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奇跡の歌姫  作者: 四季
霖雨の章

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75話「フーシェの忌憚のない発言」

「お帰りなさいませ! 主!」

「……無事で何より」


 気まずいまま宿舎に到着した私とウィクトルを、何も知らないリベルテとフーシェが出迎えてくれる。フーシェは無愛想だから別だが、リベルテは満面の笑み。その明るさが、今はいやに痛い。真夏の南国に咲く花のような笑みと口調が、逆に、胸を締め付けてくる。


「あぁ。ただいま」


 ウィクトルはそれだけ返し、積極的に関わっていくリベルテではなくフーシェの方へと視線を向けた。


「フーシェ。少し良いか」

「……何」


 慕っているウィクトルに話しかけられたのだから当然嬉しそうにするだろうと考えていたのだが、意外とそんなことはなかった。フーシェは訝しむような顔をしている。


「そう警戒するな、相談があるだけだ」

「……分かった」


 唐突に直接声をかけられ戸惑うと共に警戒心を露わにしていたフーシェ。彼女は、ウィクトルから軽く事情を説明されて、ようやく真顔に戻った。

 ウィクトルは先に歩いてゆき、フーシェがそれに続く。さりげなく話の輪に入り損ねたリベルテは、早足でウィクトルに追いつこうと試みる。しかし、その最中ウィクトルから「リベルテはウタくんを」と言われ、リベルテは渋々ついてゆくことを諦めたようだった。若干落ち込んだような表情で私の方へと戻ってくる。


「ウタ様、主と何かあったのでございますか?」

「え。えぇ……実は、ちょっとだけ」

「ちょっと、でございますか。それはどのような内容で?」


 リベルテはこんな時に限って遠慮がない。いつもは控えめで周囲に気を遣ってばかりなのに、それにしては、こんな際どいことを迷いなく聞いてくる。不思議な人だ。


「意見の食い違いからすれ違った、という感じかしら……」


 言いたくない、なんて言ったら、逆に大事かと誤解されそうだ。だから私は、ぱっと思いついた言葉を並べて、簡単に事情を述べておいた。


「そういうことでございましたか」

「えぇ。ごめんなさいね」

「いえ! では、リベルテたちは少し時間を潰しましょうか」


 主人に牙を剥いたことを怒られるかもしれない——薄々心配していたのだが、それはただの杞憂で終わった。


 リベルテは私を責めたりはしない。

 むしろ、心を落ち着かせるかのように、優しく接してくれる。



 ◆



 リベルテとウタが三階の部屋へ戻らず時間を潰すことを選んでいたのと同じ時間。ウィクトルとフーシェは三階の部屋にいた。


「……どうしたの、ボナ様。様子が……少しおかしいわ」

「相談したいことがある」

「……何?」


 ウィクトルは浮かない顔。フーシェもそのことには気づいている様子だ。


「うっかりウタくんと喧嘩してしまった。どうすれば良いのか分からない」


 相談内容を簡潔に述べるウィクトル。

 対するフーシェは、眉一つ動かすことなく言葉を返す。


「……それだけ言われても困る」


 フーシェが忌憚のない言葉を発したので、室内が静まり返る。

 二人だけしかいない部屋なので、元々、騒がしいということはなかった。だが、フーシェの発言によって、空気の質が豹変したことは確かだ。


「そうだな。相談するからには、ここまでの過程を説明せねばなるまい」


 ウィクトルはフーシェを受け入れ、ウタとの間にどのような諍いがあったのかを打ち明けた。

 彼が順に説明している間、フーシェはその場から少しも動かず、無表情な顔で聞いていた。もちろん、床や椅子に腰を下ろさずに。真っ直ぐ立ったままで。

 そして、やがて話が終わると、フーシェは眉間にしわを寄せて難しい顔をする。


「……それで喧嘩になったの」

「いや……本当は彼女に罪はない。彼女はただ私の身を案じてくれただけだ。……だが、私が余計なことを言ったがために、彼女との関係が気まずくなってしまった」


 ウィクトルはそんなことを言いながら、床に腰を下ろす。

 彼の瞳には、うっすらと影がひそんでいた。


「……なら謝ればいいわ」


 フーシェは立ち位置を変えぬまま淡々とした調子で言い放つ。


「……彼女なら『許さない』とは言わないはず」



 ◆



「はぁ……」

「どうしました? ウタ様。そのような大きな溜め息をおつきになって」


 ウィクトルはフーシェと二人でどこかへ行ったっきり戻ってこない。それどころか、戻ってきそうな気配すらない。今は宿舎内の狭い空き部屋でリベルテと時が経つのを待っているが、胸中には雨雲のようなものが立ち込めていて、とても楽しむ気にはなれなかった。


 傷は時が癒やしてくれると言うが、今回の場合は違う。

 時が経てば経つほど、後悔が強まるばかりだ。


「ウィクトル……」

「主の名を?」

「ごめんなさい、リベルテ。明るく振る舞えなくて」

「いえ。お気になさらず。気を遣われることはありませんよ、どうか自由になさって下さい」


 私は、表面が若干破れている紺色の古ぼけたソファに、一人座ってぼんやり過ごす。


 縫い目から裂けが始まり、布と布の隙間から綿が溢れ出ている——いつから使っているのだろう、この二人掛けソファは。


「リベルテの力が必要な時は仰って下さいね!」


 彼は、私に気を遣ってそんなことを言いながら、自身の用事を進めているようだった。部屋の隅に置かれた木の椅子に腰掛けながら、左手で板状の機械を持ち、その画面を見つめている。また、時折右手の指で画面を叩いていた。


「……ねぇ、リベルテ」


 何もすることのない私は、恐る恐る口を開く。


「はい?」

「その……謝ってきた方が良いかしら」


 リベルテはこちらへ視線を向けつつ首を軽く傾げる。


「ウィクトルに、よ。私、本当は、彼と喧嘩なんてしたくないわ。だから私、謝らなくちゃいけないかもしれない……取り返しのつかないことになってからじゃ遅いもの」


 今後ウィクトルと一切接触なく生きてゆく、なんてことはできるわけがない。そもそも、成婚パレード絡みのことで、彼とはまた関わることになるだろう。そして、彼と関わる機会はそれだけではない。つまり、これからも、幾度となく接触することになるはずなのだ。


 となれば、今の気まずい関係のままというわけにはいかないだろう。


 勢いで発生してしまったすれ違いだ、謝ればきっと少しは関係が改善するはず。


 私は彼との今までのように親しくありたい。彼を独り占めしたい、なんて贅沢を言うつもりはないけれど、仲違いしたままでいるのは嫌だ。せめて、近くにいて気まずくないくらいには、関係を良くしていきたいと考えている。

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