第15話 Dと剣と二頭の馬
朝、目覚めて一番に窓を開けると、陽の光が差し込んで新鮮な空気が部屋全体に広がる。
彼女は窓の前に立ち、そよ風に吹かれる青い髪が気持ち良さそうに揺れた。
「……おはよう」
フレア「おはよう、シン。よく眠れた?」
一日の始まりは、その晴れ晴れしい笑顔からだった。
――《カーツロンド街 南部 グリッツァーの宿屋》
ナイア「シン、おはよう。今朝市場へ行ったらステラさんに会ったわ」
「おはようナイア。ステラに?」
冒険者ギルドの受付をしている女性、ステラがこう言ったそうだ。
ナイア「王都へ行く前にギルドに立ち寄って欲しいって」
なんでも、昨日襲撃のあった巨人モンスター『サイクロプス』の討伐報酬について話があるそうだ。
「わかった、ギルドに顔を出すよ」
チャック「あぁ、あとこの果物と水も持たせるからな……あとは――」
チャックとナイアの二人は、俺とフレアの着替えや食料を、木箱や大きい布袋に分けて用意しておいてくれた。どうやら、前日から準備を進めてくれていたようだ。
閉店後、遅い時間で疲労もあっただろう、二人の優しさが嬉しく、ありがたかった。
俺は少しだけ、少年時代の、遠足の前の日を想い出していた。
「チャック、ほとんど寝てないんじゃないか?」
チャック「なーに、珈琲飲んだら眠気なんて覚めちまったよ、わはは!」
――と、笑いながら、朝食と珈琲を出してくれた。
フレアも一緒にカウンターで朝食を摂っている。
フレア「シンはその恰好で行くの?」
「ん……なにか変?」
俺はいつも通りの服装だ。
フレアは胸元を守るような皮製の鎧の上から(多分)シルクのローブを羽織り、腰のベルトには短剣が備わっていた。
おとなしい魔法石は、短剣の柄で眠るように埋まっている。
髪留めは相変わらず綺麗に煌めいていた。
「んーん、変じゃないけどさ、鎧とか盾とかは必要ないのかなって。モンスターと戦うのにそれだと薄すぎて耐久性が足りない気がするんだけど……」
そういうところに目が届くフレアは偉いと思った。
俺は自分の身体能力だけで何とかしようと思っていたが、はたから見ると不安かな?
「ありがとう、でも俺は動きやすいほうが良いんだ。鎧を着たり盾を持ったこともないからな」
チャック「シンが強いって分かってからは、その恰好でも安心して見れるのが不思議だよな」
ナイア「イイ男は何を着てもイイ男よ、ねぇフレア?」
フレア「防御力的発想はどこいった!?」
わたしに同意を求めるな! と、ナイアに突っかかっていた。なんだかんだ、仲の良い親子だ。
食事が終わったら、さっそく冒険者ギルドへ行ってみようか。
――《カーツロンド街 西部 冒険者ギルド》
言われた通りに来てみると、何やら1階フロアでカルストが受付嬢ステラと揉めていた。
話によるとステラは受付嬢兼マスター秘書らしい。
サブマスターもいると聞いてはいるが、俺はまだ会ったことがない。
ステラ「――いいえ、ダメです!」
カルスト「過去に飛び級の例が無かったわけじゃないんだ、お願い!」
まぁ、嫌な予感はした。
「やあカルスト、ステラ。……来たけど……どうした?」
フレア「なんか騒がしいね」
俺に気付くとカルストは一気に顔がほころんだ。
振り向いた拍子に赤いマントがバサッと揺れ動く。
カルスト「やぁシン! 聴いてくれ、俺は昨日の一件でシンを『冒険者ランクA』まで引き上げようと思っていてね! なのに……」
ムスッとした顔でステラを見るカルスト。ステラの答えはノーだった。
ステラ「ほら、シンさんいらっしゃってますから、正当な手続きをしますよ!」
カルスト「あぁぁもうサイクロプス100匹くらいドーンと来てよぉぉ!!」
古の巨人だろ? そこらじゅうにいたら困る。
「わ、わかった。カルスト、気持ちは分かった」
そう言いながら俺はステラが用意した冒険者ギルドランク昇級証明書に記入していった。
カルスト「そうそう、討伐ランクBのモンスターを倒したからシンに結構な額の報酬が出るよ~。ちょっと待っててね――」
いそいそと、裏の金庫らしき黒い鉄の箱からお金を用意しに行くカルスト。
私がやるのに……といった顔でステラは汗を掻きながら見ていた。
ステラ「今回、シンさんには討伐報酬の大金貨10枚が贈られますが、同時に冒険者ギルドランクDに昇級するので、昇級更新手数料として金貨1枚を引かせていただきます」
つまり、大金貨9枚に金貨9枚、99万ゴールドが俺の報酬として貰えるようだ。多くない?
