第5話 飯と魔法とフレアの部屋
チャック「さぁ、オープンだ!!」
日が沈むにつれ、宿屋の前の通りは人が増えていった。
ここは宿屋である前に、食事処なのだろう。
レストランというよりかはカフェのようで、しかし酒を飲む客たちで賑わっている様子から居酒屋のような雰囲気でもあった。
忙しそうに料理を運ぶフレアの姿を見ていると、男の客ばかりがフレアに声を掛けて注文している。
俺はというと……
「オーダー! 3番テーブル、シャープビアー2追加!」
チャック「オーケー! 次々料理が出来るからな、今のうちに空いた皿やジョッキを持ってきてくれ!」
「オーケー、チャック!」
……働いていた。
チャックとナイアは厨房で調理、俺とフレアは店内を駆け回っていた。
ウェイター経験は無いが、店員としての動きはすぐに把握出来た。
客から注文を取り、厨房に伝え、料理を運び、食器を下げる。それだけだと普通だが、何せここは異世界、聞きなれない料理がほとんどだ。
不思議と内容は頭に入ってくるものだから困る。
「オーダー! 7番テーブル! シャープビアー3、ダイヴァの太巻、グリンドスパミート煮、フライドバード!」
ナイア「はーい! ビアーすぐだから取りに来てもらえるかしら!」
「オーケー!」
女性客「お兄さん、こっちも注文おねがーい」
「オーケー!」
――こんな調子で夜が更けるまで店は続いた。
まさか客相手でも敬語を使うなとは、この街の人達は、よほどフレンドリーなのだろうか。
いや、人柄の良いチャックの宿屋だけかもしれないが。周りの人の様子を見て俺は判断しよう。
店は繁盛していた。一部の常連客はそのまま2階で宿泊するようだ。
1階は閉店だが、宿屋なので夜の間は明るくしたまま。
所々、俺がいた世界の宿と似ている。
チャック「ふぅ~、おつかれシン! ありがとう、お前のお陰で色々救われたよ」
シン「おつかれチャック。凄い混んでいたが、いつも三人で回しているのか?」
経営者夫婦は全てのテーブルを磨き終えると、カウンターの椅子に座った。
俺はカウンターの内側で、フレアが洗った食器を次々と拭き上げる。
ナイア「今日はいつもよりお客さんが多かったから、私もクタクタよ。でも、シンがいっぱい注文取って料理も運んでくれたから助かったわ」
フレア「シン、あなた本当にこういう仕事初めてなの?完璧過ぎるんだけど……」
「はははっ、楽しかったよ」
俺は不思議と疲れていなかった。これはスキルで体力が上がっている効果かもしれない。
チャック「シン、良かったら余った料理、食べてくれ。旅で疲れてるのに働かせて悪かったな。それと、今夜はウチに泊まっていけ。他に当てなんてないだろう?」
「……いいのか?」
ナイア「もちろんよ。ただ、もう2階は満室になってるから……ちょっと、フレア?」
フレア「なーに?」
ガチャガチャと音を立てて洗い物をこなしていたフレアに、ナイアが呼び掛けた。
ナイア「今夜、シンをあなたの部屋に泊めてあげなさい」
景気の良い音と共に皿が割れた。
フレア「はぁっ!? えっ、ちょっと、お母さん!?」
チャック「フレア、こいつと今日一日接してみてわかっただろ? 強い光のオーラを感じ――」
フレア「お、お、男の人よ!?」
チャックに最後まで言わせなかった。何だよ光のオーラって。いや問題はそこじゃないか。
「チャック、ナイア。好意は嬉しいが、今日出会ったばかりでいきなりそれだとフレアが困るんじゃないか? 俺は美味い料理が食べられたし、それで十分だよ」
チャック「それじゃゴールドも無いし野宿するってのか?」
フレア「のっ!!? ……野宿なんて……ダメだよ……」
洗い途中の皿で口元を隠すフレアは、俺と目を合わせようとしなかった。
ナイア「お父さんと結婚したのは私が16の頃。フレアはもう17歳なんだか――」
フレア「何を期待してるの!?」
チャック「とにかく、だ。二人とも片付けはもういいから、部屋で休め。料理は皿にまとめて後で俺が届けるから」
「あぁ、ありがとう。フレア、本当に良いのか?」
フレア「ひっ、一晩だけだからねッ!!」
仕方ない、という素振りでフレアは承諾してくれた。
こんな良い夫婦に、この娘だ。俺も変なことにならないように気を付けよう。
ナイア「部屋に行く前に、シャワーを浴びていきなさい。旅の疲れをとっておいで。そこの廊下を曲がって真っすぐの所にあるから。フレア、タオルを準備してあげなさい。一緒に入ってもいいのよ?」
フレア「わかっ……入るか!! 何て親なの!?」
変なことになりそうだった。
どうも親のお節介とでもいうべき臭いがする。
片付けを手早く終え、俺とフレアは廊下に出た。
その時、夫婦の表情がニヤけていたのを俺は見逃さなかった。
――俺はフレアからタオルを受け取り、一人シャワールームへと入った。
どんな仕組みか未だに分からないが、フレアが説明してくれた通りに、この水晶石に魔力を込めれば水が出てくるらしい。
俺は失敗しないように、文字通りシャワーを浴びるイメージでそっと両手をかざした。
サァァァーー
今日は大変な一日だった。
ようやく一人になったし、ちょっとステータスを覗いてみるか。
「ステータスオープン」
ヴゥンッ!
