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奇跡の歌姫  作者: 四季
遠征の章

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66話「ウィクトルの帰りと部屋の片付け」

 いよいよ迎えたウィクトル帰還の日。

 しかし私は部屋の中。勝手に出歩くことはできない。


「ウィクトルたち、今日帰ってくるのよね?」

「はい! その通りでございます」


 早く彼に会いたい。今はその思いに心を満たされている。一刻も早く彼のところへ行き、彼を迎えたい。そんな思いが込み上げて仕方ない。


 彼に会えたら、何て言おう。

 どんな風に接してみようか。


 心の中で、ワクワクとドキドキが混じり合い、独創的な色を生み出している。


「楽しみね」

「はい! リベルテもでございます!」


 私はリベルテと顔を見合わせて笑う。


 こういう時だけは、息苦しさも、何もかも、消え去ってしまうものだ。

 今、自然と湧き上がってくる負の感情は、完全に影を潜めている。



 すぐに再会できるだろうと考えていたが、その時はなかなか来ない。

 リベルテから聞いていた話によれば、ウィクトルは、イヴァンへの報告を済ませたその足で迎えに来てくれるはずなのだが。

 ここはイヴァンのいるところからそれほど離れていない。だから、移動時間はそんなにかからないはず。それなのに、こんなに時間がかかっているということは、報告が長引いているのだろうか。


「ウィクトル、来るの遅いわね」

「はい。もうこちらへ着いてはいるようでしたので、じきにやって来ると思われるのですが……」


 リベルテは困り顔。その表情を見たら、「遅い」なんて言うべきではなかったなと、少しばかり後悔した。なんせ、ウィクトルの迎えが遅れていることは、リベルテには何の関係もないのだから。


 ちょうど、その時。

 扉をノックする音が聞こえた。


「あ。もしや!? 見て参ります」


 リベルテの反応速度は凄まじいものがあった。

 また、ノックの音に気づいてから扉の方へ歩き出すまでの一連の動きも、とてもスピーディーだ。


 私も少しは動いた方が良いだろうか——そう思う気持ちもあった。しかし、私が下手に動いても、リベルテの効率的な動きを邪魔してしまいかねない。そうなれば、結局良い方向へは進まないだろう。だから私は、椅子に座って扉の方を見つめるだけにしておいた。それなら、状況確認はできるし、リベルテの動作の邪魔になることもないから。


「おっ、おおおっ! お久しぶりでございます!」


 扉を開けたリベルテが歓喜の声をあげる。

 隙間から見えるのは、黒い髪。


「ウタ様! やはり主でございましたよ!」


 リベルテはくるりと身を返し、私へ視線を向け、明るい声色で言ってきた。

 そんな彼の背後から、ウィクトルが現れる。


「久しぶりだな、ウタくん」

「……ウィクトル!」


 腰より下まで伸びる長い丈の黒マントを身にまとったウィクトルは、懐かしいものを見るような目で私を見てきた。


 だが、それも無理もない。

 なんせ本当にしばらく会っていなかったのだから。


 機械を使用しての通話は何度か行った。それゆえ、お互いに、相手の容姿を忘れるということはなかった。が、こうして実際に顔を合わせるのは、数週間ぶり。最後に生で会ったのはいつだろう、という問いの答えが思い出せないくらい、久々の顔合わせだ。


「元気にしていたか、ウタくん」

「えぇ。もちろん」


 見つめ合い、言葉を交わす。


 なぜだろう。恋人同士にでもなったみたいな気分だ。


 自意識過剰であることは分かっている。彼の方は何も考えていない、ということも、もちろん知っている。けれども、見慣れていた頃とは違う感情が、今私の胸の中には存在している。


「では早速帰ろうか」

「え?」

「私が帰ってきたからには、もう、こんなところにいる必要はない」

「ま、待って待って。出るなら片付けなくちゃ」


 そこまで多くの私物を持ち込んだわけではないが、それでも、しばらく生活していたこの部屋には色々な私物が散らかっている。早速帰ろう、などと言われても、すぐにここを出ることはできない。片付けをして、荷物をまとめて、すべてはそれからだ。


「片付け? なぜ君がせねばならない?」


 ウィクトルは素朴な質問といったような雰囲気で尋ねてきた。


「荷物をまとめなくちゃいけないのよ。私物を部屋に置いたまま帰ることはできないわ」

「そうか。だが必要ない。荷物の整理なら部下にさせよう」

「ちょ、ちょっとそれは……どうなの?」


 心遣いは嬉しいが、ウィクトルの部下は片付け係として存在しているわけではない。なのに雑用を押し付けられたら、嫌な気持ちになりはしないだろうか。ウィクトルに指示されたら断ることはできないだろうが、だからこそ、不満を募らせる可能性は高まる。しまいにその不満が「あの女が来たから!」と私への敵意になったりしたら、もう堪らない。


「そんなことを頼んだら迷惑じゃない? 大丈夫。片付けくらい自力でやるわ」

「だが……」

「平気平気! だからね、少しだけ待っていて」

「しかし、早く帰りたいのでは」


 ウィクトルがそこまで言った、その時。


「ではリベルテもお手伝い致しますよ!」


 リベルテが、ウィクトルの背後から、突如口を挟んできた。


「主、少しばかりお待ち下さい。すぐに荷物をまとめますので」

「ウタくんに無理はさせるな」

「は、はい! それはもう、もちろんでございます!」


 私だって荷物をまとめるくらいできる。無理なんてせずとも、身の回りの整理整頓ぐらい、そう難しいことではない。実際、今もそこまで散らかっているわけではないのだし。


 ウィクトルの中の私は、なぜに、そんなか弱いイメージなのだろうか……。


 その後、私はリベルテの協力を得ながら、室内の片付けを始めた。


 まずはパッと見える私物をまとめていく。ちなみに、目立つ私物とは、主に衣服である。それらを鞄にしまい込む。私がその作業を行っているうちに、リベルテは細かい物を集めてきてくれる。そして、それだけではなく、使っていた物を元あった場所へ戻す作業も行ってくれていた。


 私一人では果てしなく時間がかかったことだろう。

 リベルテがいてくれたからこそ、比較的スムーズに片付けていくことができた気がする。


 結果、一時間もかからないうちに、片付けは終わった。


「片付け完了でございます! 荷物もまとまりました!」


 最終確認を終えたリベルテは、ウィクトルにそう報告する。


「ご苦労。さすが、速やかだったな」

「はい! これで帰路につけます!」


 ウィクトルにそっと褒められたリベルテは嬉しそう。

 そんな彼の顔を見ていたら、彼に協力してもらって良かったかも、なんて考えてしまったりした。


「よし。ではウタくん、出よう」

「えぇ、そうね」


 ここでの暮らしはとても長かった。いや、何日だったのか正確な日数はすぐには思い出せないが。ただ、とても長かったような気がする。色々なことが起きたから、長く感じただけかもしれないけれど。でも、少なくとも短くはなかった。


 いよいよ、ウィクトルと合流し、宿舎へ。

 外の世界の見える場所へ行けるのは楽しみだ。

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