フレア「ステラさん、討伐依頼じゃなくても昇級するんですか?」
ステラは長めの茶髪を指でかきあげ、小さく可愛い耳を出した。女の子らしい仕草だ。
ステラ「はい。今回は危機的状況にありましたので、緊急討伐依頼として後出し依頼にしたんです」
「へぇ、そういう対応も出来るんだ」
ステラ「もちろんですよ! シンさんはこの街を救ったヒーローですよ? 報酬はあって当たり前です!」
嬉しそうにステラは話していた。手を大きく広げてヒーローらしいポーズをとっている。
そんなやり取りをしている間に、カルストが硬貨を詰めた袋を持って戻ってきた。
カルスト「ほい、99万ゴールドね! あとライセンスカード貸してくれる? ちゃちゃっと更新しちゃうから」
俺はライセンスカードを渡すと、触れないように、金貨のみが入っているであろうキラキラした素材の袋を眺めた。
「フレア、俺の代わりに預かってくれる?」
フレアは昨晩の実験を思い出して、二つ返事で金貨袋を受け取った。
後ろではカルストがまた魔法の高速詠唱を行っていた。
速いな……カルストの優れた実力を俺は感じた。
カルスト「お待たせ! これで今からシンは冒険者ギルドランクDだね、おめでとう! ガンガン依頼をこなしてくれたらすぐにランクSになるからね!」
ステラ「……この街でランクSの人はマスター以外いないじゃないですか……」
カルストの言葉にはいまいち信憑性がない。まぁ半分冗談と捉えておこう。
「ありがとう。じゃあ、昼には王都に向かうからしばらくここを離れるよ。また帰ってきたらよろしくな」
ステラとカルストは初めて息が合ったかのように、二人で親指を立てて見送ってくれた。
次は、武器屋へ寄ろう。ハインケルが俺用の武器を用意してくれているはずだ。
――《カーツロンド街 東部 バーグリーの武器屋》
「ハインケル、いるか?」
俺は薄暗い店内に向かって声を掛けた。
人気のない店の中では、ただ武器たちが輝いているだけだった。
店の奥からゴソゴソと音がしているから、彼がいるのは間違いないだろう。
ハインケル「おうっ、来たか。出来上がってるぜ、ちょっと待ってな」
丁寧に布に包まれた一本の長剣を持ってハインケルは表に出てきた。
フレア「それもハインケルの手造り?」
ハインケル「あぁ……昨日の巨人、あいつの骨を冒険者ギルドから買い取ってな。モンスターでも魔族や不死族は、死んだらすーぐ骨になっちまうからな。魔力で肉体を維持しているんだろうが、その骨は使える。特殊合金を混ぜ合わせて昨日打ったんだ――」
巻きついた布をゆっくり剥がすと、それは俺の童心を強く刺激した。
ハインケルは剣を鞘から外して見せた。
「これは……」
フレア「す、凄い……カッコ良い……」
ハインケル「名付けて、『マテリアルソード』。耐えられるかわかんねーが、お前さんの魔力を刀身に流せる代物だ。物理が効かない相手には特に有効だぜ」
俺は剣を受け取ると、美しい刃を確認するように上に掲げた。
「……うん、手に馴染む。魔力が流れるのがイメージできる」
しばらく眺めてから剣を鞘に納めると、ハインケルが俺の眼をじっと見ているのに気付いた。
ハインケル「……魔力を刀身に吸わせる剣なんて、普通の奴じゃすぐ魔力が尽きて……下手したら死んじまう。シン以外は絶対触れちゃあダメだ」
「呪いの剣みたいだな」
ハインケル「かっかっか! 『呪いは転じりゃ聖になる』ってよく言ったもんだ、お前さんが使うなら、言わば聖剣だ」
