第16話 いい日旅立ち 時々モンスター
王都のある西の方角へ俺たち三人は出発した。
街を出ると、あまり整備はされていないが、平坦な道筋を辿り、馬車を走らせた。
道中、モンスターに襲われる可能性が高いらしい。
そのため、通常は冒険者を雇って遠出するのが一般的のようだ。
幸いなことに、出発して以降まだモンスターには遭遇していない。
荷台は思ったより風が当たらないから割と快適だった。
「――そういえば、王都の正式な名称ってまだ聞いたことがなかったな」
ラズベル「『王都オリガミア』。第16代聖王《トメリー=オリガミア》が治める王国よ」
聖王は、一般名詞なら徳のある立派な政治を行う君主を意味する言葉だが、この世界ではどうだろうか。
「なんで聖王と呼ばれるんだ?」
ラズベル「それはね、千年以上前に建国した初代聖王が、史実上最初に『神の書』を解読したからよ」
そういえば、俺が『天啓に導かれし使者』と呼ばれる所以が神の書『天啓』に登場する異世界転移者だからって話だったな。まぁそう呼ばれる機会も無いが。
「それって神話を創った人物なのか?」
どうやらラズベルが言うには、神話の元となる聖なる書物『神の書』が元々ガデュリナ界にはいくつか存在し、その内の一つ『天啓』を解読したことによって魔法とスキルがこの世界に誕生したそうだ。
つまり、魔法やスキルを人間が使えるように最初に説いたのが初代聖王ということらしい。
フレア「歴史上の人物だけど、初代聖王の話は現代まで伝承されているみたいよ」
馬車の手綱を握りながらも、フレアは会話に参加している。
「大体話は分かった。『神の書』の存在も気になるが、その聖王には一度会ってみたいね」
フレア「シンが転移者だって教えたらきっと謁見が許されると思うけどね」
ラズベル「教えなくても、今は冒険者を募ってるから普通に会えるわよ」
俺は夢を叶えるためにも、聖王に謁見したいと思った。
――王都へは日が沈む頃には到着するようで、俺の能力の話をしたり、フレアやラズベルからも普段の生活や仕事の話を聴かせてもらった。
会話から得た情報は他にもあった。
まず、王都は主に人間種が定住していて、ドワーフやエルフなどの有名な種族は存在するが、王都にはそれほど住んでいないらしい。
そして、王都の広さはカーツロンド街の比ではないらしい。
馬の蹄の音がリズムよく響いていた。
「フレア、そろそろ交代しようか。この経路を直進で良いなら俺が変わろう」
フレア「ありがとう! でも馬も疲れが出てくる頃だから、あそこの木陰で休憩にしよっか」
俺たちは馬車を停めて、休憩をとった。
――《王都への道のり オブリ平原》
水分補給と、簡単に果物で栄養を補給した。馬も勢いよく水を飲んでいる。
木陰の草の上に木製シートを敷き、三人並んで横になった。
「――二人とも、さっき話した俺のスキル『アンゴールドラッシュ』のことは、他人には内緒にしておいてくれないか?」
ラズベルは眼を休めながら、被っていたフードを捲った。
ラズベル「もちろんよ。それにアナタの弱点をワタシだけが知っているって……なんかステキじゃない?」
フレア「もしも~し、ラ~ズベ~ル? たまにわたし居ないことになってない?」
談笑していた。この二人の前では遠慮なくスキルが使えるとなると、俺も気楽になれる。
「ステータスオープン」
ヴゥンッ!
昨日の夜と同じ状態だ。変化はなかった。
「いま俺が視えているウィンドウ、ラズベルの魔力じゃ視えない?」
ラズベルは薄っすら目を開けて俺を見た。
ラズベル「ん~……シンのカワイイ顔しか視えないわね」
「そうか……この年齢だとカワイイよりカッコいいのほうが嬉しいんだけどね」
ラズベル「あら、シンはカワイイわよ。そしてワタシはカワイイものが好き……」
フレア「はいはい、そんな簡単に告白しないでくださーい」
うぷっ、とラズベルの顔にフレアの手が置かれた。見ていて俺は楽しかった。
そんなタイミングで、ある気配を俺は感じ取った。
思わず真剣な眼になり、上半身を起こした――
「ラズベル」
ラズベル「えぇ……近づいてるわね」
モンスターだ。
だがしかし、昨日のサイクロプス戦で経験を積んだ俺は、まだ気持ちに余裕があった。
「俺が行こう、二人は休んで――」
言いかけた所で、ラズベルが身体の横に置いていた杖を持って立ち上がる。
ラズベル「シン、ワタシの魔法、見せてあげるわ」
ふわりと風が吹き始めた。
その美しい紫の髪が、息をしているように揺れていた。
――道ではない、草むらをかき分けて近づいてくる音は、複数あった。
背後からは気配がないが、道を挟んで俺たちの正面からくる小柄なモンスターを俺は知っている。
あれは、ゴブリンだ。緑色をした肌に剣や盾、槍を持つ個体もいる。
武器も防具も、かなり傷んでいるのを見ると、おそらく人間から奪ったものだろうと推測できる。
「フレアは俺の傍にいてくれ」
フレア「わかったわ!」
短剣を持ち、戦う意思をフレアからも感じる。
だが、この強烈な殺意は杖を持つ彼女から発せられていた。
そして楽しそうな顔をして舌なめずりをし、杖をゴブリンに向けた。
ラズベル「さぁ、始めましょう!」
ギシャアアアアア!!!!
