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奇跡の歌姫  作者: 四季
霖雨の章

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84話「フーシェの様子」

 来たる日は、雨降りだった。

 この目で確認したわけではない。朝早くに様子を確認しにやって来たラインが教えてくれたのだ。


 いつまでここにいれば良いのだろう。もう一生、この部屋から出られないのだろうか。脳内を巡るのは、そんな思考ばかり。考えれば考えるほど、どつぼにはまる。


 ……もう考えないようにしよう。


 やがて私が行き着いたのはそこだった。


 考えなければ何も考えなくて済む。胸を締め付けられる思いになることも、息苦しくなることもなくなる。一番楽なのはその道だと、私の脳は判断したのだ。


 そんな矢先、ビタリーが訪ねてきた。

 彼は静かに扉を開けると、テンポの良い足取りで室内へと進んでくる。その双眸が捉えているのは私。私が瞳に映るほど、彼はこちらを凝視している。


「やぁ。今日は嬉しいであろう話を持ってきたよ」

「……何ですか」


 あるわけがない、嬉しい話なんて。

 私はビタリーの言葉を信じない。彼は酷い人間だと知っているから。


「あの斧使いの女に会わせてあげようと思い立ってね」

「フーシェさんに?」


 ビタリーはもう成婚パレード用の衣装を着てはいなかった。彼の服は以前と同じ軍服に戻っている。特別な日は終わったのだ、と、改めてひしひしと感じた。


「でも……意図もなく貴方がそんなことを許すとは思えません」

「ははは。僕を悪人みたいに言うのは止めてほしいね」

「ウィクトルが刺された時ですら、平静を保って……私には貴方の精神が理解できません」


 貴方のせいよ! 貴方がいたからウィクトルがあんな目に!


 ……そう言ってやりたいけれど、この状況ではかなり勇気が必要になる。


「会う? 会わない? どちらを選ぶのか、早く答えてくれないかな」


 ビタリーは嫌みに満ちた笑い方をしながら急かしてくる。

 脳内を乱されている私を馬鹿にしているのだろうか。


「……行きます」

「んん? 聞こえないね」

「行く!」


 我慢してきた。今の私は弱い立場であるから、不必要に相手を刺激してはならないと考え、不快なことがあっても大人しくして過ごしてきたのだ。


 でも、もう我慢はできない。


「行くって言ってるのよ!」


 限界まで膨らみ膨らんだ風船が破裂するように、私の我慢にも破裂の時が来てしまった。


「いちいちそんな嫌みな笑みを見せないで!」

「なるほど。言うね」

「愚かな抵抗はしないつもりでいたわ。けど、もう無理。私は我慢し続けられない。だから、これからは言いたいことは言わせてもらうわ」


 逆らう愚か者と笑われてもいい。それでも私は、黒き者たちに頭を下げるだけの道は行かない。腕力はなく、武術も何一つ習得していないけれど、それでも戦い方はある。


「……ところで、結局斧の彼女には会いに行くのだったかな?」

「えぇ。そうさせてもらうわ」


 ビタリーは意外にも怒らなかった。

 不快な顔すらせず、ただ、うっすらと笑みを浮かべ続けているだけ。


 妙な余裕が不気味で、恐ろしい。正直なところを言うなら、怒鳴られる方がまだ良かった。あれだけ生意気なことを述べても笑っていられる、その余裕がどこから湧き出ているものなのか、不思議で仕方がない。そしてそれは、十分、私がビタリーに恐怖心を抱く訳となり得る。


 啖呵なんか切るべきじゃなかったわね。

 ビタリーに連れられてフーシェがいる場所へ向かいながら、私は己の言動を少し悔やんだ。



 連れていかれたのは、屋敷の地下。


 私が入れられていた部屋も埃臭さはあったが、それはあくまで、古い洋館だから、といった程度の埃臭さだった。


 しかし、今通っている地下は、そうではない。ここは、息苦しさを感じるほど空気が重い。


 温度は低い。肌にひんやりした感覚を覚える。それでいて、埃の匂いの空気はなかなか上手く吸い込めない。ここは、暗いし空気も悪いしで、かなり過ごしづらそうな空気。入れられるのがここでなくて良かった、と、反射的に思った。


 暫し歩き、やがて、ビタリーは足を止める。扉の前だった。


「……着いたの?」

「そういうことだよ」


 フーシェに会わせるなどと言っておいて、地下に閉じ込めるのが目的だったらどうしよう。


 ビタリーは、私の腕を掴んでいるのとは逆の手で、扉のノブを掴む。そして彼は、そのまま扉を押した。黒々した鋼鉄の戸が、軋むような深い音を立てながらゆっくりと開く。


 その後、ビタリーは片側の口角を僅かに持ち上げ、「入っていいよ」と独り言のように発した。


 もっとも、腕を持たれているので自由に入ることができるわけではないのだが。


 未知の場所へ踏み込むというのは勇気がいるものだ。特に、向かう先が不気味な雰囲気のある薄暗い場所なら、なおさら。


「フーシェ……さん」


 ビタリーが言ったことは嘘ではなかった。

 フーシェは確かにそこにいたのだ。

 ただし、私のような軟禁状態ではない。彼女は、四肢に重そうな鎖を取り付けられ、壁に繋がれている。何もない部屋の中で、彼女は縛られ、床に座るしかない状態を強要されていた。


「……そんなところで呆然として、何をしているの」


 行動の自由はもちろん、身体の自由すら奪われていながら、フーシェはフーシェらしさを欠いてはいなかった。こんな時でも彼女は彼女のまま。それは私を安心させてくれる要素の一つではあった。けれど、本当は呑気にほっとしている場合ではない。


「……ジロジロ見ないで」

「ご、ごめんなさい。でも私、フーシェさんが生きていて良かった、って……」

「……不快よ、そういう言い方」


 フーシェの口から出る文章は相変わらず冷ややか。

 私は何を述べれば不快がられないのか分からず、言葉を詰まらせてしまう。

 そんな様子をすぐ傍で見ていたビタリーは、呆れたように笑い「ウタ、君も災難だね」と発した。その言葉は、心配することさえ不快と言われている私に向けて発されたものだ。でも、その言葉はある意味真実で。だから、この時ばかりは反抗できなかった。


「こんな愛想ない女を君は気にしていたのかい?」


 知っている、理解している、フーシェにあまり良く思われていないことくらい。それでも、私は彼女を不必要に嫌いたくない。こちらが嫌っていたら、向こうも私を好きになってくれるわけがないから。


「分かってるわ、私。フーシェさんは根は優しいけれど多くを語らない方なの……」

「なるほど。なかなか都合のいい解釈だね。ウィクトルに洗脳されているのかな?」

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