第2話 これからの事
彼が目覚めたのは、日が沈んだ時間だった。目が覚めた所は、木に囲まれた大きな湖の中である。
どうやら、あの冥府の番犬の攻撃によって、吹き飛ばされた後に、この湖に着水したようだった。そのおかげで衝撃が緩和されたというのが、彼があの攻撃を食らっても生き延びれた真相のようだ。
湖で目覚めた彼は、とりあえず湖を泳ぎ、陸に上がった。直撃ではなかったとはいえ、あれだけの攻撃を受けて、どれ程の傷を負ったのか、彼は体を見ることにする。夜が近いということもあり、光が無く見えにくかったがあちこちに骨の体に罅が入っているのが確認できた。
ただ、幸いといいうべきなのか、四肢の骨が砕かれてもおかしくないほどの衝撃であったのに、それがないということに安堵していた。
彼は、夜の森で行動するのは、危険だと判断し、辺りを少し探索した時に見つけた洞窟で一夜を明かすことにした。そして、考えるのは、これから先の事。この先、どう動くか。それが今後、重要になることは分かりきっている。この森がさっきのような怪物が跋扈しているのならば、ここで行動するのは、無謀の一言に尽きる。
あの強さが、この森の標準ならばこの先に待ち受けるのは、死のみである。最も、彼は白骨体であり、死んだも同然ならば、これから死ぬことすら可能なのか分からないが。一先ず、それに付いて彼は考えないようにした。
とりあえず、この夜が明けたらこの森の脅威度を確認することが最優先となった。
それでもしも、あの番犬がここの標準以上ならば、勿論この森からの脱出を図る事。その後は、情報がありそうな場所を探し出し、己に関することを探し出すこと。加えて、ここでも生き残れるぐらいの強さを手に入れて、再びここに戻ってくること。目覚めたこの森を探索するのは、まず決定事項である。
もしそうではなく、あれがここでは、それ相応の強さだった場合。彼は、ここに留まることにした。彼は、ここが記憶の出発地点なのだから、ここで何かあるかもしれない可能性を信じて、探りたかった。ここで目覚める以前の記憶に関することがないか、見つけたいのだ。
最初の行動は決まった。
明日次第で、これからの行動が決まる。とりあえず、明日に備えて彼は眠ることにした。瞼も、眼球もないのに、目を瞑ろうと思えば、視界は暗くなる。しかし、いくら待てども寝れない。眠気が一切ない。
彼の体が骨という事で睡眠不要なのであった。彼は、仕方なく洞窟の中で外が明るくなるまで数時間、目を瞑ったまま待ち続けた。
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何かの動物の鳴き声で彼は目が覚めた。目を開けば、彼の視界に光が満ちた。朝になり、彼は早速行動を起こした。昨夜、決めたことに従って。
この森がどれほどの脅威なのか調べることが彼が今日やるべきことである。
彼は木から飛び降りて、辺りを探索し始めた。警戒を解かず、もし敵対生物に遭遇し、本能が敵わないと告げたら、迷わず逃げる事を念頭に置いた。そして、本能の警鐘が無かった場合、どれぐらい敵うのか調べるために交戦すること。
気休め程度だが、彼はある程度の丈夫さ、長さを兼ね備えた枝を探し出して、先を尖らせることで超が付くほどの簡易的な木の槍を作り出した。
気休めでしかない武器を作り出して、彼は探索を開始した。辺りを警戒しながら、進んでいると1体の粘性の生物を発見した。その生物は、水色の粘性の液体のみで構成されていた。体の中心部分には赤い球体があった。その姿はまさしく、スライム。
彼は、それをスライムと名付けた。彼の勘は、あの生物があの番犬程危険ではないと告げていた。
彼は、そのスライムに音を立てないように近付いた。昨日の地面に転がっている枝を折るという失敗の経験を二度としないように足元には十二分の注意を払いながら。
