#6 実力
彼女との対局は、リビングではなく畳の敷かれた部屋で行うことになった。
部屋の中央には、屋上で使ったものとは全く違った存在感を放つ将棋盤が置かれていた。なかなか見ることができないであろう、しっかりとした作りをしている。
一体いくらするのかなんて想像もしたくない。こういうのを見ると本当にプロ棋士なのだなと思わされる。
彼女は慣れた手つきで、駒袋から駒を盤の上に出す。
彼女が並べるのを少し待ち、俺も駒を触る。分かってはいたが、程よい重量感と手につきやすい触り心地をしている。
屋上の対局の時より、少しの緊張はするが、むしろ感情的になっていない分、頭の中がクリアであり、将棋にも集中できるであろう。
ゆっくりと駒を並べているが、その時間が集中力を高めていくのが分かる。
パチリッ…パチリッと駒の響きがしなくなり、2人は頭を下げた。
先手は屋上の時と同じで、俺からである。
前の対局と同じように穴熊をしてもいいが、先程よりも頭がクリアな分、他の選択肢が頭の中に思い浮かぶ。大駒がない彼女に穴熊をしたのは単に嫌がらせをしたいという気持ちもあったが、どちらかといえば自分の棋風が受け将棋であることが理由の1つだ。
けれども、彼女の攻め駒はほとんどない中で囲いを作る必要はあったのであろうか?
今考えて見れば、囲いを作る手数がもったいないと感じる。下手に受け方をミスして彼女に駒を与えるよりも、攻めて彼女の囲いを崩し、詰ませる方が上手くいく。
俺は感じるままに急戦を仕掛けることを決める。
カウンター狙いの防戦が得意な棋風であるが、攻め将棋を指せないわけではない。最近の流行や研究成果などは知らない。それでも、勝ち切れるように感じた。
――――終局を迎えるまでは
なめていたわけではない。むしろ、屋上の対局よりも気を張っていた上に、調子も悪くなかった。自分の中では彼女に勝つ想像ができていた。
その思惑通り、序盤はこちらの攻めが機能していく。
彼女の攻めを気にしなくていい分、大胆に攻めに行けるということもあり、短い手で彼女の囲いを崩し行くための準備ができていく。
ただ、その間に彼女の囲いも形成されている。
将棋をやっていなくても聞いたことがあるであろう囲いの1つであり、圧倒的人気を誇る戦法である「矢倉囲い」を組んだ。
先程の対局では、ほとんど囲いを作らなかった彼女であったが、今回は持久戦を望んでいるのかもしれない。
単に俺が攻めの姿勢を見せたため、カウンター狙いに変えたのかもしれないが……
考えられることに加えるとすれば、角がない分、矢倉を組む手数が少なくて済むことも関係しているのかもしれない。
そんな事を考えても意味はないので、どうやって彼女の囲いを崩すかということを考える。一つ言えるのは、彼女はしっかりとした囲いを作った分、攻め駒が少なくなっているという事。
そのおかげもあり、こちらは守りを気にすることなく、攻めにリソースを割くことができる。
明らかに俺の方が有利であることは間違いなかった。
それでも、簡単に囲いを崩しに行けるわけではない。下手に強引に攻めに行き、彼女に駒を取られていけば、彼女のカウンターが強力なものになってしまう。
出来るだけ自分の駒を取られないような攻めをするために、俺は歩をと金にしてから彼女の囲いを崩しにかかる。
――――ここから、俺の構想が崩れていった
最初に銀の奪取に成功し、囲いに亀裂を入れられた。そこから彼女の囲いを崩していくことになるのだが、思ったように王を捕まえることができない。いわゆる詰めろの形にはなっているのだが、決定打に欠けるのか、完全に詰ませることができない。
こちらの攻めに彼女の王は、するするとすり抜けるようにして逃げていく。
こちらの攻めに対してプレッシャーなど感じていないかのように、悠々自適な生活を送っている王様のような動き方に、俺は焦りを感じていた。
詰ませなくてはいけない中で、彼女の王を詰ませる道筋が見えてこない。
序盤、あんなにもクリアであった脳内に今は靄がかかっている。考えていた選択肢が、徐々に迫ばっている感覚にとらわれる。
気を付けていたはずであったのにも関わらず、俺は彼女の思惑通りになてしまったのだと気づかされる。
どこまで、罠を張るのが上手いのか……
俺の手番であったが、遂に詰めろもすることができなくなり、彼女に手番が回ってしまう。
それでも、まだ俺の方が優勢である……が、前回よりも自陣は守りは固くはない。
囲いはみるみるうちに崩されていき、無様な姿で俺の王は逃げるしかなかった。
ただの悪あがきとしか言えないそれは、長く続くはずもない。ついに王手をかけられ始める。詰んではいないものの、逃げても連続で王手をされてしまう。
8三金
これ以上、俺の王は逃げられない。
もがき苦しんでいたが、それも終わりがおとずれる。息すらすることができなくなり、視界はこれまでかというほどの狭まっていた。
完敗である。
彼女の顔は、勝者だとは思えないほど、淡々とした顔であった。
あぁ、相手にもなっていなかったんだな。
俺はプロ棋士の実力をまじまじと見せつけられた。




