第11話 神話や絵本では有名らしい
――《カーツロンド街 西部》
フレア「丁度お昼だし、何か食べよっか。私、お腹空いちゃった」
快晴。適度な心地良いそよ風が吹いていた。
冒険者ギルドでライセンスカードを入手し、この街で他に何の準備が必要なのか。
話し合いも兼ねて、俺たち三人は昼食をとることにした。
幸い、近くには食事ができそうな店がいくつも並んでいた。
しかし俺はある問題が生じていた。
「今更なんだけど、俺、金持ってないんだ」
フレア「あ、私銀貨5枚預かってるよ? シンが昨日働いた分の」
明るい顔つきで、両手をポンッと合わせた。
「?」
チャックが気遣ってくれたんだろうか。いや待てよ、昨日そんな話を聞いたような……
フレア「昨晩渡しそびれたからさ、後でちゃんと渡すね」
ラズベル「ねぇ、あのお店にしましょう? ウフフ、あそこならひとり一食銀貨1枚でお釣りがくるわよ」
ラズベルが人差し指で示した方向から、いかにも食欲をそそってくる香りが漂ってきた。
営業中と一目でわかる煙が、建物の煙突からふわふわと空に昇っていた。
――《カーツロンド街 西部 白馬の玉子亭》
昼時は混むようで、大勢の客で賑わっていた。
俺たちが入り口近くのテーブルに着いた頃、店内はほぼ満席となった。
メニューを見ても、焼いてるのか煮てるのかくらいしか分からないので、注文は二人に任せることにした。
さて、聴きたいことが山ほどある。
食べながら二人にいくつか質問してみよう。
「フレア、この世界の通貨について教えてくれないか?」
昨日チャックたちの宿屋で働いていた時は、会計はナイアとフレアが行っていたから、知るタイミングを逃していた。
スキル『アンゴールドラッシュ』に直接関係してくるため、俺にとってこれが今一番知りたい知識だった。
フレア「うん、いいよ。教えてあげるね」
フレアは小さな布袋を取り出して、中から銀貨を数枚手に取って見せた。
フレア「これはゴールドと言って、銅貨、銀貨、金貨、大金貨の4種類が……」
通貨について、話をまとめるとこうだ。
――《ガデュリナ界 アースライト歴 2000年現在 流通している通貨について》
大金貨=10万ゴールド
金貨=1万ゴールド
銀貨=1000ゴールド
銅貨=100ゴールド
他にも、宝石や価値のある珍しい物などは、人によっては通貨と同等に扱ってくれることもあるらしい。
物々交換も可能となると、これは俺のいた世界とかなり似通った貨幣価値のようだ。
現在のガデュリナ界アースライト歴2000年では、このゴールドがこの界隈共通の通貨らしい。
ラズベル「ちなみに、いま届いたこの料理は銅貨6枚。銀貨1枚で支払えば銅貨4枚のお釣りがくるわぁ」
そりゃどうも、と俺が渋い顔でうんうん頷くと、ラズベルは満足そうに手元の料理を口にした。
子供の計算くらいわかるが、それでも、丁寧に教えてくれる二人には感謝しておこう。
フレア「シンの住んでいたところにゴールドって無かったの?」
「え? ……いや、コインと紙幣はあったけど通貨はゴールドじゃないよ」
ラズベル「紙幣? シンってまさかとは思うけど……魔族じゃないわよね?」
違うわ。魔族って何、いるの? 何でフォーク握ってるの?
「二人とも驚かないで聴いてほしいんだが、俺のことを少し話てもいいか?」
この先一緒に行動するのなら、正直に話してもいいだろう。
何か問題が生じたらその時対応すれば良い。
むしろ何で今まで誰にも転移してきたことを言わなかったかというと、説明が難しく理解し難いだろうという点と、俺の今まで読んだ漫画とかで知る異世界に飛んだ主人公は何故か『生い立ちを隠そうとするから』だ。深い意味はない。
デメリットでないのであれば、仲間にはちゃんと話そう。
フレア「うん、聴くよ。教えて、シンのこと」
ラズベル「アナタが危険人物じゃないなら、ね」
そう言って二人は真剣な面立ちになった。
「理解してもらえないかもしれないけど……」
俺はゆっくりと話し始めた。
「俺は異世界から来た転移者だ。運命を司る女神って奴に不思議な力を与えられて、いきなりこの世界に飛ばされた。元々は地球っていう場所に住んでいた、ただ普通の人間だ」
二人の目が丸くなっていた。
空いた口が金魚のようにパクパクしていて塞がらないようだ。
ラズベル「てっ…………転移者ッ!!」
フレア「ま、まさか……!!」
大まかな流れを説明したけど、ちゃんと伝わったのかな?
