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奇跡の歌姫  作者: 四季
遠征の章

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52話「リベルテの寄り添う優しさ」

 気遣いは嬉しい。そして、受け手の心へ、穏やかに沁み込む。傷も痛みも癒やす、それはある意味、一種の薬のようであると言えるだろう。苦しみを和らげ、人を救うのが、気遣い。


 でも、時にはそれが痛みを引き起こすこともあるのだ。


 どんな薬も万能ではない。万人の苦痛を消し去れる神のような力を備えているわけではなく、それは時に毒でもある。薬とは、人々を護る盾であり、しかしながら人々を傷つける矛にもなり得るのだ。


 気遣いも、それと同じ。

 その思いやりは、大抵相手に幸せを差し出す。だが、その思いやりが逆に相手の胸を痛めるということも、絶対にないないことはない。


「私に戦力を割いたせいでウィクトルに何かあったら、それは辛いわ」


 配慮に対してこんなことを言うのはいけないことかもしれない。そう思いつつも、本心を隠すことはできなかった。


「その心配は必要ない。君が気にすることではない」

「……じゃあ、約束して。無事生きて帰ってくると」


 正直、私が恐れているのが何なのか分からない。


 私のせいでウィクトルの命が失われること?

 ウィクトルの命が失われた時に私のせいになること?


 人間、誰しもだろうが、自分の心がすべて見えるわけがない。他者の心より己の心の方が見えないことだってあるくらいだ。


「君は……一体何を言っている?」


 真正面に位置するウィクトルは、目を細め、「心がよく分からない」とでも言いたそうな顔をしていた。


「私の身を案じて得することなど、何一つありはしないはずだ」

「ちょ、そんなこと言わないで!」


 ある程度の時間を共に過ごせば、情も湧く。

 どうでもいい、なんて思えなくなってしまうものだ。


「心配するのは当然でしょ。一緒に過ごしてきたんだもの」


 リベルテやフーシェがウィクトルと過ごしてきた時間に比べれば、私が彼と共に在った時間は短い。話にならないくらい、よくそんなことが言えるねと笑われるくらい、短時間かもしれない。でも、それでも、私にとっては情を抱かずにはいられない時間だったのだ。


 もちろん、良い思い出ばかりではなかった。

 彼が母親の仇と知った時などは、複雑な心境にならざるを得ず、それからしばらく何とも言えない気分で過ごしていた頃もあった。


 けれども、ウィクトルは基本的に親切で。

 そんな彼のことを、私は嫌いではない。


「……気をつけて行ってきてちょうだいね」


 私が知る地球は穏やかな星。歴史の中に戦争はあれど、数十年は比較的落ち着いているようだったし、一応平和な星だった。でも、今はあの頃の地球とは違うのだろう。この目で見ることは叶わない。だが、討伐任務が下されるくらいだから、以前よりは荒れているのだろう。


 そんなところへ、ウィクトルは行くのだ。

 心配せずになんていられない。


「もちろんだ。ウタくんこそ、怪しい輩には気をつけろ」

「あ、怪しい輩……?」

「私が言うのもなんだが、この国には、気に食わない者にすぐ絡む輩が多い。リベルテがいれば問題はないだろうが、念のため、警戒するよう伝えておきたくてな。それだけだ」


 船出は今日ではない。準備期間が必要だから、出発するのは数日後。だからすぐに会えなくなるわけではない。


 それでも、既に寂しさがある。

 私の胸の内側は、今日の空にそっくりだ。


 最愛の母親を殺した。生まれ育った星を滅ぼした。そんな男だ、ウィクトルは。彼を憎む要素が、私の中には多過ぎる。それなのに、私はなぜか彼を憎めない。そして、それどころか、彼の身を案じてしまう。無事帰ってきて、と、願わずにはいられない。


