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奇跡の歌姫  作者: 四季
遠征の章

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57話「ウィクトルの鶏肉食推奨」

 ウィクトルと通話できるとの話をリベルテに聞いてから、私の心は少しばかり晴れやかになった。


 雨上がり、灰色の雲の隙間から、神の降臨にも似た光が降り注ぐことがある。今、私の胸の内は、その光景に似ている。


 いつしか雲は去り、温かな光が地上を照らす。

 そんな時が来てほしいものだ。



 そうして迎えた夜。

 部屋に併設されている風呂場でシャワーを浴び、外で体を拭き終えて髪をタオルで叩いていたら、リベルテが声だけで関わってくる。


「シャワー直後に申し訳ございません。主が船に戻られたようでございますので、それだけ、お伝えさせていただきます」


 リベルテは扉越しにそう言った。

 ウィクトルが船に戻ったということは、いよいよ連絡を取れる状態になったということなのだろう。自然と胸の鼓動が早まる。


「可能になりましたら、お繋ぎ致しますね」

「分かったわ! ありがとう。もう少しだけ待っていて」


 雪融けを待つ山並みのように、花が咲くのを待つ街道のように、私の心には色が灯り始めている。それはまるで、春を待つ自然界のよう。生命が生まれる時を、世に彩りが生まれる時を、ただ待ち焦がれている。



 長い髪はこんな日に限ってなかなか乾かない。熱い風を当ててもなお、湿り気は消え去らなかった。いつもなら、こんなにはかからない。その先にある嬉しいことに意識を奪われるあまり、乱雑な乾かし方になってしまっていたのだろうか。


 とはいえ、濡れた髪はいつかは乾くもの。

 二十分ほどで何とか水分を飛ばすことができた。


「お待たせ、リベルテ」


 テーブルやベッドがある方の部屋へ戻り、メモ帳を手に一人時間を潰していたリベルテに話しかける。


「お疲れ様です。もうよろしいので?」

「えぇ。やっと乾かせたわ」


 しばらく湯を浴びていたせいか、肌がまだ熱を持っている。


「では主に連絡してみますね。少しお待ち下さい」


 リベルテは微笑んでそう述べると、手に持っていたメモ帳を一旦テーブルの上に置く。そして、ポットの線を繋いだりしている壁の穴のすぐ近くに待機していた板のような物体を手に取った。


 その板のような物体は、彼の瞳と同じ水色のケースに入っている。

 横十五センチ、縦二十数センチほどの、縦長の長方形。画面は、それより一回り小さいサイズだ。厚みは一センチほどもなく、かなり薄い仕上がり。画面の上側のスペースには、黒の小さな点が一つついている。


 そんな機械を、リベルテは指で操作していた。


 彼は慣れた手つきで触っているが、地球にはなかったものなので、私からすると新鮮。近未来の文明を今まさに目にしている、といった雰囲気である。


「はい! どうぞ!」


 少しして、差し出されるのは板状の機械。

 私はまだ温もりを感じる手でそれを受け取る。


「これは……どうするの?」


 画面は光を放っていて、そこには、黒い四角が映っていた。端には文字が表示されているが、それらはキエルの文字で、私には読めない。


「そのままお待ち下さい。じきに映るはずでございます」

「え、えぇ。分かったわ」


 ひとまず待ってみる。


 待つこと数十秒、真っ黒だった四角にウィクトルの姿が映し出された。

 艶のある黒い髪。爬虫類に近い瞳孔が目立つ、琥珀のような色の瞳。


「こんばんは」


 恐る恐る話しかけてみる。すると、四角に映り込むウィクトルが目を開いた。どうしたのだろう? と思っていたら、『少し待っていてくれ』と声が聞こえてきた。理由は分からないが、私は取り敢えず頷いておく。


「どうしました?」


 黙っている私を見て、リベルテは不思議なものを見たような顔をする。


「何かバタバタしているわ」

「バタバタ、でございますか?」

「えぇ……」


 リベルテは顔を近づけ画面を覗き込む。私はウィクトルが戻ってくるのをじっと待つ。リベルテと顔を近づけて一つの画面を見つめる、というのは、何とも言えない気分だ。不快ではないけれど。


 それから、どのくらい時間が経っただろう。一分か二分くらいだろうか。そこそこ時間が経って、画面にウィクトルの顔が戻ってきた。


『待たせてすまない。もう問題ない』

「大丈夫?」

『もちろん。 ウタくんが無事で何より』


 ウィクトルは右の耳元を片手で触っている。映像の質が良くないためはっきりと視認することはできないが、恐らく、翻訳機を装着してきたのだろう。もしかしたら、付け忘れていたのかもしれない。


『調子はどうだ。おかしなことは起きていないか』

「えぇ、平気よ。リベルテも一緒にいてくれるから大丈夫」


 こうして顔を見合わせながら言葉を交わすことができるというのは喜ばしいことだ。離れていて会えないからこそ、視線を合わせられる短い時間が特別なものに感じられる。


『……顔色が良くないように見えるが』

「え」


 突如鋭い突っ込みを入れられ、速やかには反応できない。


『いつもより元気がないように見える。単に画像が悪いからかもしれないが』

「そ……そう?」


 顔色が悪い自覚はない。特に体調が悪いわけでもない。だが、ウィクトルがそう言うのなら、「そんなことはない!」と一蹴するわけにもいかなくて。もしかしたら本当に変な顔をしているのかもしれない、と、考えずにはいられない。


『肉は食べているか?』

「へ?」


 通りすがりの人にニジマスを投げつけるような発言。私は思わず情けない声を漏らしてしまった。どんな場面であってもそれなりの対応をできるのが一人前の大人なのかもしれないが、私にはそれは無理だ。


『元気になるにはそれが一番だ。特に鶏だな』

「は、はぁ……」


 なぜ唐突に鶏肉の話が始まっているのか、理解に苦しむ。

 無論、それを「駄目なこと」と批判する気はないが。


『リベルテに伝えるといい。すぐ用意できるはずだ』

「そ、そうね……」


 私はただ苦笑することしかできなかった。


『では話を戻そう』

「えぇ」

『こちらは順調に進行している。大きな問題は、現時点では確認されていない』


 何の報告だろうか、と、少し思ったり。


「それは良かったわ。フーシェさんも元気にしてる?」

『もちろんだ。元気に暴れ回っている』


 女性に暴れ回っているという表現を使うと非常に違和感があるのだと学んだ。


 フーシェは戦闘員。だから、彼女が戦うのは当然のこと。暴れ回っていたとしても、おかしな話ではない。

 ただ、実際口にしているのを聞くと、不思議な感じはするものだ。

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