二人は興奮と恐怖が入り混じったような反応を示した。
フレア「あ、あの神話の中に出てくる人!? 異世界から来たって……」
ラズベル「『天啓に導かれし使者』が、まさかシンだなんて……」
「ちょっと待った、神話? 使者って?」
二人は大きく深呼吸していた。落ち着きを取り戻そうとしているのだろう。
そして悲しい目をしてフレアが話した。
フレア「シン……あなた……辛かったでしょ。今までの生活が突然終わって、たったひとりでここに来たんでしょ?」
ラズベル「それも自分の意思じゃなく神々の力で無理やり……ね。シン……」
ラズベルは両手を大きく広げた。
ラズベル「おねえさんの胸に……飛び込んで良いのよ?」
フレア「あっ!?」
「まてまて、俺は別に悲しんでないぞ!」
ラズベルは窄めた口に指を当てて残念そうにしている。
好意は嬉しかったが、恥ずかしさが勝ったので俺は話を進めることにした。
「なんだ、俺みたいな奴が現れるって予言でもされていたのか?」
ラズベル「ガデュリナ界に伝わる神話はいくつかあってね。神の書『天啓』には、この世界に魔法とスキルをもたらす話が描かれているの。それに登場する『天啓に導かれし使者』は、己が力をもって混沌の世に革命をもたらす人物なの」
フレア「絵本にもなってるんだよ。その使者は世界を平和にすると、最後は……」
そこまで聴いた俺は、フレアの言葉を手で止めた。ラストは知らないほうが良い。
「フレア、ラズベル、ありがとう」
俺は一考し、再び口を開いた。
「俺は元々、『世界一の金持ちになる』ために勉強して生きてきた。病気や飢餓で、およそ五秒に一人の命が消える世界で……でも、ある日、金で救える命があると知ったんだ。俺は、世界平和なんて無理だと思っているが、救える命なら救いたい。夢を叶えたい。それなのに……」
嫌じゃないけど、まぁまぁ嫌な顔を想い出した。
「それなのに、ノルンの奴め……俺の話を全然聴かないでぇぇ……!!」
フレア「うわぁ、面白い顔になってる……」
ラズベル「ノルンって神話の女神のことかしら」
俺はハッと我にかえる。
「ごめん、せっかくの料理が冷めちゃうな。食べながら話そう」
二人は俺を受け入れてくれた。
シンは人間で、私たちと同じで、ちょっとだけ特別なだけだ、と――
それからは和気あいあいと、王都へ行くのに馬車を使う話や、他の街にもギルドがある話、食後には果物を沢山乗せたフルーツパフェが美味しいという話をした。
食べ終わる頃を見計らって、追加でパフェと飲み物を注文した。
魔法やスキルについても聴きたいことがあったが――
――それは突然、やってきた。
大きな岩が落下したような、激しい轟音が鳴り響く。
そして店の入り口の扉が激しく開かれた。
男性「た、大変だ!! 見たことない巨大なモンスターが現れた、みんな逃げろ!!」
歓談はざわめきへと変化し、店内は一瞬で騒然とした。
ラズベル「んん~? ここは冒険者の街よ? そんなにヤバい奴が出たってこと?」
フレア「ちょっと、ラズベル!! 私たちも逃げよう!?」
俺は、事態は飲み込めたが、せっかく冒険者になったんだし見てみようと、そんな気持ちになっていた。
不思議と恐怖は無かった。
「一旦、店の外に出よう」
ラズベル「そうね」
ラズベルが銀貨を数枚テーブルに置いたのを横目に、入り口から近かった俺は最初に店の外へ飛び出した。
続けて二人も店から出てきた。
――《カーツロンド街 西部》
ズシィィィィン!!! ズシィィィン!!!
「おぉ……」
フレア「何あれ!?」
ラズベル「……古の巨人、サイクロプス!?」
俺たちは街の中にいるが、この位置からもはっきり見えるほど巨大な、一つ目の人型モンスターが街に近づいてくる。
辺りは騒ぎ逃げる人々でいっぱいだったが、その中にひとり佇む、見た顔があった。
モンスターを背に逃げる人とは反対を向いて、腰の剣に軽く手を添えながら、真っ直ぐ立っていた。
「カルスト!」
冒険者ギルドマスターのカルストだ。
俺に気付いたカルストは満面の笑みを浮かべ、ブンブンと右手を振った。
カルスト「やぁシン! 美女二人と食事かーい?」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! あれ、どうする!?」
カルストはカッコつけるようにニッと笑うと、一つ目の巨人に向かって右手をかざした。あれは……
カルスト「『スコープ・サードアイ』」
スキルを使用し、戦力の分析を始めたカルスト。彼の目に巨人はどう映ったのだろうか。
そして再び俺の方を向くと、大きな声でこう言った。
カルスト「――シン! キミがやっつけてくれ!」
……は?
◆イラスト:黎 叉武
神の書【天啓】《書物》
・聖なる神の書。ガデュリナ界に魔法とスキルをもたらす内容が描かれている。
・世界が混沌の渦中にある時『天啓に導かれし使者』が革命をもたらすとされている。
・実際に王都の王立大図書館に保管されている一冊らしい。子供たちに人気の絵本の元になっている。
溢れる果実感【フルーツパフェ】《料理》
・白馬の玉子亭おすすめの、旬の果実をふんだんに使った生クリームたっぷりのオリジナルパフェ。
・若い女の子に人気。美味い。
通りすがり【男性】《人物》
・物語における最重要人物といっても過言ではない男性。しかし毎回異なる人物が発言する。
・「大変だ!」とたった一言で緊急事態であることを皆に知らせるアラーム的存在。シンを知らない。