 私と彼を繋いだ、一筋の何か。

 それは、とても強靭なもので、私たちを決して離れさせようとしない。


 私たちは、引き合う磁石を入れた指を、糸で結ばれたようなもの。


 生きてきた世界が異なっても。残酷な記憶しかなくても。それでも容易く別れることはできず。ただ、互いを失うことを恐れるばかり。


 馬鹿ね、貴女は。

 そう囁くのは、他人(ひと)ではなく私。


 置いていかないで。

 そう嘆くのもまた、他人ではなく私。


 己の心は目に見えない。瞼を開けていても閉じていても、己だけは見えないのだ。無論、尋ねても誰も教えてはくれない。他人のことなんて知らない、と言われるだけだろう。でも、そう言う人たちだって、己のことはきっと見えていないのだ。


 雨は徐々に強まり、こぼれ落ちてくる粒が窓枠を叩く。

 そんな音だけが響く日。


 私は何とも言えぬ心境のまま見上げるのだ、まだ薄暗い空を。



 以降、私はどことなく憂鬱だった。


 嫌な人が傍に現れたわけではないし、嫌な出来事に出会ったわけでもない。ただ、どうしても、胸の内が晴れないのだ。


 もっとも、誰のせいでもない。


 すっきりしないのは、個人的な要因が大きいとは思うが。



 ある夕暮れ時のことだ。自分用のベッドの近くの床に座り、一人ぼんやりしていたら、パーテーションからリベルテが覗いてきた。


「ウタ様ウタ様」


 唐突に現れた、少女だと言われても違和感がなさそうな顔に戸惑いつつも、私は返す。


「リベルテ。何か用?」

「少しお話を。いかがでございましょうか」


 彼がなぜそんなことのためにやって来たのか、それはよく分からない。けれど、彼のことだから、悪意があっての行動ではないのだろう。それは分かるから、私は一度頷いて「えぇ、構わないわよ」と述べた。すると彼は小動物のような動きでこちらへ移動してくる。小さな一歩を細かく重ねてすぐに私の目の前まで来ると、彼は軽く頭を下げ、床に腰を下ろした。


「失礼致しました、唐突に」

「問題ないわよ。それで、お話って?」


 目の前にいるリベルテは、はにかみつつちょこんと座っていて、とにかく愛らしい。

 彼は、護ってあげたくなる女の子、というような甘いオーラをまとっていた。


「ウタ様、これからについて何か不安なことはございますか」

「それは……ウィクトルがいない間のこと?」

「はい。もし何かありましたら、少し聞かせていただきたいなと。その方が、サポートがスムーズに参りますので」


 言いながら、リベルテはメモとペンを取り出す。

 私の発言を記録しておく気なのだろうか。


「えぇと……いきなり言われるとパッと思いつかないわ」


 漠然とした不安はある。でも、それを言葉で言い表すことは、簡単なことではない。今の心を言い表すなら、ある程度、脳内を整理する時間が必要だ。それがないと、上手く文章にできない。


「曖昧な言い方でも問題ございませんよ」

「そうね……えっと……ぼんやりとした不安はあるわ」


 リベルテは視線を私へ向けた。

 彼はこちらをじっと見つめている。メモへ目をやることはしない。


「はい。ぼんやりと、でございますね」

「ごめんなさい。よく分からない言い方になって」

「いえ。十分でございますよ」


 彼はいつも穏やかな性格だが、今日は特に穏やかな雰囲気をまとっている。まるで、綿菓子に取り囲まれているかのようだ。


「期間中、リベルテはなるべくウタ様の傍についている予定でございます。ですので、何か思われることがございましたら、ぜひ、気軽に仰って下さいませ。主に代わり、ウタ様の力にならせていただきます」


 まだ不安はある。味方が近くにいてくれると分かっていても、一度深く根を張った不安は、そう易々と消えてくれるものではない。特に具体的な内容のない不安ほどその傾向がある。何をしていても、どこにいても、いつまでもまとわりつき続けるのだ。


 しかし、リベルテと話をしたことで、ほんの少しは心が軽くなった。


 彼は私に協力してくれると言ってくれている。力になる、と、はっきり述べてくれているのだ。


 それなら私は行ける。


 一人では恐ろしい道でも、心強い味方がいるなら、少しは勇気が湧いてくるというもの。


 負けない。挫けない。今はまだ、孤独の中で立てるほど強くはないけれど、支えてくれる者がいるならきっと立てるはず。支柱はあるのだから、諦めさえしなければ、立てるはずだ。

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