62話「ビタリーの圧倒具合」
ビタリーにリベルテ救出を依頼することに成功した私は少しばかり安堵。心穏やかになるのはまだ早い、そう頭では理解していても、一人でどうしようか迷っていた時よりかは落ち着いてきつつある。無論、慌てても良い方向へ行くはずがないので、落ち着けているのは良い兆候と言えるはずなのだが。
私はリベルテが捕まっているであろう場所をビタリーに説明。
ビタリーは拳銃をいつでも抜けるよう備えつつ、私が伝えた場所へと足を進める。
彼は将来皇帝になる人。その身にもし何かあったら、その原因である私は決して許してもらえないだろう。もし彼が負傷したとしたら、首が飛んでもおかしくはないくらいだ。
それでも、もう頼んでしまった。
今さら「やっぱり助けなくていい」なんて言うことはできない。
通行人の多い道から一本脇に外れ、入るだけで憂鬱になりそうな路地へ突入していく。
そんなビタリーと私を、男たちは待っていた。
「今度は男かァ! オレァ残念だ!」
一番に私たちの存在に気づいたのはゴーグルの男。最初に現れた、不審な彼だ。
その周囲には、貧しそうな雰囲気をまとった男が幾人も立っていた。
その中にリベルテはいる。
リベルテは、まだ、あの大柄な男に両腕を拘束されていた。見た感じ、派手に怪我している様子はない。幸い、殴る蹴るの激しい暴行を加えられたということはなさそうだ。
「君たちが彼女を困らせた野蛮人共だね?」
「ふ、ふっだけんな! あんてぃはなにものなんだ!? よすものがでてくんなよ!」
男たちの中の一人が鋭く言い放つ。
しかしビタリーは唇に笑みを浮かべたまま。
「余所者、か……」
僅かに顎を引き、瞼を閉じ気味にして、けだるげな顔をするビタリー。
男たちに自由を奪われ為す術なくじっとしていたリベルテは、あまりにいきなりなビタリーの登場に驚きと戸惑いを隠せなかったらしく、目を見開いている。
それがどういう意味でなのかは知らないが、彼の水色の瞳は揺れていた。
「いずれこの地を統べる僕にそのようなことを言うとは、愚かにもほどがある」
私より一歩分前に出ているビタリーは、一切躊躇うことなく銃を手に取り、その口を男たちの方へ向ける。銃器が出てくることは想定していなかったのか、男たちは厳つい面にゾッとしたような表情を浮かべた。まるで怪物に突然遭遇してしまったかのような顔をしている。
「さらば!」
ビタリーは引き金を引いた。
刹那、空間に乾いた音が響く。
一瞬にして銃口から飛び出し、認識できない速度で宙をかけた銃弾は、リベルテを実際に拘束している大柄な男の肩に突き刺さる。男は「あぐあぁっ!?」と苦痛の叫びを発し、銃創ができた部分を手で押さえながら床に倒れた。
リベルテを身動きできなくしていたものがなくなった。
それに気づくや否や、リベルテは自ら動く。
次の誰かが拘束しに来る前に逃げなくては、と考えたのだろう。彼は一目散に私たちの方へと駆けてきた。
「リベルテ!」
「ウタ様……!」
走ってきたリベルテの背に腕を回し、強く抱き締める。私が腕に力を込めた瞬間、リベルテは顔をしかめて「イテテ」と漏らした。が、すぐに笑顔になって、「ありがとうございます」と感謝の意を述べてくる。その瞳に曇りはない。
「おい! あいつボコるぞ!」
「オゥ!!」
「オゥーラ!!」
肩に銃弾を受けた男は立ち上がれない。
しかし、一人やられたことによって、それ以外の男たちの士気が高まってしまったように感じる。
皆、目を爛々と輝かせながら、ビタリーに殴りかかろうとしていた。
その殺意に満ちた顔を見た時、私は、胸の内で言葉にならない恐怖感が湧き上がってくるのを感じた。それは、単語や文章で説明することがかなり難しい感覚。よほど言語化に長けている者でなければ説明できないだろう、と思うような感覚だ。気持ち悪さというか何というか。
「まったく。どこまでも不愉快だね、嫌だ嫌だ」
一斉にビタリーに襲いかかった男たち。
しかし、一秒ほどで彼らは退けられた。
拳銃が吠えたのだ。ビタリーが操る拳銃の銃口から放たれた物体が、男たちの肉体を貫き、彼らにダメージを与えた。そして、もはや誰一人として立てない状態になっている。
圧倒的な強さだ。
何も言えない。
ビタリーは女好きで己の身分に自信を持ったいけすかない男だと思っていた。だが、武器を持った彼は、とてもそんな情けない人物ではなくて。彼もまた、一人の優秀な戦闘員だったのだ。銃の腕の良さを活かして敵を次々なぎ倒す、そんな人。私がこれまで見かけた彼も、もちろん彼ではあるわけだが、それが彼のすべてというわけではなかったのだ。
さすが、ゆくゆく皇帝になると宣言しているだけはある。
「ゴミ臭い輩は片付けた。じゃ、約束通りお茶だね?」
硝煙の香りをまとう皇子は、数発連続で撃った拳銃を何事もなかったかのようにしまい、顔面に楽しげな笑みを浮かべる。
「はい。それは覚悟しています」
「嘘をつかないところは良い」
そんなやり取りを近くで聞いていたリベルテは、勝手に進んでいっていた話についていくことができなかったようで、「どのような約束をなさったのでございますか!?」と慌てた声で尋ねてきた。家に代々伝わる大事な宝を紛失したことに気づいた場面と言われても違和感はないくらい、リベルテは慌てた様子である。混乱中の彼の問いに、私は「リベルテを助けてほしいって頼んだの。それで、リベルテを助けてもらう代わりに、一度お茶をするって約束したのよ」と静かめの声で事情を答えた。するとリベルテは、渋い物をうっかり口に含んでしまった人のような表情を浮かべ、「も、申し訳ございません……リベルテのせいで……」と返してくる。
その時、ふと異変に気がつく。
異変とは「地球の言葉がリベルテに通じていること」である。
「あれ? リベルテ、自動翻訳機がないから地球の言葉は分からないんじゃ?」
「あ。はい……その、実はですね……」
リベルテは恥ずかしそうに、頭部の右側側面を覆っている菜種油色の髪を掻き上げる。すると耳が露わになる。その中には、大きさが小指の爪程度しかない黒い小さな機械が存在していた。
「予備があったのでございます」
「ええ! 予備! ……それは凄い。物持ちが凄く良いわね」
「装着する隙がなかなかなかったので、必要な時につけられませんでした。申し訳ございませんでした」
てっきり唯一の自動翻訳機を女の子に貸してしまったものだと考えていたが、実はもう一つ所持していたようだ。そういうことなら早く言ってくれれば良かったのに、なんて思うが、きっと、リベルテが装着した時が着用の一番良いタイミングだったのだろう。




