61話「リベルテの捨て身」
だが容易く逃れることはできなかった。
というのも、リベルテが男に捕らえられてしまったのである。
「リベルテ!」
歩き出そうとした瞬間、リベルテは物陰から現れたゴーグル男の仲間に右腕を掴まれた。そして、あっという間にその身を拘束されてしまったのだった。リベルテの性別が男であることは事実だが、華奢な方であることもまた事実。大柄な男に腕を掴まれてしまえば、簡単にそこから抜け出すことはできない。
「お仲間確保ー」
物陰から現れた大柄な男が、嫌みをたっぷり含ませて言ってきた。
リベルテを見下ろす目つきは、まるで、美少女を捕らえたかのよう。なぜかぎらぎらしている。
「ウタ様! 逃げるのです!」
両腕を背中側に回され、完全に動けない状態になっているリベルテだが、その表情には凛々しさがあった。容姿は中性的でも、その双眸には一種の男らしさのようなものが光っている。
リベルテは肩から上半身にかけてを反動をつけながら左右に振り、拘束から逃れようと試みる。しかし、両腕を体の後ろ側でしっかり固定されてしまっているので、男から離れることはできない。それでもリベルテは抵抗を止めなかった。心では負けまい、というような険しい顔つきで、辛うじて動かせる部位だけを激しく揺さぶる。少しでも隙ができれば逃げる、と言わんばかりの振る舞いだ。
「こいつ……!」
そんなリベルテの態度が気に食わなかったらしく、拘束する係の男は苛立ちを露わにする。
「っ!」
苛立ちを堪えきれなくなった男は、ついに、リベルテに危害を加えた。
腕を本来とは違う方向へと曲げたのである。
「こんなことをして……何が楽しいのです」
リベルテは苦痛に顔を歪めつつも、淡々とした調子で言い放つ。
「楽しいも何もねぇ。ただ金を巻き上げたいだけだ」
「馬鹿なことを! そんなことをして迷惑をかけて、恥ずかしいとは思わないのですか!」
「恥ずかしい? わけねぇだろ。金がねぇんだ、やるしかないんだよ」
大柄な男は、ゴーグル男とは違って、意外なことだが静かな話し方をしている。彼は冷静さを持っているようだ。しかも、達観したような顔つきをしている。
リベルテは言葉を失い俯く。
心優しい彼のことだ、何か思うところがあるのだろう。
「あの女を助けたいなら、それでもいい。だが、それなら、お前が人質になれ」
「……彼女には手を出さないと誓うのですね?」
「あぁ、誓ってやる。その代わりお前を使って金を稼ぐ。身代金要求でな」
そもそも、こんなところへ来てしまったのは私のせいだ。私が、ビタリーから逃れることしか考えずひたすら歩いた結果、怪しいところへ踏み込んでしまったのだ。それなのに、リベルテが人質にされるなんて。完全に迷惑をかけてしまっているではないか。
「ウタ様! 早く行って下さいませ!」
「む、無理よ……」
「こちらは自力で何とかしますから! 早く!」
その時、ふと思い立つ。
一旦ここから離れ、誰かに助けを求めに行けば、少しは意味があるのではないかと。
よし、そうしよう——私は心を決め、薄暗い通りから去る。
今はひたすら足を動かす。大通りの方へ向かうのだ。そして、誰かに、助けを求めればいい。きっと、一人くらいは助けの手を差し出してくれる者もいるはずだ。
大通りに戻り、辺りを見回す。
ほとんど人通りがなかった先ほどの道とは大違い。通行人の数が遥かに多い。
しかし誰もこちらへ視線を向けることはしない。
……もっとも、当たり前と言えば当たり前のことなのだが。
私はまず誰かに声をかけようと思い立つ。しかし、いざその時になって、大きな問題が存在していることに気がついてしまった。それは、私はこの国の言葉を使えないのだということ。これまで何度も、それに気づき遅れて苦労したというのに、いまだにパッとは思い出せない。
突如脳内に出現した、恐ろしいほど高い壁。
どうすれば問題を解決できるのか、考えても何も思いつかず、途方にくれかけた——ちょうどそのタイミングで、誰かが声をかけてきた。
「逃げるとは薄情者だね、君は」
「……ビタリーさん!」
彼のことは好きでない。でも今だけは、救世主と呼んで差し支えないだろう。なぜって、彼は翻訳機を身につけているから。彼は、私と言葉を交わせる、数少ないキエル人だ。
「あの! 助けていただけませんか!?」
「……んん?」
ビタリーは怪訝な顔をする。
「リベルテが、危険な目に遭っているんです! 怖い人たちに人質にされて!」
「馬鹿だね。それは」
「このままでは彼の身が危険なんです! ビタリーさん、きっと、少しは戦えますよね? 救出を手伝って下さい!」
なんて都合のいい女なのだろう、私は。
散々逃げ回っておきながら、いざ困ったら協力を頼むなんて。
きっと断られるだろうな。そう思っていた。
しかし、ビタリーの口から放たれた返事は、意外な内容で。
「まぁいいよ。協力してあげても、さ」
「本当!?」
「次期皇帝の僕を働かせようとするその度胸だけは評価するよ」
ビタリーは腰元のケースから黒い拳銃を抜く。
「その代わり、終わったら一回お茶してもらうから」
未来の皇帝とお茶。何とも言えない気分になりそう。でも今は、そんな呑気なことを言っていられる時ではない。とにかく、一刻も早くリベルテを救出したいのだ。そのためなら、一度のお茶くらい我慢する。
「もちろん! 助けて下さるなら、一度くらいお茶はします!」
「じゃ、契約は成立?」
ビタリーの実力は不明。彼一人でリベルテを救出できるのか、それもはっきりはしない。だが、それでも今は、彼に頼る外ない。
「はい!」
彼から逃げて厄介事に巻き込まれた。でも、彼のおかげで解決するかもしれない。上手くいく可能性がどの程度かははっきりしないけれど。でも、僅かな可能性はある。まだ諦めない。




