第17話 謎多き魔族
俺はそいつの容姿に注目した。
肌は青黒く、額には双角が生えている。
そして闇を思わせる漆黒の翼。
十中八九、魔族だろう。
ただ、よくは分からないが、脳に直接響いた声は若かった。
周囲からゴブリンの気配が消えた。奴の威圧に恐怖したのかもしれない。
フレア「な、なんなのあれ!?」
フレアは木陰から動いていなかった。
奴は俺の顔を見てから殺気立った。戦闘は避けられないだろう。
ラズベル「シン、助かったわ!」
俺は振り返らずに覚悟を決める。
「二人とも下がっていてくれ。こいつは俺がやる」
――互いに睨み合っていた。
この強い殺気は、目線を外してはならないと俺に忠告している。
相手はモンスターだが、その不気味な眼差しは、妙なことに、まるで人間のように感じた。
思考を遮られる――奴の両の手に魔法陣が一瞬見えたかと思うと、氷の刃が無数に俺目掛けて飛んできた。
「ッッ!!」
俺の身体能力値はMAX。避けられないはずが無かった。
――が、咄嗟に右に飛んだ俺を追跡するかのように、氷の刃は鋭く湾曲を描く。
シシシシシシッッッ――
避けてばかりじゃ一方的にやられる。
魔力で相殺するしかない。
触れたら色々持っていかれそうな気もするが、やるしかなかった。
俺は全身に意識を向け、内なる魔力を暴発しない程度に両手に流す。
氷の刃の一本一本を、触れるギリギリのラインで全て捉えて溶かし、俺はノーダメージを保った。
???《――ッ!?》
まだ奴は宙に浮かんでいる。
翼は激しく舞い、宙にいたはずのその姿を一瞬見失う。
刹那、高速移動で俺の背後に回られ、右手の一突きを放たれる。
見たわけではないが、俺の感覚が奴の動きを鮮明に映していた。
地を蹴り、バク宙の要領で奴の後ろを取った。
着地と同時に足を払うように回し蹴り――いとも容易く前宙で回避され、そのまま空中に張り付かれる。
漆黒の翼が再び舞う。互いに互いの動きが理解できていると悟った。
ラズベル「……なんて動き……眼で追うのが精一杯ね」
あの翼、厄介だな。飛び回られたら仕留めるのは厳しい、なんとか地上戦に持ち込みたいところだ。
今度は脚に力を込め、奴より更に上を取るために大きくジャンプした。
奴の頭上を越え、そのまま羽をもぎ取ろうと、手を伸ばす――だが反応が速く反転され、俺の手が奴の手で弾かれる。
落下に合わせて横薙ぎの一撃、右足の蹴りを思いっきり放つ。
一連の動きに全て反応してきた奴に、ようやく俺の脚が入った――
「なにっ!?」
――はずだった。確実に奴の横っ腹を蹴った。
だが感触はゼロだ。バリアでも張っているのか?
蹴った反動で奴は地面に落下する。翼の羽ばたきを利用して着地スレスレで浮いていた。
俺も同時に着地するが、参ったな、決定打が無い。
その時、背後から声がした。
フレア「シン!! これを使って!!」
――マテリアルソード!
「よし、思いっきり投げてくれッ!!」
タイミングが良かった。俺の後方にフレアとラズベルが、奴は前方にいる。
俺はフレアの投げるマテリアルソードを受け取り、直ぐに鞘から剣を抜いた。
ラズベル「物理攻撃は効いていないわ、魔力を使うのよシン!! 」
全身から刀身へ。感覚的に魔力を注ぎ込む。
魔力の流れ……まるで呼吸のように自然に感じる。
長剣は、青く輝きだした。
「いくぞ!」
剣道しかやったことないが、この身体能力ならどんな剣でも突き刺すくらいは可能だろう。
実際に今手にしている長剣は、重さすら感じない。
相手の動きにさえ注意すれば、カウンターも見極められるだろう。
奴は左手を上げると空に魔法陣が出現する。魔法か、チャンスだ!
詠唱の一瞬の隙を見逃さず、『突き』の姿勢から奴の身体目掛けて、全力で突進した。
???《――クッ!!》
詠唱は中断された。
俺の高速移動も視えているのか、奴の両手は、剣先をしっかり掴んでいる。
互いに力が籠っていた。剣は、カタカタと振動している。魔力で抑え込まれているのか…
???《――こいつは人間か!? ありえない動きをしやがるッ!!》
「!?」
俺は耳を疑った。こいつ、やっぱり喋るぞ!?
