第6話 アウト・ロー
鳥の囀りが聞こえる。あぁ、楽しそうに歌っているな。
暖かい。それに何だか良い匂いがする。俺の知らない匂いだ。
あの時の、夢の続きを見ているような、そんな気分になる。天使、いや女神?
俺はゆっくりと目を開けた。
誰だ? ノルンじゃない、君は一体――
「のわあぁっ!!?」
スースーと静かな寝息をたてる優しい顔が、俺の目の前にあった。
まるで広大な海や空を彷彿させる爽やかな美しき青色の髪。
そしてようやく俺は気付く。
俺も彼女も、肌に布一枚纏っていなかったことに――
「……キレイな髪だな」
俺は無意識に安息を求めたのか、その青色の髪に触れていた。
二人で一枚の毛布を掛けて一晩過ごしたのだろうか。昨夜のことはよく覚えていない。
部屋を見渡すと、小さな一室にいることが分かる。
カーテンから覗く太陽の光は、俺たちに朝を告げていた。
新しい一日が始まる。
――《カーツロンド街 南部 グリッツァーの宿屋》
チャック「おうっシン、起きたか」
「おはようチャック」
1階のフロアは珈琲の香りがした。この世界でも珈琲が飲めるのかと思うと、少し嬉しかった。
チャックは朝早くから食事の準備で忙しなく動いていた。きっとこの宿に泊まった客人用だろう。
チャック「フレアは? あいつまだ寝てんのか?」
「いや、さっき起きた。着替えてるだろうから俺だけ先に来た」
異性相手に緊張したことのない俺でも、同じベッドで女性と一晩過ごしただなんて、流石に思うところがある。いや、何もなかったはずだが、どうも記憶が飛んでしまっている。
丁度その時、両手いっぱいに布袋を抱えたナイアが入り口の扉を開けて入ってきた。
ナイア「あら、シン! おはよう。夕べはありがとうね。どうだった?」
「おはようナイア。昨日は世話になった……って、何が?」
ナイアは大きな布袋二つをカウンターに乗せ、直ぐに俺のほうを向き、口に手を当てながら話した。
ナイア「ムフフ~。ウチのフレアと……」
ナイアの眉が緩んだその時、勢いよく通路を駆ける音が聞こえる。
そして1階フロアに姿を現した。
フレア「な、何もないわよ!!」
走ってきたからか、顔を赤らめたフレアは大声で反応した。
思ったより着替えが早かったな。白のワンピースのような服に、髪の毛もちゃんと髪留めで纏めていて整っている。
ナイア「えっ!? 何もないなんてことがあるの!?」
フレア「無いわ!」
チャック「そ、そうか。お前ら、珈琲飲むか? もうすぐ朝食だ、座って待ってろ」
――俺とフレアはカウンター近くのテーブルに座り、チャックが淹れてくれた珈琲を堪能した。
味はまろやかで朝にぴったりの珈琲だが、どこか香草のような香りもする。
初めての味に俺はなんとも良い気分になっていた。
フレア「ねぇ、シン。昨日のこと、覚えてる?」
「えっ」
フレア「夜のことよ! あなた凄いことになったのよ!?」
チャック「お、おいやめろ! なんか俺まで恥ずかしくなってきた」
俺はなんとも恥ずかしい気分になっていた。
フレア「違うわ! そうじゃなくて、昨日シャワーから戻ったシンが部屋でいきなり倒れたのよ!」
チャック「なにっ!? 大丈夫なのか、シン」
シン「……ごめん、実は全然覚えていないんだ。ただの旅疲れだと思う。でも今は頗る調子が良いよ」
俺は腕をぐるぐると回してみせた。
フレア「息してたし眠ってるようだったからしばらく様子見てたけど……でもそのうち私も寝ちゃった」
チャック「そうか、まぁ何事もなくて良かったじゃないか」
聞き取れないくらい小さな声でナイアが何かぶつくさ言っていたのは置いといて、確かにいま俺の身体に異常はなさそうだ。
今の時刻は6時頃。チャックとナイアから教えてもらったが、どうやら俺のいた世界と同じく時間や月日の概念があるようだ。
時計もちゃんとカウンター上に設置されている。
市場もあり、早朝から新鮮な食材など様々なものが取引されていて、ナイアもそこで仕入れを行ってきたようだ。
俺たちが朝食を済ませた頃、宿に泊まっていた他の客たちも1階フロアに降りてきた。みんな朝は早いようだ。
食後にも珈琲を淹れてもらった。
ナイア「二人でお散歩でもしてきなさいよ。忙しいのは夜だけだし、自由にしてて良いわよ」
フレア「そうねぇ。シンにこの街のこと色々見物してもらおうかな。シンの故郷の話も聴きたいし」
「じゃあフレア、案内してくれるか?」
しょうがないわね、といった顔で得意げに果物を剥きながら、フレアは頷いた。
俺はカップに手を近づけた――その時だった。
「ッ!?」
外から強烈な殺意(魔力?)を俺は咄嗟に感じ取った。
尋常ではないその圧に、俺は立ち上がり、椅子が後方に倒れた。
チャック「あ? どうした、シン」
「みんな、いま外には絶対に出ないでくれ。危険な感じがする」
フレア「ちょっと、え、シン?」
俺は真っ直ぐ入り口に向かい、外に出た――
実のところ、危険を感じ取るなんてことは初めてだが、全くと言ってよいほど恐怖は感じなかった。それはそれで不思議だ。
向けられた殺意は俺へのものだと、相手を見てようやく理解した。
???「はじめましておにいさん。あら? カワイイ顔してるのね」
距離にして7、8メートルか。
金属のような杖を持った女と、殺傷力のありそうな長剣を持った二人の男がいた。
だが強烈な圧を放ったのは恐らく後ろの女のほうだろう。
腹部のはだけた格好をしているが、油断はならない。
「シンだ。何の用だ?」
???「どうするっす? 姐さん」
???「良いよな、ここでヤっても」
女はニコッと笑うだけだった。それを見て男たちは動いた。
二人同時に飛び掛かるように剣を振るった。
左右から繰り出された剣は、俺に触れる直前で軌道を変えた。
そこまでしっかり視てから俺は動いた。
???「ッ!?」
「……なぜ俺を襲う?」
杖を持った女の目の前まで俺は瞬時に動いた。
男たちの先制攻撃は空振りに終わった。
当たり前だが、俺の目は笑っていないだろう、殺意向けられてんだからな。
???「てめぇ! まだ終わってねぇッ!」
???「レヴィン、合わせろ! ――火球『フレイム』!!」
ゴアアアァァァァ!!!