手作りの槍が届く範囲にまで近付き、スライムの体の中心にあった赤い球体を突き刺し、貫いた。パリンッというガラスが割れたような音が鳴ると、スライムの形を保っていた粘性の液体は、辺りに飛び散った。
その飛び散った体液が付着した木や土は、ジュウという音を出しながら溶かしていった。その光景を見ていた彼がまさかと思いつつも、手作りの槍を見てみると、案の定スライムの体に入った部分が溶け出していた。
せっかく作った槍がすぐに使い物にならなくなったと沈みながら、彼はあのスライムは大した脅威ではないと頭の中に書き込んだ。しっかりと、リーチのあるものを手にしていれば大して、苦労しないということも。
しかも、その武器は大したものでなくてもいいことも分かった。彼が槍で赤い核ーこれからその球を核と呼ぶ事にしたーを貫いた時、それほど硬くなかったからである。そこいらに転がっている棒で叩き割ることも可能だと手応えから判断したからである。
それから、また彼はすぐに良さげな棒を使って、簡易的な槍を作り出した。木の刃を作り出し、周りを警戒しながら探索を再開した。
それから出会うのは、彼でも戦えるレベルの敵だらけだった。
彼の下半身ぐらいの大きさのある狼。脚力が馬鹿みたいにあるウサギ。彼の身長と同じぐらいの大きさの猪。それら全てにスライムと同じような核が存在していた。それらは、生物の体内の中にあったのだが、彼には何故か、それが体のどこにあるのかハッキリと分かった。
それを狩った生き物の皮で作ったポーチの中に入れ、それを持ちながら探索していた。
そして、今、彼は子供ぐらいの大きさで緑色の皮膚を持った生物、ゴブリンと名付けた5体のそれに囲まれていた。探索している最中に茂みの中に隠れ、待ち伏せしていたであろう5体のゴブリンに囲まれてしまっていたのだ。その5体は、全て腰の布を巻き、刃こぼれしているボロボロの短剣を手に持っていた。
5体のゴブリンは、彼を囲むと彼には理解できない言語で言葉を交わし始めた。言語と言っても、彼にはただの「ゴギャギャ」という鳴き声にしか聞こえなかったが。それでも、その様子は言葉を交わしているように彼には、見えていた。
呑気に言葉を交わすゴブリン5体。
彼は、躊躇うことなく、真正面にいる1体のゴブリンの眼球に槍を突き刺した。何か悲鳴を上げているようだったが、彼はそれを気にすることなく、その槍に力を込め、さらに奥へ突き刺し、頭を貫通させた。その槍を捩じってから、引き戻した。
唐突のその行動に眼球を貫かれた以外の4体は、ただその様を眺めるだけだった。
「グギャ……」
貫かれたゴブリンは、小さな呻き声を上げながら、膝から崩れ落ちた。倒れたゴブリンは、ビクビクッと数回痙攣すると、魂が抜けたかのようにピクリとも動かなくなった。そのゴブリンを貫き、青い血を滴らせる木の槍の先は、その荒い扱いに耐え切れず潰れていた。
「グギャギャッ!」
いち早く状況をようやく呑み込むことの出来た1体のゴブリンは、一斉に彼に向かって突撃した。彼は、地面に落ちていたブリンの短剣を拾い上げ、それをゴブリン1体の頭部に狙いを定めて、突進した。
バキッという固い頭蓋骨が砕けた音と中身を潰したグジュッという音が出るが、そんなことを気にせず、頭部に突き刺したまま、走り、その小さな体を近くにあった木に叩き付けた。背骨を砕かれ、脳の一部を潰されたゴブリンは即死する。
5体の内、2体が倒されたことでようやく状況を呑み込むことの出来た3体。だが、すぐに逃げや応戦等の行動に移すことが出来なかった。どんな生物であろうと死の恐怖がある。目の前で同族2匹を殺され、自分の死を少なからず幻視してしまったのだろう。
それがどれだけ小さな恐怖であろうと、それは僅かな隙となる。それを偶然か分からないが、その隙に気付けた彼は、1体に亜支払いを繰り出した。咄嗟の事で反応が遅れたゴブリンは、碌に受け身を取ることも出来ずに地面に体を叩き付けられた。
