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奇跡の歌姫  作者: 四季
歌姫の章
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6話「リベルテの扱い」

 歌は数分で終わった。

 私以外誰も口を開いていなかった室内に、静寂が訪れる。


 広い部屋の中、無音の時が流れてゆく。


 歌唱は済んだ。私はただじっとしていることしかできない。祈るのは「怒られませんように」ということだけ。

 音を取り、旋律を鳴らしている、その間は不安はなかった。不安を抱かずにいられたのは、多分、思考が現実になかったからだと思う。けれど、歌い終わった瞬間、不安は一気に蘇った。歌という夢から覚めると、一瞬にして現実に引き戻されてしまったみたいだ。


「……ふぬぅ」


 だいぶ時間が経って、皇帝はそんな声を漏らした。


 息を吐き出すのと大差ないような、声らしからぬ声。


 言葉がないから評価がはっきりしない。ふぬぅ、なんて言われても、気に入ってもらえたのか気に入ってもらえていないのかを判別することはできない。不可能だ、そんな判別は。


「いかがでしょうか」


 皇帝がはっきり何も言ってこないことに困っていると、ウィクトルが口を開いた。


「ふぬぅぅ……」


 まただ。

 なぜ言語で感想を述べないのだろう。


「以上です」

「ぬぅ……そうか」


 その時、皇帝は初めて言葉らしい言葉を発した。

 それから近くに待機している侍女を呼びつけ——。


「この女を明日の歌姫祭に参加させよ」

「歌姫祭に……? しかし、申込み期限はとうに過ぎております」

「そんなことは気にしたら負けじゃ。皇帝の権限を使えば、話はすぐに通るはず」

「しょ、承知しました……」


 皇帝から命令を受けた侍女は、小走りで部屋から出ていった。

 ばたんと扉が閉まり、室内に落ち着いた雰囲気が戻る。それを待っていたらしく、扉が閉まった瞬間、皇帝は話し出す。


「名は、ウタと言ったか?」

「……はい」

「明日、ここから十分もかからぬところにある劇場にて『歌姫祭』という行事が行われる。それに参加するといい」


 いやいや、急過ぎやしないだろうか。

 生まれて初めて来た星でイベント参加は厳しめだ。



 皇帝の言葉は絶対。この国では、皇帝に逆らうことは許されない。


「しかし驚きましたね! まさかまさか『歌姫祭』に出場なさることになるなんて!」


 報告を終え、皇帝の前から去った私たち四人は、皇帝の間より一つ階が下のフロアに待機する。

 ウィクトルとフーシェは何やら動き回っている。恐らく、仕事に関することについて、やり取りしているのだろう。


 ちなみに、私の(そば)にはリベルテだけが残ってくれている。


「まだ信じられない……」


 とても断れる空気でなかったから承諾してしまった。が、今はそれを悔やんでいる。異星人の、それも一日前にやって来たばかりの女が、イベントに出場するなんて、観客から野次を飛ばされそうだ。良く受け入れてもらえるとはとても思えない。


「ここだけの話、イヴァン様はいつもああなのです。突飛なことを唐突に言い出し、自身の意思を皇帝の権力で無理矢理通すのでございます」


 キエル帝国の皇帝・イヴァンは絶対的な権力を持っているはず。

 批判的なことを発して大丈夫なのだろうか。


「ちょ、ちょっと……そんなこと言って平気なの?」


 ひそひそ声で言ってみた。

 するとリベルテは笑顔で返してくる。


「小さな声でなら、平気でございます」

「ならいいけど……」


 ウィクトルとフーシェはまだ仕事の途中だ。

 今は、部下のうちの一人と思われる男性も含め三人で、紙を見ながら話し合っている。

 なんだかとても忙しそう。手伝えることがあれば良いのに。


「でも……本当にどうしよう。イベントで歌うなんて。服だってあまりないのに……」

「お洋服はそのワンピースでいかがでしょう?」


 そうだった。

 一応、今着ている白いワンピースはあるのだった。

 このワンピースなら、品はあるし綺麗だから、着て出られないことはなさそう。手持ちの衣服がほとんどない状況ながらこのワンピースがあるというのは、不幸中の幸いか。


「あ、そうね。これでも良さそうね」

「もしよろしければ、それにもう少しだけ飾りをつけるなり何なり致しますよ」

「え! いいの!」

「もちろんでございます。このリベルテ、実は手芸は得意分野でございますから、ウタ様がお望みでしたら明日までに仕上げさせていただきます」


 手を煩わせるのは申し訳ないけれど、せっかく親切にこう言ってくれているのだから、少し頼ってみようかしら。


「えっと、じゃあお願いしても良いかしら」


 ここは甘えておくことにした。

 余裕がない状況下だ、親切心を敢えて拒む必要もないだろう。


「はい! もちろんでございます!」


 甘えることにしてお願いの言葉を発してみると、リベルテは一気に明るい顔つきになった。

 瞳は輝き、心は踊っているみたい。


 昨日知り合ったばかりなのに申し訳ない、と思う心はあるけれど、もう迷わない。過剰に気を遣っても益はないから、遠慮はしないことに決めた。


 こういう時は親切な人に頼るに限る。



 ウィクトルとフーシェの用事が終わるまで待ち、私たちはまた移動した。

 自動運転車に乗ること十数分、飾り気のない三階建ての建物の前に到着する。


「ここは?」

「我々の宿舎だ」


 車から降りながら問うと、ウィクトルはさらりと答えてくれた。

 どうやら彼らはここで生活しているようだ。

 私が生まれ育った村には三階建ての建物なんて滅多になかった。それだけに、外壁がほぼ一面灰色という地味さであっても、立派な建物に見える。


「私を含む三人は同室だ、君もそこに招き入れよう」


 そっか、三人は同室——って、え!?


 ウィクトルとリベルテが同じ部屋なのはともかく、フーシェまで同じ部屋というのは問題ではないの!?


 ……まぁ、この星にはこの星の人の感覚があるのかもしれないけれど。



 ウィクトルらに連れられてたどり着いたのは、三階の一室。

 走り回れそうなスペースのあるその部屋にはガラス製の窓もあり、そこからは外を風景を見渡すことができる。

 また、家具は比較的少なく、広々としているように感じられる。


「主とリベルテはあちら、フーシェはこちらを使っているのでございます」


 戸惑いつつ広々とした室内を見ていたら、リベルテが唐突に説明してくれた。


 よく見てみると、部屋の端の方にはパーテーションが置かれていて、その左右にベッドが配置されている。一応、最低限のプライバシーは守られるように考えてあるようだ。


「へぇ。広いのね」

「ウタ様はフーシェの方でお過ごしになられてはいかがでしょう? 女性同士の方が気が合うやもしれませんし」


 配慮はありがたいが、正直、フーシェとは上手くやっていける気がしない。


「フーシェ、ウタ様に着られるお洋服を何か貸して差し上げて下さい」

「……リベルテの命令には従わない」

「相変わらずですね……」


 きっぱり拒否されたリベルテは困り顔で溜め息をつく。

 直後、それを見ていたウィクトルが口を開いた。


「私もリベルテと同じことを考えていた。フーシェ、ウタくんに服を貸してやるといい」

「……分かった」


 フーシェはそそくさと自分のベッドの方へと歩き出す。


 リベルテが相手の時にはきっぱり拒否したフーシェだったが、ウィクトルに言われたら一瞬にして従った。

 なかなか不思議な関係である。

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