第18話 望遠鏡のその先に
――カーツロンド街を出発しておよそ6時間が経過した。
陽は徐々に落ち始め、遠くに王都の明かりがぼんやりと見えてきた。
今は馬の手綱をラズベルが握っている。
フレアは疲れたようで、荷台に座る俺の横で仮眠をとっていた。
フレアのスースーという寝息が……聞こえるはずもなく、馬車は止まることなくガタガタ前進していた。
ラズベル「シン、見える? あれが、『王都オリガミア』よ。あと30分もしないで着くわ」
「城塞か……」
城壁に囲まれたその都市は、高い壁の向こうに山のような城塞がある。
王都の形状が丸なのか四角なのか。
俺は眼を閉じて、スキル『オートマッピング』で地図を確認した。
――どうやらほぼ正方形で、壁の一辺が10キロ以上ありそうだ。
囲む壁の中央の辺りに城がある。
自動で作製される脳内地図は、見える範囲がかなり広がっていた。
「スキルの効果が上がったのかな……スキルオープン」
ヴゥンッ ヴゥンッ
「ウインドウがふたつ!?」
《シン=タケガミ》PASSIVE SKILL LV5
フォーススキル【ブレスシールド】:身体に深刻な影響のある、対象の息・体液などを無効化する。
フィフススキル【パーセプション】:使用者の魔力操作により、感覚器官を通じて、外界の事物を見分け、捉える。五感全てに働く。
《シン=タケガミ》ACTIVE SKILL LV1
ファーストスキル【スコープ・スナイパーアイ】:対象のステータス(身体能力)を参照し、数値化して認識可能。視野の範囲で遠方を拡大視認可能。
これは驚いた……。以前と比べ、三つもスキルが追加されていた。いや、でも、待てよ?
「ステータスオープン」
ヴゥンッ
――レベル95になっていた。
レベルの上がり幅も分からなければ、何をしてレベルが上がったのかも分からない。
だが『オートマッピング』は以前より鮮明に、広範囲が映っていた。
「……妙だな」
このレベルに対して、スキルの習得数が少ない。
レベルの上昇とスキルの習得に関連性がない。
ただスキルの効果にはもしかしたら影響があるかもしれないが。
4番目のスキル『ブレスシールド』と5番目のスキル『パーセプション』。
なぜか英語のような表記だが、俺はこの効果に覚えがある。
昨日俺が倒したサイクロプス戦、そして今日退かせたあの魔族、ゼヴンス戦でのことだ。
サイクロプスの体液を浴びた俺は、呼吸が苦しくなるくらい全身を覆われた。
そしてゼヴンスの動きは、視覚だけで反応出来るものではなかった。
「……経験値ってそういうことなのか?」
スキルの習得には何か法則がありそうだな。
とにかく、また一段と無敵感が出てしまったようだ。
ラズベル「シン、どうしたの?」
「あぁ、俺が使えるスキルを確認していたんだが、前より増えたみたいだ」
荷台に座る俺をチラッと見るラズベル。
手綱を持ったまま嬉しそうな顔をしていた。
ラズベル「ウフフ、何を覚えたのか教えてダーリン♡」
「誰がダーリンだ」
……まぁ、お世辞抜きにラズベルは強くて美人でスタイル抜群で、その好意は正直嬉しいが、こういう言葉は恋人同士や夫婦が使うものだ。
俺はまだ『異世界に来て三日目』で、彼女の好意に応えられる状況ではなかった。
夢と使命の板挟みにあっている俺に、恋だの愛だのに興じる余裕は無かった。
――と、そう自分に言い聞かせることにした。
じゃないとフレアにもラズベルにもなんか悪いし。ははは……
