第4話 腹が減っては冒険はできぬ
結局、腹が減ったまましばらく歩き続けた。
野原から少し離れ、木々が目立つここは道とも言えない、なんともファンタジーな世界観。
ノルンは人間種が多いと言っていたし、人が整備しているような道を探したいが、簡単には見つからない。
道中、さっきの狼みたいなモンスターと何度か出くわしたが、どれも確実にホームランを打っていった。
打率も脅威の10割だ。
「困ったな、流石に狼を食べる気にはなれないし……このまま餓死するわけにもいかないしなぁ。近くに村とか街とかあれば良いんだけど」
人生開始の初期位置って大事だと心底思う。ノルンは俺をどこに放り出したんだろうか。
せめて人がいれば状況も変わるというものだが。
うーん、背に腹は変えられないし、考えを改める必要がありそうだ。
「次に狼見つけたら食べてみるか。あいつ火ィ吐くしうまくやれば……」
まさかのサバイバル開始かと、そう思っていた矢先、遠くで何かの音が聞こえてくる。
荷車を押すような、そんな音だった。
「おぉ、やったぞ、人がいるかもしれない」
耳を澄ませて集中する。音のする方向へ駆けてみよう。
木々の間を超スピードで俺は走った。
速すぎて木にぶつかるかと思ったけど、意外と感覚的に避けることが出来た。これもスキルのお陰か。
ガラガラガラ……
荷車を前で引いている男性と、後ろから押している女性を発見する。
荷台には木で出来た樽や箱がいくつか並んでいた。重そうだな。
さて、なんて声を掛けたら良いのか。まずは挨拶からだ。
「こんにちは」
男性「やぁ、こんにちは」
女性「こんにちは、良い天気ね」
良かった、会話が通じた。
荷車を止め、金色の髪を短く整えた男性は、息を吐きながら汗を拭う。
よく見ると腰に剣を帯刀しているようだ。
綺麗な青色をした長髪の女性も汗を拭いながら前髪をかきあげた。
二人とも面立ちが良く、カッコ良い外国人と出会った時のような気分になる。
それにしても、二人の目から見た俺は案外一般的な姿だった、ということで良いのだろうか。
「突然すいません、この地に不慣れなもので、どこか人のいる街を探していたところでして」
男性「おぉそうか、いやぁびっくりしたな。見た目は普通だがもしかしてどこかの王族の出生かい? 随分キレイな言葉遣いだな」
「えっ?」
女性「そんなにかしこまらなくて良いのよ。私たちもただの一般人よ」
なぜか恥ずかしい気持ちになった。
どうやら敬語はいらないみたいだ。
普通に会話する分には俺もそのほうが楽で良い――が、どうも目上の人相手だとすぐには砕けられないな。意識して話してみよう。
丁度その時、俺の腹から何か食べたいといわんばかりの大きな空腹音が鳴り響く。
ぐぅ~~
男性「はっはっは、腹が減っているならウチに寄っていってくれよ、あと少し歩けば街に着くから」
女性「私たち夫婦は宿屋を経営しているのよ。あなたと同じくらいの年の娘もいるわ」
「あ、ありがとう。でも俺、何も持っていないんだけど」
女性「全然問題ないわ。ねぇあなた」
男性「そうだな、俺たちは縁を大事にしているからな。ゴールドが無いなら、街に着いてから荷下ろしを少し手伝ってくれないか? 飯くらいご馳走するぞ」
「それなら、ぜひ手伝わせてください」
男性「俺はチャック。チャック=グリッツァーだ。こっちは妻のナイアだ」
女性「ナイア=グリッツァーよ。よろしくね」
「まこっ……シン。シン=タケガミです」
俺はナイアと一緒に後ろから荷車を押して歩く。
街に着くまでの間、二人に色々質問された。
まず、名前がとても珍しいらしい。
そりゃそうだ、日本人ほどファンタジーの世界で似合わない名前はない。
それに手ぶらでこの世界に送られたから、荷物を一切持たない俺に対して、今までどうやって生きてきたのか不思議がられた。
どうやら武器も持たずに町の外に出るなんて、自殺行為らしい。
転移してきたなんてとてもじゃないが言えないから、旅をしていると強引に誤魔化してしまった。
会話を続けていると段々に打ち解け、そうこうしているうちに、街に到着した。
――凄い。思っていた以上に立派な街並みだ。
チャック「ようこそ、カーツロンドへ!」
――《カーツロンド街 南部》
俺は二人が経営する宿屋へと案内され、荷下ろしを手伝った。
主に酒だが、食料や飲料、それに俺が聞いたことのない薬や紙、筆などの道具もある。
どうやら宿屋の1階は食事をするスペースがメインで、休める部屋は2階らしい。
テーブルと椅子が10組ほど並んでいて、調理場もカウンター越しに覗けるし、酒樽も並んでいる。
よく見ると冷蔵庫のようなものがあり、見上げるとシャンデリアのような作りの電灯もある。
この世界には電気があるのか。
「――よし、これで最後だチャック」
チャック「オーケー、ありがとうな! これから食事の準備をするから、シンは休んでいいぞ!」
