54話「リベルテの色々な確認」
イヴァンとの短い面会の後、女性に案内され、私とリベルテはこれから過ごすことになるであろう部屋へと向かう。通る通路は、白黒でまとめられた無機質なところもあれば、絵本に出てきそうな城を思わせる華やかなところもあった。場所によって雰囲気に変化があり、統一感はあまりない。しかし、あちらこちらに、お金がかかっていそうな飾り付けが施されていた。特に、城を思わせる通路は、華やかさに満ちている。見るものすべてが新しく、新鮮。そんな親しみのない道を、私はただ案内されるがままに歩いてゆく。
「こちらになります」
女性は静かにそう述べると、装飾のない白い扉を開ける。
開いた扉の向こう側には、こじんまりとした質素な部屋。外とは雰囲気が違っていて、少しばかり驚く。
リベルテは笑顔で「ありがとうございます」と言って、開けてもらっている扉を通過した。私は女性に会釈して、リベルテの背を負うように足を進める。
私たちが室内へ入ったことを確認すると、案内役だった女性は「それでは」とだけ淡々と放ち、扉を音もなく閉めた。
「これからしばらく、ここで暮らすのね……」
窓のない部屋。外の風景が見えない。もっとも、ここに窓があっても自然豊かな風景は眺められないだろうが。ただ、外の風景を眺めたい時というのは時折あるものだ。見えるのが街並みであっても、それは構わない。
「何か問題がございますか? ウタ様」
私の荷物を詰め込んだ鞄を部屋の隅に置きつつ、リベルテが尋ねてきた。
「いえ。何でもないの。……ただ、窓がないんだなって」
「窓? あぁ、確かに。窓はございませんね」
リベルテは荷物を置くと、用意されていたシングルベッドの方へと移動。桃色の掛け布団を両手で持ち上げる。花の蜜のような甘い香りが空気中に舞った。
「防犯の為、窓は設置していないようでございますよ。しかし、それでは外が見えませんね。窓のある部屋に変えてもらいます?」
言いながら、リベルテは室内を歩き回る。主となる部屋の横に設けられている、手洗い場や風呂場が一体化したところにも足を運び、色々確かめていた。どうやら、設備に問題がないかどうかを確認しているようだ。
「いいえ、それはいいわ。防犯の為なら仕方ないわね」
「この国もなかなか物騒でございますからね……」
「なかなか平和じゃないのね」
話をしながら、改めて周囲の様子を見回してみる。
部屋に入ってすぐ右側にクローゼット。その反対、入ってすぐ左側には扉があり、手洗い場や風呂場が合わさった小さな一室に繋がっている。入室して三メートルほど直進すれば、私が今いるメインの部屋。メインの部屋には、シングルベッド一台であったりテーブルと椅子二つであったりが配置されている。家具が何も置かれていないところも広く、比較的自由に使えそうだ。ちなみに、床はカーペットを敷いたような淡い青である。壁と天井は白い。
私が一人周囲を見回していると、手洗い場がある部屋の方からリベルテがやって来た。
その手には、黒と白だけが使われた曲線的なデザインのポット。その色彩と丸みは、地球に存在したパンダという動物を思わせる。だが、背中側下部から紐が垂れているところだけは、パンダに似ていない。パンダの尾は、細く長いものではないから。
「早速お茶を淹れてみますね」
リベルテは白黒のポットをテーブルの上に置くと、そこから伸びる尾のような紐を掴む。そして、紐の先にある二つの突起物を、壁のかなり下の方にあった穴へと差し込む。すると、ポットの蓋に青い光が灯った。
「それは?」
「電気で湯を沸かせるポットでございます」
「へえ。凄いのね」
湯を沸かしている間に、リベルテはカップを持ってくる。彼の話によれば、カップは手洗い場の下に用意されていたらしい。どうやら一度流してから運んできたらしく、白いカップの表面には小さな水滴がいくつも見えた。
「カップまで用意されているなんて、ありがたいわね」
「地球では珍しいのでございますか? キエルの宿泊施設ではよくあることでございますよ」
リベルテは自分の荷物が入っている方の鞄の口を開ける。そして、その中から、銀色の缶を取り出した。水筒のような缶の蓋を回転させつつ外す。数秒後、そこから出てきたのは、紙製の小袋。正方形のそれは、手のひらに乗るくらいの大きさで、赤茶の地に白い文字が描かれている。リベルテはそれを二つ手に取ると、缶を閉めて立ち上がった。
「もうしばらく時間がかかるものと思われます。暫しお待ち下さいませ」
「分かったわ」
慣れない場所で幕開ける暮らし。それは決して楽なものではないかもしれない。
けれど、一人ではないから、きっとやっていけるはずだ。
ウィクトルが帰ってくるのがいつになるかは不明。それゆえ、いつまでここに滞在することになるかも明らかではない。
だが、それでも進んでいくしかないから、私は今日も生きる。
その日の晩、訪問者が現れた。
「やぁ。君がここに来ていると噂を聞いて、やって来てみたよ」
紺色の軍服に雪のような肌——ビタリーだった。
「ビタリーさん。お久しぶりです」
「君を可愛がっているあの男は、君を置いていってしまったのかい? 薄情者だね、彼は」
何の連絡もなく唐突に現れたビタリーは、相変わらず、嫌みな物言いをする。その言葉を聞けば、彼はウィクトルのことを何も知らないのだと、すぐに判断することができた。
「いいえ。彼は薄情者ではありません。旅立つ直前まで、私のことを気にかけてくれていました」
はっきり言い放つ。
するとビタリーはニヤリと笑う。
「彼を異常に信頼しているようだね」
わざわざやって来て、なぜこうも悪意ある発言ばかりを繰り返すのか。
喧嘩を売るために訪ねてきたのだとしたら、暇人にも程がある。
「噂で聞いたが、君の母親はあの男に殺められたそうだね」
「……それがどうかしましたか」
リベルテは不安げに私を見つめてくれていた。
彼を心配させるのは気が進まない。だが、彼が見守っていてくれることは、私からすればとてもありがたいことだ。味方が後ろにいてくれるからこそ、冷静であれる。
「親の仇をなぜそこまで信じられるのか。少しばかり興味があってね」
「貴方には関係のないことです」
「ほう。次期皇帝とも言える僕にそんなことを言えるなんて、君はなかなか度胸がある。そういうところ、嫌いじゃないよ」
直後、ビタリーは私の右腕を強く掴んできた。
引き寄せられるなんて不愉快。逃れたい。でも逃れられなかった。右腕を振り彼の手から逃げようとするけれど、ビタリーの握力はかなりのもので、私の腕力では逃れられそうにない。
「離して下さい」
「嫌だね。君のような女を見ると、どうしても屈服させたくなる」
「意味が分かりません!」
「元より君には興味があったからね。僕は君を……専属の歌手として傍に置いておきたい」




