朱と金の交叉点
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第1話
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あの男がターゲット。薄暗い路地裏でも目立つ、燃えるような朱い髪。数秒後には、石の上に転がる予定だ。
全身黒に身を包んだ少女は、2階建ての屋根から飛び降りながら、眼下の男に向かって細身の剣を振り下ろす。しかし、それは掠りもせずに、割れたコンクリートの隙間に突き刺さった。
瞬時に焦りを感じ、剣を引き抜こうとするが、時既に遅し。首筋に冷たい感触。真後ろからは馬鹿にしたような声。
「俺を殺ろうって?百万年早えんだよ、ガキが」
「……っ!」
少しでも動いたら、即座に頸動脈を切り裂かれるだろう。両手で剣の柄を握ったまま、様子を見るしかできない。
「誰に依頼された?それとも個人的な恨みか?」
「…………」
「言えよ。答えないなら…」
男はナイフに力を込めた。白い首筋に、僅かに血が滲む。少女は畏怖し、口を開いた。
「あ、アンタの首には破格の賞金が懸かってる!」
「ああ、そうだな。でもな、相手を考えろよ。額がデカイって事は、それだけ強えって事だ。自分の能力をわきまえるべきだったな」
「うるさい!生活のためだ!」
「これからは、生活どころか生きる事もできなくなるけどな」
「やっ…!」
男が首を切ろうとしたその時、2人の間に小さな竜巻が発生した。男は驚き、少女はその隙をついて間をとった。
「お前…術者か?」
「じゅちゅ…?」
「いや、噛むなよ。格好悪いな」
「…うるさい!むかつく」
「は。そういうの、逆ギレって言うんだぜ?」
カッと、少女の顔は怒りで紅潮する。剣を握る手に力が入る。一瞬で間合いを詰め、男へ刃を剥いた。
「…意外と速えじゃん。けど、まだまだだ」
「……っ!」
少女が両手で握った剣の殺意は、男が片手で持つナイフに阻まれた。
「まず第一に、武器と戦闘スタイルが合ってねえ。第二に、基礎的な体力が足りてねえ。第三に……隙がありすぎる」
どっ、と鈍い音。男は言葉の最後に、少女の鳩尾に拳を突き付けた。重力に引き寄せられる少女の体を追い掛けて靡く黄金色の髪。地面に倒れゆく前に男の腕に護られた。
「ま、せいぜい役に立ってもらおうか」
男は意味深な笑みを浮かべながら、気絶した少女を担いで路地裏のさらに奥へと歩いて行った。
次に少女が目を覚ましたのは、明るい陽射しが差し込む、白いベッドの上だった。木造の室内は、質素だけれど暖かみがある。
「ここどこ…?」
「よお。やっとお目覚めか」
反射的に体をビクリと震わせて、上半身を起こした体勢で身構える。男は窓際の椅子から腰を上げ、少女がいるベッドに徐に近付いた。
「な、何…」
「いや。つうかさ、それ隠さなくていいわけ?俺は別に構わねえけど」
「え?……きゃあああああ!!!?」
少女は男の台詞の意味に気付くと、顔を真っ赤にさせて、慌てて掛け布団をずり上げた。
「な、な、な…っ何であたし裸……!??」
「武器でも隠し持ってたら面倒だからな。それにしてもお前馬鹿正直だよなあ。剣一つで俺に向かってくるとは」
「う、うるさいな!ていうかあんた!あたしが寝てる間に変な事してないでしょうね!!」
少女がそう叫んで睨むと、男は一瞬ぽかんとした後ニヤリと口元を歪めた。
「変な事?例えばどんな?」
「……!」
「何だよ。言ってくんねえとわかんねえじゃん」
少女は答えられずに、布団を口まで被って燃える顔を隠す。男はそんな少女を前に、より一層ニヤつきながら迫った。余りにも近すぎる顔の距離に少女は羞恥を感じ、ぎゅっと目をつぶる。すると男に鼻の頭を摘まれた。
「い゛っ!」
「ナニ期待してんだよ。俺、お前みたいなちんちくりんに手出す程飢えてねえし」
「ちんちくりん…」
少女は呆然と繰り返し、その後余計に顔を赤くして、枕を掴み男に投げ付けた。男は眼前に迫るそれを片手で防御し、床に落とした。
「お前短気だなあ」
「うるさいうるさい!!貧乳で悪かったな!どうせ金欠でまともに食べてないよ!」
「そこまで言ってねえだろ。つうか、お前何て名前?」
「あんたなんかに教える名はない!」
「そうだな。自分から名乗るのが礼儀だ。俺は…」
「ゼル、でしょ。盗賊団“Red Tears”の首領。」
「元、だけどな」
ゼルは自嘲気味に笑い、目にかかる前髪をかき上げた。見た目より口の悪い少女は、じっとゼルを見つめている。
ゼルはその視線に気付くと、妖しくも艶やかな笑みを浮かべた。
「んだよ。そんなに見つめんな。俺に惚れたのか?」
「誰が!」
「お前が」
「……お前って気安く呼ぶな」
「だって俺、お前の名前知らないし」
少女が精一杯の虚勢を張るも、ゼルの前ではいとも容易に破られてしまう。
少女は罰が悪そうに口を開いた。
「…イヤ」
「あ?何が嫌だって?」
「リイヤ!あたしの名前!ちゃんと言ったからね!忘れたら、ただじゃおかない!!」
「リイヤね。覚えたよ。ま、あんたに俺は殺せないけどな」
「…むかつく!」
これがリイヤとゼルの出会いだった。二人の出会いが吉と出るか凶と出るか、それはまだ神のみぞ知るところ。