「――レベルが20に上がっている。ステータスは……数値に変化ナシか。」
まぁ当然と言えば当然だ、数値は恐らくスキルの効果で最大だろう。
そうか、運が上がらなかったか。それだけが悔やまれる。
この先ずっと人並の運ってことか? スキルはどうだ?
「スキルオープン」
ヴゥンッ!
「……あっ」
《シン=タケガミ》PASSIVE SKILL LV3
セカンドスキル【オールコミュニティ】:万物言語習得。意思を持つあらゆる生命体と対話・念話・筆談で疎通が可能。コミュニティ同士の交流が可能。
サードスキル【オートマッピング】:自身が移動した一定範囲内において、自動で世界地図を生成・閲覧可能。
望んではいないが、便利なスキルを二つも習得していた。
そうか、このセカンドスキルで俺はこの世界の人達と会話が出来たのか。妙に通じるものがあると思った。
念話だのコミュニティだのがどんなものかは分からない。
そもそもどんな設計になってるのか疑問だが、習得するスキルを選べたりはしないんだな。
あの狼を倒しただけでこんなにレベルが上がったのか? それとも働いたからか?
経験値の概念は不明だが、何らかの行動で結果を出せばレベルが上がっていくのかもしれない。
――この先どんなことが待ち受けていようとも、俺は考えることを止めてはならない。
夢を叶えるために俺はこの世界に飛ばされて来た。どうすればこの世で一番の金持ちになれるのか。
異世界で経営か? それとも異世界にはよくいる冒険者になるか?
決めるにはまだ時期尚早だ。
今は自分が出来ること、行動可能なことを理解している段階だ。
幸いスキルを駆使して人との会話が成立している。
多くの謎を解明し、情報を得てから行動しよう。
俺はウィンドウを閉じて、シャワーを堪能した。
――シャワーを終えて脱衣所に出ると、足元にある入れ物に着替えを用意してくれていた。
フレアの部屋の前に立つ。さっきまで思考を巡らせていた手前、恥ずかしいのだが、少々緊張している。
ドアを軽くノックした。
「フレア? 入るよ」
ガチャッ
フレア「シャワーどうだった? 気持ち良かったでしょう」
フレアは部屋のソファで寛いでいた。
……そういえばシャワー浴びたの俺だけだった。いや、深い意味はないぞ。
フレア「そうそう、さっきお父さんが来てさ、夜食とこれ持ってきてくれたの。シンに渡してくれって」
「俺に?」
皮製の小袋を俺に手渡すフレア。中身は分からないが、なんだろう。
フレア「銀貨5枚、シンの働きに感謝する~だってさ」
受け取ったその瞬間、俺の全身から力が一気に抜けていった。
疲労が……まと……めて…………な………………
フレア「ちょっと!! シン!?」
ソファに座るフレアに向かって、俺は頭から倒れ込んだ。
――《カーツロンド街 北部 郊外》
???「あの宿屋、ちょっとヤバいわね。朝になったら行ってみようかしら」
万物との調和【オールコミュニティ】《パッシブスキル》
・万能言語習得。意思を持つあらゆる生命体と対話・念話・筆談で疎通が可能。
・コミュニティ同士の交流が可能。
自動地図生成【オートマッピング】《パッシブスキル》
・自身が移動した一定範囲内において、自動で世界地図を生成・閲覧可能。
イケイケ冒険者【女性客】《人物》
・ギルドに登録している冒険者。22歳。冒険者は酒を飲むのが当たり前、そんな印象を植え付ける。シンに興味がある。
・『お酒は20歳になってから』。ガデュリナ界だと18歳になってから。
生活用品【水晶石】《魔法石》
・魔力を使用して水を出せる魔法石。一般的な生活アイテム。
・使用者の魔力によって水の勢いを調整できる。シャワーのON・OFFは少々不便。
・似た魔法石に氷晶石がある。主に食料の保管で重宝されている。
飲料【シャープビアー】《料理》
・人気のキレのあるビール。酔うけど旨い。
豪快な蛇肉【ダイヴァの太巻】《料理》
・魔獣ダイヴァの蛇肉を使用した太巻。美味い。
心温まる鍋【グリンドスパミート煮】《料理》
・香草入りのトマト風ミートシチュー。美味い。
王道ジャンク【フライドバード】《料理》
・平たく言うと、鳥の唐揚げ。美味い。