第14話 運命の悪戯
ソファに座っていた俺は、肘をつくように倒れかける。
――そこでようやくフレアの顔を見た。
シャワーで温まったからなのか、フレアの頬が赤くなっていて、俺の目を外すことなく直視していた。
首に掛かっていたタオルをそっと置く。
部屋に若い男女が二人きり。それがどういう状況なのか。
いま聞こえてくる心音は、間違いなく俺のものだ。
昨日の夜は意識を失い、覚えていないのが残念に思えるほどに、胸が高鳴っていた。
既にシャワーを済ませていた俺は、フレアの柔らかそうな肌からほのかに香る甘い匂いに、脳を優しく刺激された。
「フ、フレア?」
ソファに両手を置いて、俺の身体に覆いかぶさるように――
そっと目を閉じ、少しだけ顎を上げて――
スンスンスン……
フレア「うん……いい匂いになってる。もう大丈夫ね」
ただのチェックだった。直前の俺の脳内言語を破壊したい。
フレア「キャッ!?」
体制を崩したのか、一気に俺の上に重なってしまった。
俺の胸の位置に彼女の顔がある。
咄嗟に俺の手が腰のあたりに触れてしまった。
とても柔らかな何かが俺を圧迫している。
青く綺麗な長髪は、まだ少し濡れていた。
フレア「…………」
「…………」
聞こえてきた胸の鼓動は、どちらのものか、もう分からなかった。
そして唐突に――
フレア「いまのナシ! いまのナシ!」
そう言って、フレアは慌ててガバッと立ち上がった。
フレア「くっ、臭くないならベッドに寝てもいいからね!」
「あ……ありがとう。俺と一緒でもフレアは嫌じゃない?」
気の利いた言葉が出なかった。
フレア「いっ……いいよ。明日は王都に行くんだし、疲れとらなきゃ、ね?」
そう言って俺にウインクをした。
無理をしている訳ではなさそうだ。彼女に感謝しなきゃ、だ。
俺のやましい期待は忘れることにした。
――王都へ出発する前に、俺は確認しておきたいことがあった。
「フレアにお願いがあるんだけど、これから俺が試そうとすることは誰にも言わないと約束して欲しいんだ」
フレア「……うん、約束する。……さっきのことも内緒にしておいてあげる」
苦笑いをして、俺は頷いた。
「俺が受け取る予定だった硬貨はある?」
フレア「へ? あ、うん、あるよ。ちょっと待ってね」
――フレアは部屋の隅にある机台の上から皮製の布袋を両手で取ると、俺のところへ持ってきてくれた。
「ちょっと、試したいことがあるんだ。後で説明するから、中から硬貨を1枚だけ取り出してくれる?」
フレア「うん。はいっ、銀貨1枚……あ!!」
何かを察したフレアは表情が明るくなった。
フレア「わたし知ってる! 奇術師がよくやるコインマジックでしょ! 消したり出したり増やしたりするやつ」
「違う」
可愛いリアクションを一蹴した。
「それじゃあ俺の手に乗せてくれ」
フレアは不満そうに俺の手に銀貨を乗せた。
期待外れみたいな顔をされて、俺は申し訳なくなった。
「ステータスオープン」
ヴゥンッ
フレア「えっ、何? スキル?」
「あれ? フレアにはこのウィンドウが視えていない?」
フレア「……何かあるの?」
何となく、まだコインマジックの続きと思われているようだが、どうやら本当に視えないようだ。
俺は俺以外の人からはステータスを覗けないことを知って、少し安心した。
「明日、ラズベルと合流したら詳しく話すつもりだけど、俺は俺の身体能力値をいつでも自分で確認できるんだ」
コクッと頷くフレア。
マジックへの想いは、もう諦めがついたようだ。
《シン=タケガミ》LEVEL 62
STR(筋力)778---ATK(攻撃力)778
VIT(生命力)491---DEF(防御力)491
AGI(敏捷)664---EVA(回避率)664
DEX(器用さ)999---HIT(命中率)999
INT(知力)999---MAG(魔法攻撃力)999/RST(魔法抵抗力)999
LUK(運)1
――どうやら部分的にスキル【アンゴールドラッシュ】のデメリットが発動しているようだ。
