉間にまた皺が寄った。
「母ちゃんって怒ると怖いのに、そういうところは子供みたいだよね。恥ずかしくないの…バベェ!!!?」
三度目のライカの鉄拳が貫いた。
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい…。」
「ほら二人とも、そろそろ帰ろうか。もういい時間だ。腹減ってきたよ俺。」
ハルトが背中を丸め、ぶらりと両腕を下げた。
「そうね、今日は夕方から会議も入っているし、それまでにやることも山積み。洗濯物も途中までしか干してないわ。こんなに天気がいいんだから、ちょっとでも外に干しておきたいと思ってたのよ。」
ライカが腰を上げて大きく伸びをした。
「ちぇーっ、もう今日は帰るのかー。もうちょっといたかったなぁ。」
気だるそうに腰をあげ、ライカに続いて背伸びをしながらライトが言った。
「確かにずっといたくなるような天気だけれど、今日は帰りましょう。また明日、晴れていたら行きましょう。」
「そうだな。ピクニックでもするか!久しぶりにライちゃんのサンドイッチでも食べたいしな~!」
子供のようなクシャっとした笑顔でハルトが笑う。
「父ちゃんその言い方やめてよって言ってるじゃん!聞いてて恥ずかしいし、僕もライちゃんって言われることあるんだからさぁ~…。」
「なんだ?お前も思春期か~?いっちょ前に成長しやがって~…」
ハルトがライトの耳元に顔を近づけ、
「明日も3人で行こうな、ライちゃん?」
とニヤニヤしながら囁いた。
「だぁかぁらぁ~!やめてってばぁ~!」
ライトは恥ずかしくなって思わず青草の方に走り出してしまった。その勢いでそのまま青草の中に入ろうとしたが、ふと何かに呼ばれたかのように立ち止まって草原の中心の方を見た。目を凝らすと、オレンジや緑やピンクの間から、申し訳程度に小さな光が地平線を超えて空に飛びだすのがうっすら見えた。
ライカが時駆草の話をしていた時、また長話が始まった、と彼はうんざりしたが、同時にワクワクした気持ちもあった。時駆草のように、まだ自分が知らないことや秘密がたくさんある。両親がやっているような研究の道には進みたいと思わないが、世界に散らばる無数の出会いには、一種の魔力のようなものが秘められていると彼は思った。その魔力に魅力を感じずにはいられないのである。
「ありがとう。またきっといつか会えるよね。」
ライトの声に反応するかのように風が吹き、ほんのちょっとだけ三原色の光が騒がしく輝いた気がした。ライトに追いついたハルトとライカが笑顔でライトの手をつなぎ、3人は草原を背にして青草の中に入っていった。依然として太陽は草原を照らし続けているが、少しだけ雲が出てきて、太陽をチラチラと隠し始めていた。