そのゴブリンに馬乗りになり、彼は手に持った短剣の柄でゴブリンの小さな頭に打ち付けた。頭蓋骨の陥没という致命傷を受けたゴブリンは、それから立ち上がる事は無かった。
また1体減ってしまった。自分にも流れる青色の血が大量に滴る武器。それを持つ謎の骸骨。
その骸骨が、彼が残りの2体の方に目を向けると、ゴブリン達は遂に死の恐怖に耐え切れず、ゴブリン達は錯乱したかのように手に持つ剣を滅茶苦茶に振りながら、彼に向かって突撃した。
彼は、それを見て、まず1体のゴブリンに手に持った使い物にならなくなった短剣を投げつけた。とりあえず、当たればいいやという感じで投げつけたそれが、1体の頭に直撃した。頭に衝撃をくらったせいで一瞬ぐらつく。
予想外の攻撃でよろめく同胞に気を取られたゴブリンは、目の前から近付く彼に気付けなかった。彼は、落ちていた比較的無事な短剣を拾い上げ、投げつけた方とは違う、ゴブリンの左胸に突き刺した。その短剣は、心臓を貫き、一撃でそのゴブリンを絶命させた。
一刺しで使い物にならなくなったそれから手を離し、ようやくよろめきから回復したゴブリンの頬を力の限り殴った。体重とスピードが十全に活かされた良いパンチとは言い難かったが、元々種族として力が低いのと、防御の姿勢を取れていなかったせいで見事に吹き飛ばされゴブリン。痛む頬を無視しながら立ち上がろうとしたゴブリンだったが、それより先にゴブリンの上に彼が馬乗りになり、もう1度、その顔を殴った。
さらにもう1発。悲鳴を上げるゴブリンだが、それを気にすることなくさらにもう1度。
ゴブリンが動かなくなるまで、殴り続けた。
殴っても、体がビクッとしか反応しなくなったのを見て、彼はようやくそのゴブリンから離れた。顔は原型が分からなくなるほどに晴れ上がり。地面には殴った時に飛んだ血で地面を青く染めていた。
彼が拳を見てみると、罅が入っていた。けれど、そこを注視していると、ゆっくりとだが、それが塞がっていた。全てのゴブリンの体内にあった核を抉り出す。
やることを終え、空を見てみると、赤く染まっていて、夜が近いことを空が教えてくれていた。一先ずの目的を達成した彼は、洞窟に帰ることにした。
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洞窟の中に焚火を作り出し、洞窟の中が闇に支配されないようにした。
その焚火の近くで彼は、今日得た核を眺めていた。この森の中で、今回見つけた全ての生物の体内にあった謎の球。これをどうするべきか、悩んでいると、何故かそれが美味しいご馳走に見えてきたのだ。ただの赤い石が食べ物に見えるなんて自分の目を疑う彼だったが、時間が経てば経つほど、その考えは強まっていく。
幾度か、この体で食事なんて出来る訳ないという考えを確かめるために水や木の実を口の中に入れても、案の定食べることは叶わず、すり抜けていた。しかし、この核は食えると彼の本能が告げていた。
そして、彼はその核を口の中に入れた。
(何だ? 何かが体の中に流れ込んくる?)
彼は、核を飲みこむとそのような感覚を覚えた。その感覚が何なのか分からないが、まだある核を手に持ち、それをまた飲み込んだ。そして、今日取った核全てを喰らった。核を食べると、例外なく同じような感覚を覚えた。しかも、その核の持ち主の者であろう記憶を得た。
動物を捉え、それを捕食するゴブリンの記憶であったり、強者から逃げる兎の記憶であったり。
全て、食べた後になにか体に異変が出るのかと、思ったが外見は大した変化はなかった。それは、あくまで外見である。
彼は、己の体の力が増したのを感じた。
(壁でも殴ってみるか……いや、それだと最悪の場合、崩落して潰されるな。明るくなってから木でも殴って試してみよう)
明日の計画を立てつつ、彼は目を閉じた。