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第13話 ぷはぁ

 古の巨人、サイクロプスは大地へと崩れ落ちた。

 地響きが鳴り止むと、街の人々が歓喜(かんき)の声を上げた。

 次々に()き起こる歓声は、街全域に達していた。



 ――《カーツロンド街 南部 グリッツァーの宿屋前》


  宿屋の外には、彼らの姿があった。

 

チャック「あいつら……無事かな」


 遠くを見るように、右手の指を(そろ)えておでこに手を当てている。


ナイア「きっと元気に戻ってくるわよ」


 ナイアの肩を抱いていたチャックは、いつもの調子を取り戻した。


チャック「……そうだな! よし、仕込みだ。今夜は(いそが)しくなるぞ」


ナイア「えぇ、腕によりをかけて美味しい料理を作るわ! ビアー足りるかしら?」


チャック「売り切れちまう前に買い足しだな、レヴィン、バル、頼めるか?」


 そう言って硬貨の入った皮製の布袋を二人に手渡す。

 見習いの二人はエプロンを付けて、気合いが入っているようだった。


レヴィン「うっす!」


バル「はい、買えるだけ買ってきます」


 店の脇に備えられている荷車を取り出し、二人はエプロン姿で駆け出した。



 ――《カーツロンド街 東部 バーグリーの武器屋前》


 今しがた見えていた巨人の姿が沈み、街の西側から歓声が聞こえてきた。

 すると、店の中から背の高い髭男(ひげおとこ)が出てきた。


ハインケル「……やったか。冒険者ギルドの小僧か……それとも、あのシンか……」


 その太い腕を組みながら西の空を眺めていた。


ハインケル「なんか……飲みてぇ気分になっちまったなぁ。かっかっか!」


 髭を()でながら、呟く。いかつい顔の口元は(ゆる)んでいる。



 ――《カーツロンド街 西部 門口》


???「……ヴ……ヴアァァァ……」


フレア「キャアアアア!! モンスター!?」


 まるで人型スライムのような、おぞましい赤黒い色をしたゲル状の生物が、街の門口(かどぐち)に出現した。

 巨人を倒してまだ幾分(いくぶん)も時間が経っていないというのに、それは街の中に入ろうと近寄ってくる。


???「……ダ……ダズ……ダズゲ……グレェ……」


ラズベル「あっ!?」


 ラズベルが何かに気付くと同時に、冒険者ギルドマスターであるこの男が反射的に動いた。


カルスト「ッ!? スコープ・サードア――」



 バタァァーン!!