ナイア「そこのソファ使って、シン。あなた本当に良く働くわね。ウチで雇いたいくらいよ」
その時、一人の若い女の子が果物カゴを抱えて近づいてきた。フワッとした甘い香りがする。
???「あら、あなた見かけない顔ね。お父さんお帰り。この人お客さん?」
チャック「おうフレア、こいつぁシン。旅をしている若者だ。俺たちの荷下ろしを手伝ってくれてな。これから一緒に食事をとることにしたんだが、お前もこっち来て座れよ」
この子がチャックの言っていた娘だな。驚いた、凄い美人じゃないか。
ナイアと同じ美しい青色の長髪に髪留めをし、スラっとした長身に細い腕。
年は俺と同じくらいだと言っていたが――
フレア「フレア=グリッツァーよ。フレアって呼んでね」
いきなり手を握られた。
初対面でも分け隔てなく接してくれる。出会えて良かったと、今更ながら安堵した。
「よろしくフレア。シン=タケガミだ。俺のこともシンと呼んでくれ」
段々自分のことをシンと呼ぶことに慣れてきた。
俺には転移した経緯があるし、出会う人全てに説明なんてしていられないから、この世界ではシンで通すと決めた。
フレア「シンも座ってて。お父さんはシンの話し相手。お母さん、私も手伝うよ」
カウンターに果物カゴを置くと、傍にあったエプロンを身に着けてカウンターの内側へ入った。
フレア「そうだ、シン。もう夕方になるし、明かりを付けてくれる?」
「あぁ、スイッチはどこだ?」
チャック「スイッチ? いやウチは雷晶石を使ってるんだ」
そうだ、すっかり忘れてた。異世界といったら魔法か何か存在していてもおかしくない。
雷晶石ってなんだろう。
フレア「シンが座ってるソファの傍にある丸い水晶がそれよ。キーストーンっていうの」
チャック「そうか、シンは旅してるから知らないのかもしれんな。この街の人間はみんな明かりくらいは付けられるんだ。魔力を知らないとなると、他の国には無いところもあるのかな?」
「どうやるんだ?」
チャックは立ち上がると、キーストーンと呼ばれる手のひらサイズくらいの水晶に向かって両手を近づけた。
チャック「ほれ、こうやるんだ。ほんの少し魔力を注ぐんだが……どう言えばいいのかな。まぁいい、ちょっとやってみな」
俺も立ち上がり、チャックに習ってキーストーンに両手を近づけた。
魔力なんて聞いたことあっても使ったことなんて一度もないんだけど。
そもそも魔力を使うってどういうこと?
「……こうかな」
それっぽく俺は目を閉じて念じてみた。
キーストーンに向かって魔力という謎の力が流れていくイメージで、直後――
ビカァァァッッッ!!!!
チャック「ア゛ッッ~~~~!!!!」
ナイア「キャアアアアア!!!!」
フレア「!?!?!?」
――この時、宿屋はこの街一番の輝きを放った。
眩い閃光は、外の人々の視界をも奪っていった。
◆イラスト:黎 叉武
宿屋の主人【チャック=グリッツァー】《人物》
・カーツロンド街で宿屋を経営する男。36歳。身長185cm。体重薄っすら脂肪を残し75kg。筋肉質。
・剣の腕はそこそこだが、街周辺に出現するモンスター相手なら一太刀で斬り伏せる実力がある。
・妻ナイアと娘フレアの3人で宿屋を経営しているが、料理の腕はナイアのほうが上。
・寛容的で優しさに溢れ、人間味のある性格。シンに興味がある。
宿屋の奥さん【ナイア=グリッツァー】《人物》
・チャックの妻で、フレアの母親。36歳。身長159cm、体重??kg。
・宿屋経営では主に調理を担当している。更に、ベッドメイキングをさせれば右に出るものはいないくらい完璧にセットアップできる腕を持つ。部屋のインテリアや細かな道具管理はチャックに任せられないようで、率先して行動している。
・常に穏やかで、人に優しく思いやりのある性格。シンに興味がある。
宿屋の娘【フレア=グリッツァー】《人物》
・父チャックと母ナイアの娘。17歳。身長166cm、体重??kg。
・スラっとした長身の美人。腕は細く、しかし出るところはしっかり出ている。母からもらった髪留めがお気に入り。
・性格は明るく前向きで、行動力がある元気タイプ。シンに興味がある。
長剣【ブロードソード】《武器》
・ATK(攻撃力)+16。チャックが帯刀していた青銅で出来た長剣。
・武器屋では必ず見かける一般的な剣だが、値段は銀貨3枚とそこそこする。
生活用品【雷晶石】《魔法石》
・魔力を使用して明かりを灯せる魔法石。一般的な生活アイテム。
・他にも火晶石や水晶石など、バリエーションに富んでいる。色や形も様々。
・使用者の魔力によって明るさを調整できる。通常の魔力では視界を奪うには至らない。
生活用品【キーストーン】《魔法石》
・複数の魔法石を同時にコントロールできる。
・キーストーン精製者の魔力調整によって、コントロールできる魔法石の数が変動する。
・主に建築士に依頼されるマジックキャスターが設計している。