硬直状態の中、奴の思念のようなものが最初よりも言葉としてはっきり聞こえた。
まさか、スキル『オールコミュニティ』の念話か!?
確信は無かったが、俺は奴に向けて思念を飛ばしてみた。
《――おい! 俺の声が聞こえるか!?》
???《――ッ!?》
その瞬間、奴は掴んでいた剣を弾くように手放し、後方に素早く退いた。
鼓動が乱れたのか、奴は息切れしていた。
???《――貴様は……魔族か!?》
唐突に会話が始まった。
《――俺は人間だ。なぜ俺たちを襲う!?》
モンスターが人間を襲うのは本能というべきか、それは普通のことだ。
だがこいつには意思がある。
俺は聴かずにはいられなかった。
――先ほどまで激しい攻防が繰り広げられていた手前、長い硬直時間に違和感があった。
後方でシンを見守っていた二人が疑問を持った。
ラズベル「様子が変ね」
フレア「シンの攻撃が効いたのかな?」
離れた位置からは、状況がよく分からなかった。
――モンスターは考えているようだった。会話のできる個体なのか、それともそういう種族なのか。
……俺は争いは望まない。剣を収めてよいのなら今すぐ収めたいくらいだ。
???《…………》
答えは返ってこなかった。だが俺の言葉も理解されていると踏んで、俺は話しかける。
《――俺はシン=タケガミ。お前、名前はあるのか?》
???《――ゼヴンスだ》
ゼヴンス……それがこいつの名前か。
漆黒の翼はおとなしくなっていた。だが、まだ油断はならない。
向けていた剣は、まだ降ろさなかった。
《――ゼヴンス……お前の目的が知りたい。俺たちは、王都へ向かっているただの人間だ》
ゼヴンス《――ただの人間だと!? ふざけるなッ!》
ゼヴンスは怒りを露わにした。
ゼヴンス《――我は貴様の魔力に引かれてきたのだ。……だが、見当違いだったな》
《――どういうことだ?》
沈黙が続いた。振り絞るような声で、思念が伝わる。
ゼヴンス《――我は……ある御方を探している。貴様ら人間には関係ない…》
じゃいきなり襲ってくるなよ……と思ったが、その思念を俺は送らなかった。話が拗れるからな。
《――ある御方? そいつは――》
言葉を遮られる。
腕を組み、そして再び漆黒の翼が大きく広がる。
ゼヴンス《――話は終わりだ。もう貴様に用はない。だが、次に会う時は――》
俺は言葉を遮った。向けていた剣を下ろし、腰に手をあてた。
《――手加減はしない、だろ》
一瞬、奴の目が見開いた。そしてかすかな笑みを浮かべた。
ゼヴンス《――せいぜい生き延びるんだな。貴様は我が必ず殺してやる》
流石は魔族、言うことがいちいち凶悪だ。
捨て台詞を吐くと、ゼヴンスは上昇し、北の空へ飛んで行った。
「なんだったんだ一体……」
二人が近づいてくる足音がした。
俺はもう気配で周りの動きが把握できるようになっていた。これがレベルアップの効果なのか?
フレア&ラズベル「「シーーーン!!」」
いきなり背後から抱きつかれた。これは予想してなかった。
フレア「シン、凄かったよぉ!!」
ラズベル「あぁっ!! 今すぐワタシを(ピーーーー)ッ!!」
(自主規制)
フレア「はぁっ!? あんた何言ってんのよ!!」
「おい、俺まだ剣持ってるから危な……」
ラズベル「激しい戦闘……興奮したわぁ♡」
「は、離れろ二人とも…」
フレア「ちょっ、私だって興奮したわよ!!」
「危ないって……危な……」
――突如現れた脅威は去り、周囲からモンスターの気配も消えた。
王都への道のりは、想像以上に激しかった。
興奮する二人を差し置いて……
二頭の馬が、鼻で笑っていた。
◆イラスト:黎 叉武
謎多き魔族【ゼヴンス】《人物》
・漆黒の翼と、額に双角を持つ魔族。肌は青みがかって黒い。男性(推測)。年齢?? 身長約200cm、体重??kg。
・放たれた魔法の威力から、強力な魔力を持っている(推測)。物理攻撃が効かなかった(不明)。
・『あの御方』と呼ばれる存在を探している時、シンの魔力に引かれて対峙した。
・誇り高い魔族がよく言いそうなクサい台詞を、いとも容易く吐く。