まだ体調に変化はない。
「フレア、もう1枚、手に乗せてくれ」
フレア「うん」
《シン=タケガミ》LEVEL 62
STR(筋力)674---ATK(攻撃力)674
VIT(生命力)379---DEF(防御力)379
AGI(敏捷)414---EVA(回避率)414
DEX(器用さ)806---HIT(命中率)806
INT(知力)720---MAG(魔法攻撃力)720/RST(魔法抵抗力)720
LUK(運)1
――これは、硬貨の価値や枚数によっての一定変動ではなさそうだ。
数値の変動は不規則とみて良いだろう。
ただ、少し疲労が出てきた。たった2枚でこれか……
「次は、フレアに硬貨を渡すから、その袋に一旦戻してくれ」
渡すときに、こう付け加えた。
「『それは俺のゴールドだ。フレアに預かってもらう』」
《シン=タケガミ》LEVEL 62
STR(筋力)999---ATK(攻撃力)999
VIT(生命力)999---DEF(防御力)999
AGI(敏捷)999---EVA(回避率)999
DEX(器用さ)999---HIT(命中率)999
INT(知力)999---MAG(魔法攻撃力)999/RST(魔法抵抗力)999
LUK(運)1
――うん、実験はここまでだな。
スキル【アンゴールドラッシュ】の説明にあった『ゴールドを保有していた場合、身体能力値に超マイナス補正、保有量に応じて自身に状態異常付与』が大体理解できた。
つまり、『保有』とは物理的に俺がゴールドを手にした場合にのみ判定されるようだ。
フレア「私が預かればいいの?」
「あぁごめん、実験は終わったし、そのまま預かってもらえたら助かるよ」
フレア「わかったわ」
こうして俺は理性を保ったままベッドで休むことにした。
――雷晶石の明かりを消してベッドに入ると、フレアが話しかけてきた。
今夜は月が輝いている。
窓から差し込む月明かりのお陰で、お互いの顔が薄っすらと視えた。
フレア「……ねぇ。シンは強くて、ラズベルは魔法が使えて……わたしはモンスターと戦えないのに、一緒に王都に行って本当に良いのかな」
俺は一考した。
「……大丈夫だよ。戦える人が戦って、守れる人が守るのは役割分担だ。フレアは、フレアにしか出来ないことがある」
フレア「……」
静かに聞いていた。俺の顔を見つめながら。
「俺はこの世界を何も知らなくて、今は闘うことくらいしか出来ない。……フレアが宿屋を大切に想って行動するのは、誰にでも出来ることじゃない」
フレア「……うん」
「運命の悪戯か、なんだかわからないけど、俺がこの世界に来てフレアと出会えたのには意味があると思ってる」
腕を頭の後ろで組み、天井を眺めていた俺は首を傾けて、彼女の眼を見た。
「俺は『天啓の使者』だっけ? 少しくらいフレアの役に立たせてくれ」
そう言って俺は笑ってみせると、彼女もようやく笑顔になった。
その顔はとても綺麗だった。
フレア「……ありがとう、シン。わたしもシンの役に立ちたい」
――運命の悪戯……か。
たまにはあの女神に感謝しても良いかもしれないな。
◆イラスト:黎 叉武
香りの権化【タオル】《道具》
・各家庭に必ずある必須アイテム。その香りは家庭によってなぜか異なる。
・シャワー後の濡れたタオルはよく首に掛けられ、その後の部屋干しによって部屋を加湿することが可能。
リラックス代表【ソファ】《道具》
・部屋に君臨する三人掛けの革製の座席。カラフルな布のカバーを装着させて利用することが多い。
・ベッドに進化する二刀流タイプに加え、自動で変形するものも存在する。そこから先の進化はまだ誰にも分からない。
魅惑の癒しゾーン【ベッド】《道具》
・寝泊りするのにこれが有るか無いかで体力回復量が全く異なる。フレアの羽毛ベッドはふっかふか。
・仲の良い男女が利用すると体力を失う可能性もある。R15以上の世界線で見かけることがある。