何か言っていたようだが、後方から火球が飛んでくるのを感じた。そうか、これが魔力の感覚かな?
二つの剣先から二つの火球が合わさり、一つとなって俺の背後を襲ってくるのが分かった。
でもこれ、避けれるけど……
バシュウッ!!
???「なんだと!?」
俺は女から目線を外すことなく右手で後ろの火球を魔力で相殺した。
いや、目を離すとこの女何をするか分からないからな。
実際ヤバいのは女のほうだと確信していた。
???「……なんで、避けなかったの?」
「いや、避けれるけど避けたらお前に当たるかもしれない。それにお前から危ない雰囲気が常に出てる。目は離せない」
すると、女は突然驚いた顔をし、そして大笑いした。何が可笑しいのか、腹まで抱えやがって。
???「ラズベル」
「なにっ?」
ラズベル「ラズベル=フロスティーナよ。アナタ、やっぱりカワイイわ」
俺に向けられた殺意は消えた。
ラズベル? なんだこの危ない女は。
若干馬鹿にされたような気がして、俺は少し不機嫌だ。
???「あ、姐さん?」
2人の男もどうしてよいのかわからない様子で、まだ手に剣を握ったまま、ラズベルの返事を待っていた。
ラズベル「アンタたち、剣を納めてシンのボウヤにちゃんと謝りな! 誠心誠意を込めてだよ!」
「……お前も謝れよ」
ラズベルは聞こえていないフリをして男たちのほうへと歩いた。
そして振り返ってこう言った。
ラズベル「ねぇシン、一緒に王都へ行かない?」
「……は?」
俺にはラズベルの目的も言っている意味も理解できなかった。
レヴィン「レヴィン=ストライクっす! すんませんでした!」
バル「バル=セルフィスです! シンさん、お願いします!」
事態が飲み込めない俺を置いて、頭を下げ続ける男二人、高笑いする女。そして――
フレア「し、シン? 生きてる? 終わった?」
心配してくれていたようだ。
宿屋の入り口から恐る恐る顔を出していた。
「よく分からないが、危害を加えないと約束するなら、話くらい聴いてもいいぞ」
ちょっとした戦闘だった。
俺も対人戦なんて想定していなかったからどうなるかと思った。
ただ、底の知れないラズベル、あいつはきっと闘っても強かっただろう。
何もしてこなかったのが幸いだったが、あいつの魔力なら周囲にも危険が及んだのは間違いない。
平和な朝は、嵐のように過ぎ去っていった。
◆イラスト:黎 叉武
ハイウィザード【ラズベル=フロスティーナ】《人物》
・脅威の魔力を持つ純正魔導士。女性。22歳。身長170cm、体重??kg。
・様々な魔法を使えるが、主に攻撃系の魔法を得意とする。
・フードマントを被った紫ロングヘアーの女性。細身だが出るとこはかなり出てる。
・破天荒で、自由な性格。カワイイものが好き。シンに興味がある。
・レヴィンとバルを手下に持つ。2人への扱いは割と雑。
アウトローA【レヴィン=ストライク】《人物》
・ラズベルの手下。男性。16歳。身長181cm、体重70kg。
・軽いノリで街でカツアゲしていたところ、ラズベルに敗れ手下となった。ラズベルを姐さんと呼ぶ。
・金髪でチンピラ風な見た目でも剣の腕は立つ。簡単な魔法なら使える。
・強い者に媚びるタイプでちゃっかりしているが、根は悪ではない。シンに興味はない。
アウトローB【バル=セルフィス】《人物》
・ラズベルの手下。男性。17歳。身長173cm、体重55kg。
・軽いノリで街でレヴィンにカツアゲされていたところ、ラズベルの魅力に憧れて自ら手下となった。
・茶色の髪に眼鏡と特徴的な見た目をしている。剣より魔法が得意。
・センスは良いがノーと言えない性格。真面目でしっかり者。シンに興味がある。
火のボール【フレイム】《魔法》
・魔力で火の球を作り出して飛ばす、初歩的な火系魔法。威力はITN(知力)に依存する。
・ある程度の魔力があれば、訓練で習得可能。ただし、火災に注意。
至福の一時【アロマ珈琲】《料理》
・チャックの自家焙煎珈琲(厳選豆)。アロマテイストで、疲れを癒す効果がある。
特殊杖【フェンリルワンド】《武器》
・MAG(魔法攻撃力)+70。使用者の魔力をコントロールしやすい。
・幻獣フェンリルの魔力が込められているとの噂。見た目が可愛くてオシャレ。
細剣【マジックレイピア】《武器》
・ATK(攻撃力)+20。魔力を込めると剣先から魔法を発動できる優れもの。
・武器屋で普通に販売している。刺突重視の剣だが斬撃も可能。殺傷力はありそう。