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奇跡の歌姫  作者: 四季
遠征の章

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59話「リベルテのサポート」

 可愛らしい女の子が大人げない男性に怒鳴り散らされているというのに、通行人は誰一人として彼女を助けようとしない。一応ちらりと目をやることはするのだが、実際に関わろうとする人の少ないこと。忙しい人も多いだろうから仕方ないといえば仕方ないのだが、少しくらい手を伸ばしてあげれば良いのに、と思ってしまったりする。


「待って下さい! 大人げないですよ!」


 気づけば、私は駆け出していた。

 女の子と男性の間に入る。

 なぜそんなことをしてしまったのかは分からない。リスクのあることに敢えて足を突っ込む必要なんてなかったのに。


「んあ!? 何を喋ってやがる!!」

「……あ」


 男性に言われてから気がついた。私は地球の言語を話しているのだと。そして、地球の言語を使っていてはこの国の者とは意思疎通できないのだと。


 しまった、と焦る。


 今さら引っ込むわけにはいかない。しかし、このままではまともに言葉を交わすことはできない。

 どうすればいいのかーー思っていた時、リベルテが駆けてきた。


「もーうしわけございません!」


 リベルテは安定の明るい表情で、今にも掴みかかってきそうだったスーツの男性と私の間に割って入ってくる。


「彼女はこの国の者ではなくてですね! 使用する言語が我々とは異なっているのでございます!」

「は、はぁ? 何を言ってる?」


 男性は怪訝な顔をしている。しかし、苛立ちは徐々に鎮火しつつあるようだ。このまま落ち着いていってくれればありがたいのだが。


「いきなりお騒がせして申し訳ございませんでした! それでは失礼致します!」


 リベルテは男性に向かってそう述べると、私に「一旦退きますよ」と耳打ちしてきた。私は、男性に怒られていた女の子の手を握り、リベルテに促されるままにその場から離れる。


 どのくらい歩いただろうか。

 やや早足で数十秒ほど移動し、男性の姿が見えなくなったところで、私たちは足を止めた。


「大丈夫?」


 私は手を繋いでいた女の子の顔を覗き込み、尋ねる。

 しかし、女の子はきょとんとした顔をするだけ。

 どうなっているのだろう? と思っていたら、リベルテがまた割り込んできた。


「ウタ様。地球の言語では、彼女にも伝わりません」

「あ。……そ、そっか」


 リベルテは自分の耳につけていた豆のような自動翻訳機を指でつまみ、それを、きょとんとしている女の子の耳もとへと運ぶ。唐突に触れられそうになった女の子はおろおろしながら「なに? なに?」と弱々しい声を発し始めた。その声を聞きハッとしたリベルテは、「言葉が分かるようにして差し上げますね」と述べつつ微笑んで、自動翻訳機を幼い彼女の耳に装着する。


「言葉、分かる?」


 もう話しかけても問題ないだろう、と思い、私は女の子に声をかけてみた。すると、女の子の丸く茶色い瞳が、宝石のように輝き始める。


「分かる!」


 激しい叱責を受けていたこともあって、それまでは浮かない顔をしていた彼女だが、急激に表情が明るくなった。表情が明るくなると、印象も一変。可愛いがどことなく薄暗さを感じる容姿だったのが、別人のように華やかになった気がする。本当は、明るくて愛らしい、花のような子だったようだ。


「良かった。これでお話できるわね」

「うん! お姉ちゃん、さっきは助けてくれてありがとう!」


 肩を寄せ、頭部を軽く横に倒し、笑みを浮かべる。

 どこまでも可愛い子。


「いいえ。当然のことをしたまでだわ」

「良い人! ……でも、お姉ちゃんはこの国の人じゃないんだよね。どこから来たの?」


 一瞬「まずかっただろうか」と焦った。余所者だからと変な目で見られるのではないだろうか、と、少しばかり思ってしまう部分があったのだ。無垢な少女相手にこんなことを思うなんて、失礼なことだが。


 でも、そんな焦りは、彼女の顔を見た瞬間消え去った。

 目の前にいる彼女には『差別心』など欠片もなかったのだ。


「と……遠いところ?」


 地球と答えて良いのか分からず、私は取り敢えずぼやかした言い方をしておいた。

 すると女の子は「へぇーそうなんだ」と返してくる。


「そういえばお姉ちゃん、前、放送に出てなかった?」


 とろみのある蜂蜜を垂らすような声。聞いているだけで脳まで溶けそうだ。もう、とにかく可愛い。ひたすら可愛い。今すぐ抱き締めたいくらいである。


「ほ、放送?」

「お歌をね、歌う女の人が出てる会のね、放送があったの! その時、お姉ちゃんに凄く似てる人が出てたよ!」


 そこまで聞いて察する。歌姫祭の時のことか、と。


 ……それにしても。


 一般市民にまであの映像が届いていたとは、驚きだ。


 こんな小さな子が記憶しているくらいだ、大々的に映像を流していたのだろう。だとしたら、かなり多くの人が私の姿を目にしている可能性がある。こうして街中を歩いていても声をかけられはしないが、見ている人は見ているかもしれないということ。油断はできない。悪い行いを見られたりしないよう、常に意識してきちんとした振る舞いをしておかなくては。


「あ……それ、多分私だわ」

「えー! そうなのー!?」

「確か『歌姫祭』とかいう会よね……?」

「あ! そうそう! それー!」


 少女が道端で大きな声を出すものだから、通行人の視線を大量に浴びる羽目になってしまった。

 悪事は働いていないし、罪を負わされたわけでもないのだが、大勢から注目されるというのはあまり良い気はしないものだ。


「ねぇ! 歌って!」


 子どもからの無邪気な頼み。周囲の空気をまったく読まない無謀とも言える頼み事。普通なら「すみません」とでも言いながら、さりげなく逃げ去ったことだろう。


 ……でも、こんなに目を輝かせながら言われたら、断れない。


 期待されている。それを感じたら、期待に応えたくなってしまう。


「お歌いになっても構いませんよ?」


 傍に立っていたリベルテは、笑顔でそんなことを言ってくる。


 本当に良いのだろうか、こんな街中でいきなり歌を披露なんてして。道行く人たちに迷惑がられたりしないだろうか。歌うのは良いが、もし怒られたりなんかしたら堪らない。ここで歌ってもいいという、形のある許可が欲しい。


 そんなことを思っていた時だ。


「どうやら、歌うか否かで迷っているようだね」


 聞き覚えのある声に、私は視線をそちらへ動かす。

 立っていたのはビタリーだった。


「……っ!?」

「何も、警戒することはないよ。僕は喧嘩を売りに来たわけじゃあないからね」

「ビタリーさん……」

「君が歌うのなら、僕も聴きたい。聴かせてくれるのかな?」

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