俺は頷いた。
聖剣マテリアルソード、か。俺はさっそく腰に帯刀した。
「ありがとう、ハインケル。フレア、ハインケルに――」
すると手で制止された。
ハインケル「金はいらん。他の奴ならきちっと取るが、お前さんは……」
何か考えているような、髭を触って上を向いていた。
ハインケル「ま、俺もよくわかんねぇんだ。俺の中でシンは特別なんだろう。俺の武器魂がそう言ってる。どうせならその剣でぶっ倒したモンスターの素材とかを俺に卸してくれ。それで十分だ」
フレア「ふふっ。シンは特別だって。ハインケルの見る目は凄いね」
若干照れくさいが、俺は約束すると言ってハインケルと握手した。
俺の手が隠れるくらい大きな手は、とても力強かった。
――《カーツロンド街 北部 郊外》
ラズベルの家は街の郊外にあった。
魔女の家というには似つかわしくない、普通の木造りの家だが、周囲は人気のない森林の入り口で、そこにひっそりと建っていた。
ラズベル「…………」
一冊の本がある。それを大切そうに布で包むと、大きな荷袋の中にしまった。
ラズベル「……お母さん」
――《カーツロンド街 中央 噴水広場》
俺とフレアは、ラズベルを待っていた。
時間があったので一度宿屋に戻って荷物を整理し、馬車を借りておいた。
レヴィンとバルは今日も朝早くから料理の仕込みをしに来ていたらしい。
チャックもナイアも助かっていたようだ。
「ところで、馬車って乗ったことないんだが、ここではみんな当たり前に馬に乗れるのか?」
二頭の馬が横隊を組んで、操縦席があり、後ろに荷台が固定されている。
馬の顔にはブリンカーと呼ばれるものが付いていて、どうやら真っ直ぐ進むよう、両目視野に頼るように視界を狭めている物のようだ。
フレア「うん、私は子供の頃から乗ってるし操縦してきたから、大丈夫よ」
そんな会話をしていたら、ラズベルが到着した。
ラズベル「ハァイ、お待たせしちゃったかしら?」
軽く手を上げて、いつものフードマントと大きな双子山を揺らした。
そんな薄着で良いのか? とも思ったが、魔導士だから金属鎧の類は着ないのかもしれない。
俺とフレアも軽く手を上げて挨拶を交わす。
「いや、そんなに待ってないぞ」
フレア「ラズベル、先に馬車借りたけど、二頭の屋根なし荷台で良かった?」
十分よ、とラズベルは自分の荷物を積んでいた。
荷台は荷物だけじゃなく、人が座る場所でもあるらしい。
フレアが操縦席に座ると、俺とラズベルは荷台に乗った。
フレア「それじゃあ王都に向けて……しゅっぱ~つ!」
ラズベル「おーっ!」
なんか二人とも楽しそうだな。俺も今回の旅が楽しみになってきた。
――こうして俺たちは王都のある西へと出発した。
◆イラスト:黎 叉武
魔造長剣【マテリアルソード】《武器》
・ATK(攻撃力)+37、MAG(魔法攻撃力)+40。魔力を刀身に流して魔法攻撃に変換できる。
・全長90cmで刀身はやや細く、光が細かく反射するような鋭さがある。非常にカッコいい。
・サイクロプスの骨と特殊合金を混ぜ合わせ、ハインケル自ら造った。すごい。
馬の顔のソレ【ブリンカー】《道具》
・馬の顔に装着することで、馬が真っ直ぐ走るように視界を調整する物。
・馬の両目視野は60~75度。片目視野は210度~215度と、死角が背面10度しかない。馬が見る世界って半端ない。
・〇〇ブリンカーとつけると、まるで魔剣のような響きになるが、それでもやっぱり馬用。