グキャキャキャッ!!!!
ゴブリンの数は目視で8体、だが増援の可能性もある。
雑魚だろうが、油断は禁物だ。
両手で杖を握り、詠唱を始めた。
そして一度後方に杖を引いた直後、正面に突き出す。
ラズベル「火槍『ファイアランス』!!」
ゴオォォォォーーー!!!
三本の槍を形どる鋭い火が、見事に3体それぞれの胸を貫いた。
ゴブリンの雄叫びが鳴り響く。
続けてラズベルはクルッとその場で一回転し、その間に再び詠唱を済ませる。
標準を合わせるように杖を振りかざした。
ラズベル「――氷斧『フロストアックス』!!」
ガキィィーーンッッ!!!!
巨大で鋭く尖った氷の斧が、目の前のゴブリンを頭から真っ二つに両断する。
残りの4体がラズベル目掛けて突進してくるが、まだ距離がある。
この距離からの魔法にゴブリンは手も足もでない。
地面に左手をつき、そして右手の杖を素早く地上から空へ掲げる。
ラズベル「――土壁『アースウォール』!!」
ドドドドドドドッッ――
4体のゴブリンを円で囲うように……3メートルはあろう土の壁が地面から展開される。
ラズベルの詠唱は止まらない。
俺とフレアは、その研ぎ澄まされたラズベルの魔法から目が離せなかった。
杖を大きく両手で天に掲げ、そして余裕そうに俺たちのほうを向いた。
ラズベル「ウフフ、こんなことも出来るのよ……! 雷砲『サンダーキャノン』!!!」
ズガァァァァン!!!!
激しい爆音。土壁の中は一瞬にして落雷に呑み込まれた。
同時に、ズズズズ……と土壁は地面へと沈んでいった。ここまでが、数秒の出来事だった。
これで8体全ての討伐が完了した。
だが、足音はまだまだ増えていた。
「ラズベル! まだ来るぞ、俺も加勢するか!?」
ラズベル「余裕だわ、私一人で大丈――」
言いかけたその時、視界に入っていた追加のゴブリンたちが、一斉にバラバラの方向へ散会した。
何が起きたのか理解するには、一瞬の遅れがあった。
ゴアァァァァァァァ!!!!
突如。
空から、全身が隠れるくらい巨大なサイズの火の塊が、ラズベルを襲った。
「――ラズベルッ!!」
俺は瞬時に動いた。
ラズベルの正面に立ち、全力で右手を振り火の塊を払った。
火の塊は軌道を変え、虚空へ飛んでいった。
怒りではない、恐怖を与えてくるような、そんな禍々しい圧を放つ存在が空中に羽ばたいていた。
翼を持つ、まるで悪魔のような――
驚くことに、その存在は、俺の脳内に直接語り掛けてきた。
???《――人間か?》
第16代聖王【トメリー=オリガミア】《人物》
・『王都オリガミア』を統治する、第16代目の聖王。??歳。詳細不明。
・初代聖王は、神の書『天啓』の人間種初の解読者。世に魔法とスキルをもたらした人物らしい。
・聖王に関する細かな情報は、世間には知らされていないため、明らかになっていないことが多い。
火槍【ファイアランス】《魔法》
・槍状の鋭く尖った火を放つ火系魔法。ラズベルは一度に三本発動したが、通常の魔導士が使うと一本のみ。威力は使用者のINT(知力)に依存する。
氷斧【フロストアックス】《魔法》
・斧の形をした鋭い斬れ味の氷系魔法。縦でも横でも、角度は使用者が発動時に調整できる。真っ二つ。威力は使用者のINT(知力)に依存する。
土壁【アースウォール】《魔法》
・地面から激しい音を立てながら土の壁が創れる土系魔法。ラズベルは円の囲いにしたが、単純に土を操作することで様々な形状にできる。強度は使用者のINT(知力)に依存する。
雷砲【サンダーキャノン】《魔法》
・空中に魔法陣を描き、そこから落とす雷は地に立つものを一瞬で焼き尽くす。雷系魔法の中では初歩的な部類だが、ラズベルが使うともはや大砲。威力は使用者のINT(知力)に依存する。