64話「リベルテの物申し」
来たる朝、ベッドの上で目を覚ました私は、周囲を見渡して言い表し様のない違和感を抱く。その違和感の正体に、私はすぐには気づけない。だが、背伸びをして一分も経たないうちに、なぜこんなにもおかしな感じがするのかに気づいた。その原因はリベルテだ。彼が室内に見当たらないから、しっくりこない感じがしたのだろう。
「リベルテ……いないの?」
ベッドから下り、床に足をつける。その場で上半身を捻り、あちこち見回してみるが、それでも見当たらない。まさかそんなところにいることはないだろうが、一応、ベッドの下も確認。しかし、やはりいない。
……となると、外出しているのだろうか?
彼が黙って部屋から出ていくとは思えない。しかし、ここにいないということは、ここではないどこかにいるはずだ。眠っている私に気を遣って、静かに出掛けていったという可能性もある。ただ、置き手紙くらいしていかないものだろうか。リベルテの留守中に私が起きる可能性は十分に考えられたわけだし。
……急遽出ていかねばならない用ができたとか?
一人で色々考えていても何も変わらない。話は進まない。気になりはするが、私は、リベルテについて思考するのを止めることにした。
彼のことだ、またいつか、ひょっこり帰ってくるだろう。
それを待つことにしよう。
◆
「無礼を承知の上で述べさせていただきます。貴方、ウタ様とお茶したことを、皆に言いふらしておられますね」
朝、リベルテは自ら、ビタリーのもとを訪れていた。
ウタに関する話をするためである。
「そんなことを話すために、わざわざ僕の部屋まで来たのかい? てっきり……僕のかわいこちゃんたちの仲間入りを申し出しに来たのかと思っていたよ」
リベルテが訪れた時、ビタリーはまだ起きたばかりだった。そして、そのまま話が始まったため、ビタリーは現在も寝巻きのままである。ちなみに、ビタリーの寝巻きは上下とも白。それも、シンプルなデザインのものである。腕も脚も布に包まれ、肌の露出はほとんどない。
「禍々しいことを仰らないで下さい」
「ははは。冗談だよ」
「そうでございますよね。そうであると信じております」
一瞬、時が止まったかのように空気が凍りついた。
が、すぐに元の空気に戻り、話は続く。
「で。……君は、僕が彼女とのことを話したことに文句を言いに来たのだったかな?」
「はい。その通りでございます」
両足を揃え、腹の前で両手を合わせて、笑顔を作るリベルテ。その表情は柔らかい。だが、目つきだけは柔らかくなかった。考えていることのある人間の目つきだ。
「話されるのは自由でございます。しかし、それによってウタ様が悪く言われているとなれば、話は別。主からウタ様をお護りするよう命ぜられておりますので」
ビタリーは不愉快そうに顔をしかめ、リベルテは勇ましく眉尻をつり上げている。両者共に温厚な顔つきではない。そんなだから、室内に漂うのは鉛のように重苦しい空気。
華奢な少年と、優雅な青年。二人とも、攻撃的には見えない容姿ゆえ、向かい合っていても見た感じだけだと刺々しくは見えない。だが、その様子を数秒眺めれば、彼らが友好的な関係でないことは誰でも分かるだろう。無関係な者であったとしても、察することができるはずだ。
「ご存知ですか? ウタ様はあれ以来あらぬことを言われているのでございます。それについては、どう考えておられるのですか?」
「どう考えて、だって? ふふ。馬鹿なことを。そんなこと、僕には関係ないよ」
「関係なくはありません!」
リベルテはらしくなく調子を強める。
刹那、ビタリーは立ち上がった。
ビタリーが抜いた拳銃、その口が、リベルテの眉間に押し付けられる。
「……案外驚かないね」
片側の口角を僅かに持ち上げるビタリー。
彼は挑発的な笑みを向ける。
しかしリベルテは反応しない。動揺を露わにすることもない。対峙するビタリーを真っ直ぐ見つめたまま、じっとしている。
「それなりに経験は積んでおりますので」
「……そうみたいだね」
ビタリーはリベルテに向けていた拳銃を下ろすと「もう少し驚くと思ったんだけどね」と独り言のように呟いていた。
「今後はウタ様に悪い噂が立たないよう気をつけて下さい。よろしくお願いします」
「もちろん。僕とて彼女を嫌っているわけじゃないからね、気をつけるよ」
◆
起床から一時間ほどが経っただろうか。手洗い場で顔を流したり髪をといたりしていた時、扉が開く音が耳に飛び込んできた。実は少し忘れてしまっていたのだが、その音を耳にして、リベルテが帰ってきたのだ、と気づく。一応拭きはしたが湿った顔のままで、扉の方へと駆ける。
「あぁ、ウタ様! もう起きていらっしゃったのでございますね!」
入ってきていたのはやはりリベルテだった。
彼は私の姿を目にするや否や、微笑みかけてくれる。
「えぇ。リベルテはどこに行っていたの?」
「少し用事で……出掛けておりました。失礼致しました」
リベルテは丁寧に頭を下げた。
「いいえ、気にしないで。でも、貴方一人で良かったの?」
「はい。それはもちろん」
彼はいつもと変わりなく笑顔だ。しかし、その笑みは、どことなく力ないものだった。いつものフレッシュさが感じられないというか何というか。疲れているような顔つきだ。
「私、もう少し髪を手入れしてくるから、リベルテはそこで休憩していて。あ、お茶でも飲む? ポットにお水を入れてそっちへ持っていくわね」
何をしていたのか知らないが、疲れているのなら無理はしてほしくない。そう思うから、私は、そんなことを言ってみた。しかしリベルテは断固として頷かない。きっぱりと「いえ! お気遣いなく」と返してきた。不機嫌というわけではないようだが、やはり、いつもの彼と比べると元気のなさそうな顔をしている。しかし、だからといって他者に頼ることは考えていないようだ。




