第32話 レッドドラゴン
その竜は、全身の皮膚が赤黒く輝き、鋭い牙から涎を垂らしながらこちらを見ていた。
気になるのはその姿――と、言うよりは圧倒的巨大なサイズ。
……見通し距離から高速演算した結果、全長およそ10メートル。
「これが……レッドドラゴンか!!」
一歩踏み出す毎に、大地が激しく揺れる。さっきまでは気配すら感じなかったというのに、まるで防犯センサーにでも触れたように奴は動き出した。
剥き出しになる激しい怒りと共に、縦に大きく開いた捕食者の口から白く輝く炎が溢れ出す。
ゴオオォォォォ……
ギャオオオオオオオ!!!!
トメリー「あっ、これは死ぬかも」
アイザック「ご安心ください聖王様。わたくしとシンがいます」
俺はトメリーの正面に立ち、視線をアイザックに移すと、その美しい顔が頷いたのを確認する。
アイザック「必ず守りますよ」
スペルマスターは俺たちの正面に巨大な魔法陣を展開。超高速詠唱と同時に解き放つ。
アイザック「――氷壁『アイスウォール』」
ビキキキキィィッッ!!
一瞬で分厚い氷の壁が現れる。レッドドラゴンの怒りの炎は、溶けない魔法の氷に遮られた。
代わりに、氷壁の左右から漏れた炎は、周囲の岩肌をドロッと溶かした。
紫色の前髪をゆっくり撫でるアイザックの表情には余裕があった。
俺は腰に備えていた魔造長剣『マテリアルソード』を鞘から抜き取り、今この場の状況を脳内で整理した。
あの強靭そうなレッドドラゴンの鱗……顔面から巨大な奴の尻尾の先端まで鋭く生え揃っている。よし――
「『スコープ・スナイパーアイ』!」
右手を突き出し、左手の指で輪を作り、目に当てる。
ピピピッ――
《レッドドラゴン》LEVEL ??
STR(筋力)355---ATK(攻撃力)429
VIT(生命力)261---DEF(防御力)552
AGI(敏捷)63---EVA(回避率)91
DEX(器用さ)109---HIT(命中率)129
INT(知力)55---MAG(魔法攻撃力)125/RST(魔法抵抗力)568
LUK(運)1
「アイザック! 奴の身体が堅すぎて魔法はほぼ通じない! 俺が接近戦で様子を見るから、トメリーを抱えて後ろに下がってから援護してくれ!!」
瞬時に計測されたレッドドラゴンのステータスは、人間とは異なり身体能力以上の物理攻撃と防御力を誇っていた。
トメリー「シン! 尻尾に気をつけてね! 予測がつかない動きをしているわ!」
アイザック「お見事なご明察です。さぁ、一旦下がりますよ」
トメリーを抱きかかえるように支えながらフワッ後方に飛ぶアイザック。やるね、跳躍力も抜群だ。
俺は二人が下がったのを見てから氷の壁を飛び越えるように大きくジャンプした。
「おっと、バッドタイミング!」
動きがばれていた。奴の放った二撃目のファイアブレスは、今まさに俺の全身を飲み込もうとしていた。
――パッシブフォーススキル『ブレスシールド』。超高熱の炎を検知した俺の身体は、薄い緑色の膜で包み込まれた。
直感的に、腕をクロスさせる。
トメリー「シンッ!!」
アイザック「何かバリアのような物でシンは防御しています、大丈夫……のはずです!」
とてつもないブレスの轟音。レーザービームでも撃たれたような、そんな強烈な破壊力を目の当たりにして、二人の表情に不安が募った。
周りの溶けた岩がその威力を物語る。
――ブレス攻撃はモロに直撃したけど、初めての体験としては中々勉強になった。
アイザックが創り上げた氷の壁の上に着地する。
「――白の炎といえば約6500度の超高熱。……ったく、一体どんな身体の造りなんだキミは」
そう言いながらも俺はワクワクが止まらない。まるで太陽と戦闘している気分だ。
ひとつ分かったことは、あの炎は魔力操作による一時的に温度を高めたブレスだということ。
放った直後は超高温だが、空に掻き消えるまでがほぼ一瞬だった。
アイザック「シン! 能力向上系の魔法はいらないか?」
俺は目線をレッドドラゴンから外さずに応える。
「大丈夫だ!」
氷壁の上から素早く竜の背中に飛び移る。
残念、身体が大きいせいか敏捷能力が低いようだな。
プライドを傷つけたら悪いと思いつつも、両手で構えたマテリアルソードを後頭部……いや首筋? に突き刺す。
ガキッッ――
「うっそ、堅ッ!!」
魔力を込めた長剣が弾かれた? そんなことがあるのか――
そう思った矢先、奴が全身を激しく揺らし、なんとその場で一回転、俺ごと大地に転がった。
そのまま氷の壁にぶち当たり、衝撃と同時に壁が消えた。魔法の持続時間切れだろう。
土埃が大量に舞う。
「――思い切った行動だ、潰されちまうところだった!」
実際潰されたわけだが、DEF999舐めんなよ。
「アイザック!! もっとここから離れてくれ!!」
大声で俺が叫ぶと、瞬時に察してくれたアイザックはトメリーを抱えて更に後方へ飛んだ。
ギャアアアアオオオオオオ!!!!
「至近距離の咆哮うるせぇええええ!!!!」
なんとなく俺もこのレッドドラゴンと一緒でテンションが上がってきた。
視界に入った尻尾の一振り。だがそれを、両手を大きく開いてガッチリと掴む。
「――尻尾を持つ巨大生物の宿命だと思え!!」
ゴツゴツした尻尾を掴んだまま、俺は身体をおもいっきり捻る。そしてグググッと竜の身体が浮きはじめた。
「うおおおおああああああ!!」
ブオォォンッ!! ブオォォンッ!!
ブオォォンッ!! ブオォォンッ!!
「ジャイアントドラゴンスイングッーー!!」
全身回転、竜の遠投を決める。渓谷の岸壁にぶん投げてみた。
ドカァッッ!!!!
ガラガラガラガラ……
アイザック「…………」
トメリー「……やりすぎじゃない?」
対象は完全に岩の中へと埋まり、大人しくなった。
恥ずかし気もなく、俺は二人に向かって真顔でピースした。
轟の豪火竜【レッドドラゴン】《モンスター》
・全長約10メートル、全身が赤黒く輝く巨大ドラゴン。その鱗は荒くトゲトゲしい。顔から尻尾に至るまでびっしりと鱗で覆われ、並大抵の力では崩せない防御力を誇る。
・火竜からは意思を感じないものの、まるでセンサーに触れたように突如として現れた渓谷の守護竜。
・口から放たれるファイアブレスはまるでレーザービーム。凝縮された約6500度の超高熱は、太陽の表面温度に匹敵する。
・どこか気品溢れるその姿を目の当たりにしたシンのテンションは最高潮に達し、勢いで岸壁に投げられた火竜だった。
氷壁【アイスウォール】《魔法》
・アイザックの得意な氷系魔法で造られた巨大な壁。地面からも空間からも、どこにでも設置できる。その強度は使用者のINT(知力)に依存する。
・通常、氷壁を使用する際は周囲に水気や氷が必要だが、最上級職スペルマスターにかかれば空気中からでも魔力操作で一瞬で造形できる。尚、その造り方だと触れても冷たくないらしい。