8話「リベルテの主との出会い」
夜、リベルテはどこからともなく裁縫道具を取り出すと、白いワンピースを明日の催し物用に作り直し始めてくれた。
そして、私にとっては、キエル帝国で迎える最初の夜。
明日の『歌姫祭』に関しては不安しかないけれど、うじうじしていても何も変わりはしないから、なるべく考えないよう努力する。
「お疲れ様、リベルテさん」
夕食を終え、することがなくなったので、少しでも気を散らそうとリベルテに話しかけてみた。
話し相手に彼を選択したことに深い理由はない。
ただ、彼だけが部屋にいた。それだけである。
「あ、ウタ様! 今ワンピースを仕上げておりますので、もうしばらくお待ち下さい!」
「急かしに来たわけではないの」
「では、どのようなご用でございますか?」
フーシェは食事を終えてすぐにベッドで眠ってしまった。
そして、ウィクトルは用事で外出中。
「ううん。用事なんてないの。ただ……少し話し相手が欲しいなって」
「そうでございましたか」
リベルテは針を使ってワンピースに飾りをつけていく作業の最中だ。なのに、私が話しかけても、嫌な顔はまったくしない。
「このリベルテで不足はございませんか?」
「もちろんよ」
彼は、こうして話しながらでも、針を動かし続けている。
どうやらとても器用らしい。
「手芸というか裁縫というか……そういうのが得意なのね」
「はい。昔から時折嗜んでおりました」
「嗜んで? 凄いわね。凄く大人っぽいわ」
ちなみに、私は細かい作業が苦手だ。
手先の器用さが求められる分野は、てんで駄目。
料理をすれば奇妙な異物が出来上がり、服の破れを綴れば破れが最初より大きくなる——私はそんな人間である。
「リベルテさんのこと、少し聞いても構わない?」
「はい、もちろんでございます。ただ、さん付けは必要ございません」
「え……呼び捨てしろということ?」
「はい。その方が慣れておりますので」
「分かったわ。じゃあ……リベルテと呼ぶわね」
出会って一日二日しか経っていないのに呼び捨てするというのは気が進まない。だが、本人が頼んできたのだから、私はそれに従おう。敢えて逆らう必要もない。
「フーシェさんのことは少し聞いたけど、リベルテのことはまだ知らないわ。だから、聞かせてほしいの。貴方について」
リベルテが操る針先は規則的に布をすくう。
その様は、まるで、機械のよう。
乱れがほとんどないから、人が操っているとは思えない。
「構いませんよ」
「じゃあまず、貴方とウィクトルさんの出会いについて聞かせてもらえるかしら」
いきなり過去について尋ねてくる者など、不審者でしかない。
でも、リベルテは快く話してくれた。
「リベルテが主に出会ったのは、主が部隊を持つと決まった数日後でございました。このリベルテは商人の息子でして、病気だった父親の代わりに皇帝のもとへ荷物を運びに向かっていた際、直属部下をお探しの主と知り合ったのでございます」
絵本の読み聞かせでもしているかのように、すらすらと話す。
「このリベルテは元より魔の才を持ってはいたのですが、商人をしている分にはそれを使う機会はございませんでした。しかし、その魔の才をご存知だった皇帝が、主のことについて話して下さったのです」
商人の家の息子として活動していたリベルテと、直属の部下を探していたウィクトル。二人を繋げたのが皇帝だった、という話のようだ。
「それで、部下になったの?」
「いえ。戦いを生業とする気など、このリベルテにはまったくございませんでした。ですから、一度は丁重にお断り致しました」
よく断ったな、皇帝相手なのに。
そんなことを思ったり。
「けれど、一度会ってみるようにと言われまして。半ば強制的に、主と面会させられました」
まぁ、そうなるわよね。……という感じだ。
「凄く不機嫌そうな男だと思いました、最初は」
「へぇ。それは意外ね」
「それに、主はいきなり『その力で私と戦え』と。リベルテは困ってしまいました。なぜなら、魔の才があると言っても、お遊び程度しか魔術を使ったことがなかったからでございます」
ウィクトルとの出会いについて語りながらも、彼は規則的に針を動かしている。白いワンピースの胸元に小さくも輝くビーズをつけていっているみたいだ。といっても、まだ半分程度しか埋められていないのだけれど。
「それで、どうしたの?」
「戦うのではなく、できることを披露するので、問題ございませんか。そんな風に申しました」
そもそも、文明の発達したこの国に魔術などという古ぼけたものが存在していることが、驚きでもある。
「すると、仕方なく『それでも良い』と言って下さいまして。披露するだけになりました」
「で、仲間に?」
「はい。主は気に入って下さり、リベルテは気づけば主の部下になっておりました」
リベルテは針を一旦止め、座っているところの近くに置いていた半透明のケースに手を伸ばす。ケースの蓋を開けると、その中から色とりどりのビーズを取り出してきた。青系の色が多いが、紫や緑も含まれている。それらのビーズをいくつか手元へ持ってくると、再び縫いつける作業に戻った。
「それ以来、主にずっと仕えております」
「へぇ。素敵な出会いね」
そう言うと、リベルテは少しばかり頬を赤く染める。
「あ……ありがとうございます……」
きっと知らないことはまだまだあるだろうけど、でも、リベルテのことを若干は知ることができた。
収穫のある夜だった、と言って、差し支えないだろう。
——そして、朝が来た。
今日はいよいよ『歌姫祭』の日。
眠れないということはなかったが、起きた瞬間からいつもより緊張していた。
「おはようございます! ワンピース完成致しましたよ!」
「ありがとう」
朝一番にやって来たリベルテの手には、白いワンピースだったものが握られていた。
ただ、それは、シンプルな白いワンピースだったとは思えないくらい華やかな仕上がりになっている。色とりどりのビーズが、胸元には集中していて、スカートの部分には散りばめられている。
「朝食が終了致しましたら、こちらへお着替え下さい!」
「分かったわ」