「俺が新たに覚えたスキルは三つ。『ブレスシールド』と『パーセプション』、そしてアクティブスキルの『スコープ・スナイパーアイ』。効果は分かる部分だけ簡単に言うと、『敵の吐く息や液とかを防ぐ』、『五感で超反応できる』、『相手のステータスが覗ける、遠くが視える』だね」
ラズベル「サラっと凄いこと言うわね……」
そこでラズベルも気が付いた。
ラズベル「その、最後のスコープってカルストのと同じスキルじゃない?」
「正確には、それの上位互換かもしれない」
俺はカルストのように右手を開き、王都に向けて、そして左手の親指と人差し指で輪を作り、左目に当てた。
どういう原理かわからないが、使えるものなら使ってみよう。
「スキル『スコープ・スナイパーアイ』!!」
ギュウウウウウーーー
「おぉぉ!! まるで望遠鏡だ!! 門が閉まっているが……人が何人かいるな」
ラズベル「ここから視えるの!? というかボウエンキョウって何!?」
そうか、この世界には無いのか。残念だ。
俺の元住んでいた家にはそれがあったから、勉強の息抜きによく覗いてたなぁ。
「遠くの物を拡大して見える筒状の道具さ!」
ラズベル「なにそれ凄い、見てみたいわぁ!」
そうだな、こんな素晴らしい光景なら、ラズベルにも見せてあげたいな。
俺にモノ造りの技術なんて無いが、知識と知恵なら有る。
この世界の技術で造れるならぜひやってみたい。
「見せられないのが残念だ、ごめんなラズベル」
ラズベル「えっ……」
夕日が沈もうとしていた。
辺りはオレンジ一色に包まれ、その頬が染まっているのに俺は気付かなかった。
ラズベルは再びチラッと振り返り、照れくさそうに言った。
ラズベル「いいのよ、その気持ちが嬉しいわ、ダーリン♡」
フレア「誰がダーリンよ」
振り返ればフレア。
いつの間にか起きていたようだ。怪訝な顔をしている。
フレア「ん……休ませてくれてありがとうね」
こちらも照れくさそうに言っていた。二人とも仲が良いな。
ラズベル「ちょっとは疲れとれた? フレア」
フレア「お陰で少しは楽になったわ。でも、やっぱり長時間だとお尻痛いし、気持ち悪くもなるし……」
ラズベル「王都へ着く前に吐かないでね」
フレア「王都と嘔吐を掛けるなッ!」
「はははっ!!」
もう少しで到着する。
この旅で俺たち三人の仲はより深まったと感じた。仲間って、やっぱりいいな。
あの戦闘以来、モンスターが道を塞ぐような事態はなく、快適に馬車を走らせていた。
――《王都オリガミア 外壁 東城門》
二頭の馬が頑張ってくれた。
辺りはすっかり暗くなっていた。
無事に王都の門まで到着した俺たちは、荷物はそのままに馬車を降りた。
兵士「長旅、お疲れさまです。何か身分を証明出来るものはありますか?」
声を掛けるつもりだったが、近くにいた複数の兵士の内の一人が、自ら声を掛けてくれた。
堂々とした全身鎧に、長い槍を持つその兵士は見るからに勇ましい。
俺たちはそれぞれのギルドのライセンスカードを取り出して、兵士に見せた。
勇ましい兵士だったが、ラズベルのカードだけは少し恥ずかしそうに確認していた。
兵士「……ご提示、ありがとうございます。今から城門を開けますが――」
時計台を確認している。
兵士「現在時刻は19時。21時を越えますと、全ての門は翌朝5時までは開きませんのでご注意ください。」
丁寧に教えてくれた。
全ての門ということは、他にもいくつか門はあるということだな。
そして兵士は大きな声で、門の上にいる兵士へ開門を知らせる。
兵士「オープン!!」
ゴゴゴゴゴゴ………
「そこはオープンなんだ」
割と英語が通じる世界なのかな? どこの世界線なんだろうここは。
兵士「門の動きが完全に止まるまでお待ちください」
