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奇跡の歌姫  作者: 四季
霖雨の章

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70話「ビタリーの祝いの日に向けて」

 ウィクトルがフーシェを追い払うような形になり、数分のうちにまた二人きりに戻った。


 フーシェは怒っていないだろうか……それだけが不安だ。


「怪我、していないわけじゃなかったのね」


 私は独り言のように呟く。

 隣にいるウィクトルは、気まずそうに目を逸らした。


「……どうして目を逸らすの?」


 私が彼の方を向いた瞬間、彼は視線を別の方向へ移した。

 明らかに私の視線を避けての行動だ。


「ウィクトル?」


 あまり積極的に関わり過ぎるのも問題かもしれない。そう思いつつも、私はウィクトルの顔を覗き込むようにして見る。最初の数秒は視線を逸らしたままのウィクトルだったが、ある程度時間が経った後、彼はゆっくりとこちらへ顔を向けてきた。


「す……すまない」


 ウィクトルは妙に深刻な顔。


「え。どうして謝罪なんて?」

「いや、その……嘘をついてすまなかった」

「怪我のこと?」


 確認すると、彼は静かに頭を縦に振った。


 ウィクトルは実はかなり真面目なのかもしれない。ちょっとした嘘なんて誰でもつくものなのに、それをこんな真剣な雰囲気で謝るなんて、真面目としか思えない。


「気を遣ってくれたのよね? べつにいいわよ、気にしてないわ。そもそも、悪い嘘じゃないし」


 嘘にだっていろんな種類がある。他人を傷つけたり害を与えたりするような嘘をつくのは問題だが、相手のことを思っての嘘なら時には仕方ないというもの。やたらと偽りの言葉ばかり吐かれるのは厄介だが、気遣いから小さな嘘を言うくらいなら、責めようとは思わない。


 ……私とて嘘をつくことはあるわけだし。


 たいした負傷でないならそれで良い。命に係わるような傷を負ったのではないなら、それで問題ない。元気でいてくれれば十分だ。



 地球での異形討伐を終え帰還したウィクトルたちには、珍しく、長期休暇を取得する許可が出た。


 これまでは、一つの任務が終われば即座に次の任務が下されるという、永遠に続きそうな流れがあった。だから、いつまでもそんなことが続くのかと私は心配していたのだが、その心配が杞憂となる日が訪れた。


 フーシェは鍛錬に勤しみ、リベルテは実家と連絡を取り合ったりしながら買い出しを行う。そしてウィクトルは、黙々と本を読んでいた。


 私は個人的に依頼を受け、歌を披露する会に参加。その会場では、私の歌を聴きたいと考えている人たちが温かく迎えてくれた。地球人もキエル人も結局は同じで、善良な者もいれば嫌がらせをしてくるような性悪もいる。今回の催しへの参加では、善良な方の者たちに出会えたので、私は純粋に幸せを感じることができた。


 それからも、私は幾度か依頼を受けることとなる。


 依頼主に悪人はいなかった。それに、内容も基本平和的。ただ、それは、私の特技が歌だからかもしれないが。けれど、とにかく穏やかに励むことのできる仕事ばかりだった。ちなみに、依頼の内容は「高齢者の集会を盛り上げてほしい」や「宴会の会場で一曲歌っていってほしい」などである。



 二週間ほどが過ぎた、ある日の朝。

 ようやく空に日が昇り始めたくらいの時間に、私とウィクトルはイヴァンのもとへ向かった。


 なぜなら、電話で呼び出されたからだ。


 呼び出しを受ければ断ることはできない。


「来たようじゃな」


 ウィクトルがイヴァンの真正面に立つ。

 私はその一メートルほど後ろに位置取りをする。


「はい。何事でしょうか」


 イヴァンと直接言葉を交わすのはウィクトル。

 私には、皇帝なる人と楽しく話す自信なんてものはない。だから、自ら話す役割を担ってくれるウィクトルは、とてもありがたい存在だ。おかげで、私はそれほど声を出さずに済む。


「実は、な。ビタリーの婚約が決まったのじゃ」

「……婚約、ですか」


 と、唐突過ぎる。

 話についていけない。


「そこで。少し気は早いが、成婚パレードの際の警備を、そちらの部隊に頼もうと思ってな。どうじゃろう? 受けてくれるか?」


 ビタリーが婚約した、というのも、驚きではある。しかし、一番驚くのは、そこではない。まだ婚約の段階だというのに、もう成婚パレードについて考えているなど、気が早すぎやしないだろうか。個人的には、どちらかというとそちらの方に意識を向けてしまう。備えあれば憂いなしと言いはするが、それにしても、先のことを考え過ぎではないだろうか。


「承知しました。それで、パレードはいつ頃なのでしょう」


 ウィクトルが問うと、イヴァンは唇を僅かに開く。


「再来月だ」

「さ、再来月っ!?」


 半ば無意識のうちに叫んでしまい、私は慌てて口を塞いだ。

 イヴァンはこちらを一瞥する。だが、特に怒っている様子はない。真顔のまま、「そうなのだ。普通よりか近いがな」と静かに言った。


「いきなり大声を出してしまって、失礼しました……」

「気にすることはない」


 イヴァンは思ったより寛容だった。

 良かった、首が飛ばなくて。

 せっかく慣れない土地でここまで生き延びてきたのに、こんな細やかな失敗で命を落としたら堪らない。怒らせてしまっていないようで、私は安堵した。


「婚約発表は数日中に行われるであろう。まずはその時を楽しみにしていてほしい」


 そう述べるイヴァンは、父親のような目をしていた。


 ビタリーは彼の息子ではないはず。それなのに嬉しそうなのが、私からすると不思議だ。直の子でなくとも、自身の血を引く者の祝い事というのは喜ばしいものなのだろうか。もしかしたら、私はまだ若い娘だから大人の気持ちが分からないのかもしれない。あるいは、別の意味で嬉しいのか。何にせよ、イヴァンがビタリーの婚約を喜ぶという構図には、謎が多い。


「それとウタ。その時にはぜひ、花嫁の傍にいてやってほしい」

「え。私ですか」

「そうじゃ。異星から来た娘を傍に置けば、キエルが多様性を認める国であると広めることができる。それゆえ、頼みたい」


 よく言うわ、地球を滅ぼしておいて。



 宿舎では、残されていたフーシェとリベルテが、首を長くしてウィクトルの帰還を待っていた。


「……婚約に成婚パレード。そう……皇子は随分色惚けね」


 ウィクトルから事情を聞き、一番に言葉を発したのはフーシェ。


「これまた唐突でございますね。不気味さしかありません」


 いきなりのことに戸惑っているのはリベルテも同じだった。

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