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奇跡の歌姫  作者: 四季
霖雨の章

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69話「ウィクトルの強がり?」

 音のない空間を、一歩、二歩、と進んでゆく。


 ……その途中。


「ウタくん?」


 突如、背後から飛んできた声。心臓が豪快に跳ねる。実際に経験したことはないが、うっかり心停止するかと心配になったくらいだ。そんな状態だから、すぐには振り返ることができなくて。結局、私が振り返ることができたのは、名を呼ばれたのから十秒ほどが経過してからだった。


「あ……あの、ごめんなさい……」


 振り返った瞬間、自然と口から謝罪の言葉が出た。


 悪いことはしていないはず。しかし、なぜか勝手に謝ってしまった。それは、もしかしたら、私の胸に言い様のない罪悪感があったからかもしれない。


 いきなり謝罪から始めた私を見て、ウィクトルはきょとんとした顔をしている。

 なぜ謝られたのか分からない、というような顔つきだ。


「戻ってきていたのか」


 戸惑いに満ちた顔をしているウィクトルは、白いブラウスに紺鼠のスラックスのみという飾り気のない服装だ。闇に溶けるような漆黒のマントをまとっていない彼は、まとっている時と比べると、ずっと自然に見える。男性にしては髪が長いところを除けば、普通の青年に見えないこともないくらいだ。


「え、えぇ……」

「何か用があったのか?」

「いいえ。ちょっと休憩しようかなと思って」


 問いにさらりと答えてから、「くだらない嘘をついてしまった」と少し後悔。

 だから付け足しておく。


「それと、ウィクトルに会いに行こうかなって」


 すると彼は瞼をぱちぱち開閉させた。


「私に?」

「えぇ。途中で出ていったのを見かけたから、ここにいるのかなって思って。それで、会いに行こうとして、取り敢えずここへ来てみたの」


 正直、本当にウィクトルに会えるとは思っていなかったが。


 ウィクトルはやや低めの落ち着いた声で「そうだったのか」と言ってくる。それに対し私は、「ごめんなさい。邪魔じゃない?」と、微かに遠慮を見せておいた。するとウィクトルは「もちろん。邪魔なはずがない」と言って、右手をこちらへ差し出してくる。


 手を差し出されるなんて、何だか、おとぎ話の主人公になったみたいね。

 密かにそんなことを思う。


「私も、君とは久々にゆっくり話してみたいと、そう考えていた」

「……ありがとう」


 片腕を伸ばし、差し出された手に触れる。


「いや、礼を言われるほどのことは何もしていない。むしろ、君には色々と無理をさせてしまった。申し訳なく思っている」


 手と手が重なり、指が触れると、ほんの僅かな熱が伝わってくる。

 その熱は、皮膚と皮膚が触れ合うのだから当然とも言える、生命の温もり。


 愛を囁くわけではなく、抱き合うわけでもなく、ただ指と指が僅かに絡むだけ。しかし、そんな細やかな行為でさえ、今は一種の愛しさのようなものを生み出してくれるのだ。


 それから、私たちは二人で語らった。


 私はただウィクトルの様子を確認しに来ただけだったのに、いつしか話をする流れになり、言葉を交わす時間が続く。


 話題はお互いの暮らしについて。

 彼は地球へ行っていた理由である討伐任務に関することを話してくれる。それに対して、私は、彼がキエルにいなかった間のことを話した。

 運命にも、人生にも、何の関係もないような話。いうなればこれは、単なる現状報告に過ぎない。けれど、そんな会話であっても、彼となら退屈ではなかった。


 僅かな言葉を発し、さりげなく視線を重ねると、胸の中がこそばゆくなる。


 その感覚は、歯と歯の隙間を清掃する時のような、耳掃除をする時のような、違和感と快感が入り混じった感覚に似ている気もする。


「でも、怪我はないみたいで良かった。安心したわ……ウィクトル?」


 言いかけて、止める。

 ウィクトルが宙をぼんやりと眺めていたから。


「どうしたの?」

「……あ」


 改めて声をかけてみると、彼はハッとしてこちらを向いた。


「すまない。何の話をしていた?」

「怪我はないみたいで良かった、って言ったの」

「あ、あぁ。そうだったか。失礼」


 時にはぼうっとすることも必要なのかもしれないが、ウィクトルがそんなだと心配になってしまう。彼らしくないから。もっとも、彼らしさを強要する気でいるわけではないけれど。


「ウタくんこそ、負傷はない様子で良かった」


 ウィクトルは先ほどの私と同じようなことを言う。

 これまたこそばゆい。

 心配するのは簡単だが、心配されるのはしっくりこない。気遣いの言葉をかけられると、色々な思考が脳内を飛び交ってしまう。


「ふふ。真似するのね」

「そう……だな。つい言ってしまったが、似たようなことを言われるのは不快だったか」

「いいえ。嬉しいわ」


 でも、心配してもらって不快、なんてことはない。

 優しいだけの男につられるな、と、小さい頃教えられはしたけれど、優しくされるのは嬉しくないことはない。いや、私は喜んでいる。私は短絡的な人間だから。


「そういえば。私がいない間、皇子や勤めている女たちに色々と絡まれていたそうだな」


 敢えて悪い方面の話はしないよう心がけていたのだが、結局、ウィクトルが自ら振ってきた。その結果、言わないわけにはいかないような空気になってしまう。


「えぇ、そうね。気にしなかったけれど」

「被害はなかったのか?」


 ウィクトルはまだ踏み込んでくる。

 そんなに虐められていてほしいの? なんて思ってしまうくらいに。


 熱心に心配してくれるウィクトルに、私は「大丈夫」と告げる。それが幾度も繰り返された。彼はよほど気にしているのか、手を替え品を替え質問を投げかけてくる。しかし、私が返す言葉は変わらない。「大丈夫」それだけだ。


 静寂の中、二人並んで同じようなやり取りを繰り返していた、そんな時。


「……ボナ様、いるの」


 フーシェの声が聞こえた。

 振り返ると、眉間にしわを寄せたフーシェが立っているのが視界が入る。


 仲良くしているところを見られたか、と、私は密かに焦る。なぜか、悪いことをしていたのを目撃されたかのような気分。だが、隣にいるウィクトルは、ちっとも慌てていない。直前までとまったくもって変わらない落ち着いた様子で、彼はフーシェに体を向ける。


「どうした?」

「……負傷していると聞いた」


 ウィクトルはどきりとしたような顔をする。

 しかしそんなことはまったく気にかけず、フーシェは続ける。


「……また黙っていたの」


 そう述べるフーシェは怒っているみたいだった。

 無表情な顔つきであることはいつもと同じ。だが普段と同じ顔ではない。苛立ったような空気を、僅かにまとっている。


「一体誰がそのようなことを言っている?」


 数秒で平静を取り戻したウィクトルは、落ち着いているように振る舞いつつ尋ねた。

 するとフーシェは「隊員の一人」と答える。


「小さなことで騒ぎすぎだ、フーシェ。擦り傷などよくあること、それは知っているだろう? 気にするようなことではない」

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