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#5 初めての

 

 広いなと思った。

 他にも感じることがたくさんあると思うが、他のことに目をつけたくない。人生で初めて、女性の家に入った。きっと彼女の家族の家であるから、他の人もいるのかと思っていたのだが、そういうわけではなかった。

 どうやらこの家には彼女しか住んでいないらしい。置いている家具や雰囲気からそれはうかがえる。


 年頃の男女がひとつ屋根の下というのはどうなのだろうか?

 特に彼女は有名人である。これが世間に出回ってしまえば、大ニュースになることは間違いない。彼女はそれを理解しているのだろうか?

 きっと理解はしているのだ。けれども彼女はそれ以上に俺と対局したいと思っているのだろう。まだ出会って数時間ではあるが、彼女が自己中……自分の欲望に忠実なのは行動と言動で理解したつもりだ。


 俺はリビングにあるソファに座らされる。飲み物は何がいいと聞かれ、「なんでもだいじょうぶです。」と片言で話すことしかできないくらい、俺は思考が停止していた。

 そんな様子を見た彼女は、少し困った様子で「コーヒーと紅茶ならどちらがいい?」と聞いてきたので紅茶と答えると、彼女はキッチンへと消えていった。

 部屋をちらちらと見るのも気持ち悪いかなと思い、他にやることもなく、俺はぼーっとするしかなかった。


「大丈夫か?」


 彼女が、紅茶を机において話しかけてくる。


「大丈夫です。」


 俺は彼女のそう答え、差し出された紅茶を口にする。その紅茶は決して美味しいといえるものではなかった。茶葉は良いものを使っているのだろう。しかし雑に入れられているせいか、市販に売られている紅茶よりもおいしくない。

 はっきりと言って微妙な紅茶である。

 ただ貰っている手前、そんなことを言えるわけもなく、何も言わずに俺はその紅茶をの飲むしかなかった


 

「すぐに対局と行きたいのだが……どうやら普通に対局しても、君がやる気を出しそうな気配がない。そこでだ、賭けをしないか?」

 やっと対局するのかと思えば、彼女は意味が分からないことを言い始めた。


「分からなそうな顔をしているな?別に賭けといっても、金とかを賭けるわけではない。君が負けた場合、私が聞いたことに応えてくれるだけでいいんだ。質問に答えるだけでいい。」


 より一層意味が分からない。彼女は俺を弟子にしたいのではないのか?勝てば弟子になれと言うならわかるが、何故質問なんだ?


「ふふふ、分からないって顔をしているな。なーに何も企んでいないよ。ただ私は君のその力の秘密を知りたいだけさ。」

「……なるほど。もし俺が勝った場合はどうなるのですか?」


 彼女の思惑は理解した。ここに来るまでに聞かれたことの真相を知りたいのだろう。話したくはないが、弟子になるとか将棋をするとかに比べたら、気にする必要のないものだ。

 ただし、わざわざかける必要もない。先ほどの対局はぎりぎり勝つことができたが、次は十中八九負けるだろう。あれは運が良かっただけだ。百分の一の勝利が、偶然一番目に来ただけなのである。

 よほど好条件でない限り、わざわざ賭けを追加する必要はない。


「君が私に勝つことができたのならば、何でも1ついう事をきこう。何でもだ。」


 彼女は何故か自信ありげにどや顔で宣言した。しかもわざわざリピートまでしてくれる。


「なんでもですか?」

「あぁ、そうだ。何でもだ。私にできることなら何でもやるぞ。君がお金が欲しいと言うなら上げよう。君が私の体が欲しいなら上げよう。もう二度と地数いてほしくないと言うなら、私は君のことを諦めよう。どうだ、いい条件だろう?」


 何故そこまでして、彼女は俺の秘密を知りたいのだろうか?

 お金や自分の身をかけてまで聞く必要のないことだと思う。他の人に聞いてみれば、全員が拒否をするだろう。

 それなのに彼女は、かなりの好条件を賭けてくる。

 きっとそこには負ける気がないという気持ちもあるのだろう。勝つことしか頭にないから、こんなにもいい条件を出せる。

 それが少しだけ俺の心を燃やした様な気がした。


 確かに俺は彼女よりも弱い。きっと棋力で言えば何枚もの差があるだろう。現に大駒二枚落ちでギリギリの勝利である。だから負けて当たり前なのだ……当たり前。

 だからといってこんなことを賭けられるか?

 普通自分の身を少しは案ずるだろう。彼女は俺をなめているからこそ、こんな無防備なことができるのだ。

 それに俺が勝てば、彼女と関りを断ち切ることができる。一生彼女の恐怖を感じることもなく、俺は安寧の暮らしを手に入れることができる。

 勝てる確率は少ないだろうが、負けても失うものは少なく。勝てば得るものは大きい。ローリスクハイリターン。


 普段の俺なら、迷わず断っているだろう。いくらハイリターンだからといってリスクがある以上手を出していない。

 ただ、彼女はそこの駆け引きがものすごくうまい。

 こちらの心を読めるのか、知り合ったばかりなのに性格を理解しているのか、それは分からないが、やる気にさせるのが本当に上手い。


「はぁ、分かりました。」


 結局、彼女の思惑通りになってしまっているのは気に食わないが、それ以外に選択できなかった。

 彼女は予想通りなのか、軽く頷きながら、嬉しそうにしていた。


「ふふふ、そうかそうか。次は勝たせてもらうぞ、少年。」


 自信ありげな表情で宣言をされる。

 俺は黙ったまま、静かに闘志を燃やしていた。




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