 歴史は繰り返す。カルストはその場で気絶した。


ラズベル「シン! やっぱりシンね、そのまま動かないで!!」


 クルクルと杖を回しながら詠唱する。


ラズベル「水流『スライドウォーター』ッ!!」


 ラズベルがシンと呼ぶソレに向かって水系魔法を放つ。

 ラズベルの杖から勢いよく放水され、段々に姿を現す。


シン「……ッッ!! ぷはぁ!!」


 巨人の体液を全身に浴びたシンだった。


 ――やっとまともに動き、話せるようになった。

 俺にまとわりついたゲル状の液体は放水と共に、地面に流れ染み込んでいった。


ラズベル「ウフフ、水も(したた)るイイ男♡」


フレア「シン無事だったのね! 良かった、一人で行っちゃったから心配してたのよ!?」


シン「フレア! いま俺に近づいちゃダメだ!!」


 今にも飛びついて来そうなフレアを、俺はもの凄い剣幕(けんまく)で制止した。

 泣きそうな目をしていたフレアは身体をびくっとさせた。


シン「……すごい(くさ)いんだ、まだ……」


 肉や魚でもそうだが、鮮度(せんど)を失った生物の体液とは生臭く、手に付着(ふちゃく)して洗ったとしても、しばらく臭いが残ったりするものだ。


 俺は恥ずかしさと悲しさの入り混じった感情を(いだ)いたまま、フレアを見ていた。

 当の本人はキョトンとするだけだった。


フレア「ま、まずはシャワーかな!?」


「ごめん、そうしたい、それしか考えられない……」


 周囲が盛り上がっている中、街の英雄は、なるべく人に見られないように、チャックたちのいる宿屋へと向かった。


 ……気絶したカルストを置いたまま。



――《カーツロンド街 南部 グリッツァーの宿屋》



 『シンの勇気に!! かんぱーーーーい!!!!!』



 ジョッキがぶつかり合い、宴は始まった。

 日が沈もうとする夕刻。店内は人で埋め尽くされていた。

 テーブルとカウンターのみならず、壁にもたれ掛けながらジョッキを持つ姿もある。


 今や街全体が祝福ムードに包まれていた。


チャック「おーし、みんないっぱい飲んでくれー! 酒はたくさん用意したぞ!」


フレア「はーい、料理もあるよー!」


 待ってました、と大盛り上がりの店内。

 俺はほぼ中央のテーブルに座り、開始早々に囲まれていた。


女冒険者「よくあんな巨人ひとりで倒したわね!?」


男冒険者「武器を使わなかったみたいだな、いったいどうやって倒したんだ?」


 矢継(やつ)(ばや)に質問攻めにあった。

 助けを求めようにも、ラズベル以外は皆、食事を提供するのに忙しそうだった。


 丸テーブルの向かいに座ったラズベルもまた、人に囲まれていた。

 どうやらラズベルは有名人のようだ。だから昼間はフードを被っているのかな?


レヴィン「ひぃぃぃ忙しいっす」


 ガチャガチャと空いたジョッキを大量に持って動き回るレヴィン。


バル「お待たせしました」


 次々料理を器用に運ぶバル。この二人もなかなかさまになっているようだ。


「俺も手伝おうか?」


 俺の横を通りかかったフレアに声を掛けた。

 すると耳元で(ささや)かれる。


フレア「……大丈夫よ、今日はあなたが主役なんだから気にしないで食べて飲んでね」


 そう言うと、カウンターに戻ってしまった。  


ラズベル「飲んでる?」


 いつの間にかラズベルが隣に座って肩に腕を回してきた。手にジョッキを握っている。


「俺は18歳だ、酒はまだ……」


ラズベル「あら、飲むの初めて? この王国では成人は18歳。お酒は18歳から飲めるのよ」


 俺のいた世界じゃ『お酒は20歳から』だ。

 国によっては基準が違うから何とも言えないが――でも、ここは(ごう)()っては(ごう)(したが)うほうが良いだろう。

 俺は合理的に考えていた。


 ゴクッ


 進められるがままに、俺はジョッキに注いであったシャープビアーを一口飲んでみた。

 あぁ、これはただの炭酸麦ジュースかな。ビアーじゃなさそうだ。苦みが少しだけあるが、非常にノドごしが良い。


 俺は遠慮なく飲んだ。炭酸はどうやって作ったんだろう?