なんか遊園地にでも来たような気分になった。
ズズゥン……
5、6メートルはあるだろう門が完全に開ききると、俺たち三人は王都の中へと進んだ。
後ろではまた大きな声でクローズと叫んでいた。
――門の外では兵士が集まっていた。
兵士「お、おい、大丈夫か!?」
先に身分証を確認した兵士が膝をついていた。
兵士「……はぁっ、初めてだ……」
兵士「えっ?」
膝をついた兵士が仲間を見上げながら声を荒げる。
兵士「初めて見たんだよ、ゴールドカード!!」
兵士は興奮し、そして膝が震えていた。
兵士「しかもカーツロンドの冒険者ギルドマスターのお墨付きで……色がブラックの帯だった」
兵士「はぁ!? おい嘘だろう!!? ブラックなんて聞いたことねぇぞ!?」
兵士「ギルドマスタークラスがいたのか!? あんな若者三人の中に!?」
長剣を持つ兵士が不穏な顔をし、答えた。
兵士「……ライセンスカードは偽造が出来ない。とはいえ本物かどうか――」
膝をついていた兵士がようやく立ち上がる。
兵士「いや、あれは間違いなく本物だ」
そして両手を上に向けて手を握ったり開いたりした。
兵士「あの中に、魔導士ラズベル様がいた。あの谷間は……温もりは本物だった……」
兵士「…………」
――俺たちの知らないところで疑惑が生まれ、解決していた。
――《王都オリガミア 東部》
俺たち三人はまず真っ直ぐ宿屋へ向かった。
この大きな都市では、あらゆる商業施設があちらこちらに建っていた。
馬の手綱を引きながら、ゆっくりと歩いた。
ラズベル「宿で荷物を降ろしたら、馬を預けてご飯にしましょう」
フレア「流石にお腹空いたわぁ」
王都に慣れているラズベルの案内で、俺たちは王都の東部にある宿屋に到着した。
――《王都オリガミア 東部 宿屋》
俺、フレア、ラズベル。そう、男1女2の一部屋で宿泊手続きをしていた。
「ラズベル、まさか……今夜三人一緒の部屋に泊まるのか?」
ラズベル「ウフフ、嬉しいでしょ? 美女二人と宿泊なんて」
フレア「……自分で美女って普通言わないわよ」
と、言いながらも、美女に含まれたフレアはどこか満足そうだった。みんなで泊まるのアリなんだね。
意識したら負けだと思い、俺は淡々と荷物を部屋に運んだ。
フレアは宿の手続きを、ラズベルは厩舎に馬を預けに行ってくれた。
そうこうしているうちに、時間は過ぎていった。
――初めての王都。俺は全てが初めてで、不安でしかなかった。
◆イラスト:黎 叉武
万能マスク【ブレスシールド】《パッシブスキル》
・身体に深刻な影響のある、対象の息・体液などを無効化する。
・竜の吐く炎や氷などのブレス系全般から、有毒ガス、強力な酸、更には花粉症なども防ぐことが可能。
・パッシブスキルとは、常に発動する類のスキルを表す。
研ぎ澄まされし者【パーセプション】《パッシブスキル》
・使用者の魔力操作により、感覚器官を通じて、外界の事物を見分け、捉える。五感全てに働く。
・人体の反射を超えるレベルでの超反応が出来る。銃も避けれるが、この世界に銃は未だ存在しない。
参照する狙撃手の目【スコープ・スナイパーアイ】《アクティブスキル》
・対象のステータス(身体能力)を参照し、数値化して認識可能。視野の範囲で遠方を拡大視認可能。
・遠方を覗く際は、片方の指で輪を作り、目に当てることで効果が発揮される。シンが使用可能。
・アクティブスキルとは、自身の操作で発動させる類のスキルを表す。
王都の門番【兵士】《人物》
・城門を守護する兵士。複数いる。部隊の編成はほぼ男性のため、モンスターには強いが女性には弱い。