第12話 サイクロプス
周囲の人々は恐怖の色に染まっていた。
ラズベルが口にした、古の一つ目巨人モンスター、サイクロプス。
人間の何十倍のサイズだ?
もはや計り知れないその巨体を相手に、どう戦って倒せば良いのか俺は考えていた。
カルスト「――シン! キミに倒してもらいたいんだ!」
ズシィィィィン!!! ズシィィィィン!!!
改めてカルストは大きな声をあげて俺を推薦した。
俺ひとりで倒すの? 何か方法があるのだろうか。
俺はカルストのすぐ傍まで移動し、身体を巨人に向けた。
二人並んで巨人を見据え、カルストに質問した。
「相手の戦力は!?」
カルスト「冒険者ギルドの目安でいえば討伐ランクBだね! はっきり言って――」
討伐ランクBってどのくらい!?
俺には目安が目安として機能していなかった。
カルスト「あいつはただデカいだけだね!」
ズシィィィィン!!! ズシィィィィン!!!
なるほど、さっぱり分からん。
言っている意味もだが、この地響き、隣りあわせに並んでも互いの声が聞き取りづらかった。
俺は声を張るようにカルストに言った。
「たぶん俺はどの冒険者よりも戦闘経験が無いぞ! あんな巨人相手にこんなチビ人間がどう対処すればいいか教えてくれないか!?」
その時、フレアとラズベルが駆け寄ってきた。
ラズベル「シン! 悪いけど、ワタシの魔法はアイツにはあまり効かないわ! 巨人って魔導士との相性最悪なのよ!」
フレア「どどど、どうするの!? 逃げないの!?」
フレアは短剣『センチネルダガー』を手に持ち、柄に埋められた宝玉が黄色く眩い光を放っていることを俺たちに教えてくれた。
誰の目から見ても明らかだが、俺たち、いや、この街全体が危険に晒されている。
カルスト「フレアちゃん、大丈夫さあ! 俺もシンもいるんだよ!? あんなの――」
ズシィィィィン!!!
もう何も聞こえないくらいの爆音だった。
ただ巨人が歩みを進めるだけで地震のようにこの辺りが揺れる。
カルスト「シン! いいかい!? あのサイズを相手にするときは武器は邪魔になる、ただ全力でぶつかればいいよ!!」
「アドバイス下手か!!」
そしてカルストは俺に耳打ちするように手を添えて、送迎の言葉を俺に告げた。
カルスト「俺が覗き見たアイツの平均ステータスは――」
――それを早く言ってくれよ。俺は口元が緩んだ。
「みんなはここにいてくれ!!」
俺は両の脚に力を込め、陸上選手が使うようなクラウチングスタートを決める。
ドンッッッーーー!!!
ラズベル「なっ!!?」
フレア「シンッ!!」
高速移動で俺は街の外に一気に飛び出した。
同時に、脳をフル回転させて巨人までの距離とサイズを計算する――
「……見通し距離……d=1.06√h(2r+h)、面積A=πd²……街の西端から約1800メートル」
計算がいとも簡単に解ける!
知力MAXだと集中すれば高速演算も可能か――
「なるほど、全長約32メートルね。でっけぇなぁ……じゃあ俺の脚力から跳躍力を計算――」
一つ目の巨人は街を見ながら前進しているようだった。
だが、もう目の前だ、俺の問題は全て解けている。
「よし、全力でいくぞ!!」
俺は思いっきり両足で大地を蹴り、飛んだ。
まるでミサイルのような弧を描きながら、巨人の腹部めがけて一瞬で迫った。
両手を突き出し、思いっきり飛び込んでやった。
「ハァアアアッッ!!!」
ズドォォォォン!!!
サイクロプス「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオーー!!!!!!」
くの字を描き、轟音を響かせながら、巨人は背中から地面に倒れた。
その転倒の衝撃はミサイルの比ではなく、巨人ごと地面をえぐり、粉塵が激しく舞っていた。
まるでビルのような二つの腕が天を向いていた。
危なかった、もし俺がこいつを貫通していたら、色んなモノにまみれてトラウマになっていたところだ。
先制攻撃。
俺が考えられる最大の一撃を放ったが、案外身体への負担は感じなかった。
倒れた巨人の腹の上で、俺は腕を組み、仁王立ちした。
「さて、ひとつ試させてもらおうかな」
俺はモンスターと心を通わせようと試みた。
ずっと気になっていた、パッシブスキル【オールコミュニティ】の効果にある『念話』ってやつだ。
これがもし心で会話するような類のものであるならば、この巨人に試す価値はある。
「……うーん、何も感じない。もう意識無いかな?」
巨大な身体に巨大な頭、その巨大な顔にデカデカと丸い目が一つ付いている。
瞼が無いのか開きっぱなしの瞳孔からは、意思を感じなかった。
『意思を持つあらゆる生命体と対話・念話・筆談で疎通が可能』とスキルの説明にあるように、意思を持たない相手には効果が無いのかもしれない。
グ……グググ……
「うお!? 動くのかこいつッ……」
巨人は上半身を起こそうと、腕と足をゆっくりもがくように動かし始めた。
しかし、その動きには一切の意思を感じられず、俺は顔面を目指して巨人の腹の上を走った。
「どこから来たのか知らないが――」
巨人の胸の位置から思いっきり跳躍する。
「人間のために、消えてくれ!!」
拳に全エネルギーを込めるイメージで、俺は落下スピードを利用してその顔面を撃つ――
「全・力・拳!!!!」
ズガアァーーーーーン!!!!
サイクロプスの目は爆散し、巨人はその活動を完全に停止させた。
その反動で、辺り一面に、モンスターの体液シャワーが降り注いだ。
戦闘終了だ。
「――くっ、臭ッッさぁあああ!!!!」
俺は生まれて初めて、全身ドロドロのゼリーマンとなった。トラウマになったかもしれない。
――《カーツロンド街 西部》
フレア「ううぅ、なんて音なの、ここまで届くなんて! シン……怪我してないよね。早く戻ってきてぇ……」
カルスト「あの二撃目で決まったねー。モンスターの放っていた圧がたったいま消えたよ。いや~シンに花を持たせてあげられてヨカッタヨカッタ!」
ラズベル「ワタシの想像を遥かに超える力を持っているみたいね……シン……あぁん……♡」
――三人それぞれの想いを知らない俺は、ただただ一刻も早くシャワーを浴びたいと、そう願っていた。
◆イラスト:黎 叉武
古の巨人【サイクロプス】《モンスター》
・古くから伝わる一つ目の人型巨大モンスター。個体により全長が数メートル変わる。体重??t。
・意思を持たず、ただ生き物を喰らうだけの粗暴な怪物。歩くだけで地響きが起こる。怖すぎ。
全身ぷるぷる【ゼリーマン】《人物》
・シンが元いた世界で、子供に人気のおやつゼリーに描かれていたヒーロー。コラーゲンたっぷり。
・タイムトラベル実験に失敗し、ゲル化してしまった犠牲者という説もある。怖すぎ。