「……ぷはぁ!」


ラズベル「あら、いい飲みっぷり! 今夜はワタシと飲み比べ、ね♡」


 どうやらビアーを飲んでいると思われているようだが、その方が飲んだ経験の無い俺にとっては都合が良いか。



 ――数時間が経過し、辺りはすっかり暗くなった。


 閉店時間が近付き、飲んでいた大人たちは興奮冷めやらぬまま、帰路(きろ)につく。

 ()って眠る人をチャックが丁寧(ていねい)に起こし、宿に泊まる人以外は家で休むよう促していたようだ。


 店内は見知った顔だけになっていた。


ハインケル「――で、シン、おめぇ、魔法は使えんのか?」


「いや、魔力の感覚は分かってきたんだけど、魔法は使えない」


ハインケル「そうか……」


 片付けも進み、フレアは俺たちのテーブルに着いた。

 カウンターからは悲痛の声が上がっている。


チャック「何杯飲むんだあいつら……店の酒飲み干す気か?」


ナイア「あのふたりが仲良くしてる光景って親子みたいね」


バル「親子というより……」


レヴィン「お(じい)ちゃんと(まご)っすね」


 フレアとラズベルも楽しそうに談話(だんわ)している。


ラズベル「――でね、それが原料になってより効果の高いポーションが出来上がるのよ」


フレア「それ! それをこの街でも流通させたいのよねー」


 時刻は23時。閉店の時間になったようだ。


ハインケル「お、もうこんな時間か。シン! 明日俺の店に寄っていけ、お前さん用の武器がある。それを持って王都へ行ってこい!」


「俺に武器?」


ハインケル「手ぶらで行って馬鹿にされるのは俺も悔しいからな、見た目だけでも、と思って剣を準備してある」


 最初は俺に武器は必要ないと言っていたが、どうやらハインケルは俺のことを考えていてくれたようだ。


「ありがとう、ハインケル」


 それだけ言うと、ハインケルは金貨を3枚テーブルに置いて、右手を上げて帰っていった。


バル「……おつり、良いんですか?」


チャック「あぁ、ハインケルはたまにしか来ないがいつもあんな感じさ。その代わり、旅人が宿に泊まる時なんかは彼の武器屋を紹介してる」


バル「なるほど、良い間柄(あいだがら)ですね」


レヴィン「バル! 俺たちもそろそろ帰ろうぜ」


ナイア「ふたりとも今日はおつかれさま。やっぱり若い子は覚えるの早いから助かったわ」


チャック「そうだな、シンに比べたらまだまだだが」


「俺と比べんなよ……」


 レヴィンとバルは、ナイアから賃金(ちんぎん)を受け取ると、チャックとナイアに御礼をちゃんと述べてから帰宅した。二人とも、良く頑張っていた。



 ――《フレアの部屋》


「……で、結局ここに泊まるのか」


 酔った素振りも見せず、ラズベルは満足気に家に帰った。

 相変わらず宿は満室で、俺はフレアがシャワールームから戻るのを待っていた。


 このタイミングでステータスを見てみるか。


「ステータスオープン」


 ヴゥンッ


「……は? れ、レベル62!?」


 どうやらあの一戦で、大幅にレベルアップしたようだ。

 ステータスは相変わらず変化がみられなかったが、あることに気付く。


「もしかして俺のVIT(生命力)が高すぎて、アルコールで酔わない(状態異常にならない)ってことか? ――やっぱりあれノンアルコールじゃなかったのか」


 ガチャッ


 あれこれ考えていると、フレアが扉を開けて部屋に戻ってきた。

 首にタオルを巻いて、ガウンのような上衣(うわぎ)を身に着けている。


 ほんのり湯気(ゆげ)が立っていた。


フレア「起きてたんだ」


 不思議だった。胸の鼓動(こどう)が聞こえてくる。


フレア「ねぇ……となり、座っていい?」


 ソファに腰かけていた俺の横にフレアは座った。


フレア「シン……」


 ――俺は彼女の顔を直視(ちょくし)することが出来なかった。






挿絵(By みてみん)

◆イラスト:黎 叉武

水流【スライドウォーター】《魔法》

・魔力で圧縮させた水を一気に放水する魔法。威力は使用者のINT(知力)に依存する。

・横薙ぎ、縦薙ぎ、一点集中、広範囲など、任意で水流の形を変化させられる。

・水晶石が手元にない時は重宝されるが、飲料水ではないので注意が必要。


店員の証【エプロン】《防具》

・DEF(防御力)+2。首掛け式で、腰の紐を後ろで縛って固定するタイプ。

・ベロを出した動物の絵が描かれているエプロン。何の動物かはチャックに聴かないと分からない。


汎用のベテラン【男冒険者】《人物》

・不特定の男性冒険者。剣士だったり魔導士だったり、何か一言残すことに使命を感じている。シンに興味がある。


誘惑のセットメニュー【女冒険者】《人物》

・男性の冒険者がいれば、必ず傍にいるであろう女性冒険者。セットでほぼ同じようなリアクションをする。シンに興味がある。

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