44話「ウィクトルの合流とその後」
狭い通路、リベルテと襲撃者の男が向かい合う。
私はリベルテの後ろからそれを見つめることしかできない。
「弱そうなチビだと思ったが……そういうことか……」
「失礼ですね! 他人をいきなりチビ呼ばわりとは!」
本気になり出した男性と、懸命に抵抗しようとするリベルテの視線が、交わり弾き合って火花を散らす。互角の実力の剣士が斬り合うかのように。
何かできることはないだろうか。そんなことを考えるけれど、私にできることなんてあるはずもない。私は戦いの世界に生きてきた人間ではないから。そもそも、そんなことを思うこと自体、逃げるようで罪悪感はあるけれど。
「狙いは何です!」
リベルテは開いた本を右手に持った状態で勇ましく叫ぶ。
眉尻は上がり、戦士のような表情になっている。
「命ぜられている、殺せ、と」
「話になりません! 人の命を何だと思っているのですか!」
男性は踏み出す。大きな一歩でリベルテに迫る。リベルテは開いた本を体の前方へ向け「火!」と述べ、迫り来る刺客へ赤い炎を放つ。だが、二度目は男性も読んでいた。男性は咄嗟に右脇腹を締め、本から噴出する火を避ける。そして、火が噴き出すのが止まるや否や、男性は左肘を張ってリベルテに突っ込んでいく。
「知ったことか」
曲げた左肘を鳩尾の数センチ左辺りに差し込まれたリベルテは、打撃の勢いで一メートルほど後方に飛ばされる。転倒には至らなかった。だが、打撃によるダメージですぐには動けない状態。そこに、男性は追撃を狙う。今度はナイフ。
肘をぶち当て動きを制限したところに刃物の攻撃を加える、という作戦なのだろう。
だがリベルテは、精神的にはまだ負けていない。彼が不利な状況でいることに変わりはないが、その双眸は男性をしっかりと捉えている。
ナイフが振り下ろされる瞬間、リベルテは男性の懐に潜り込んだ。
「なっ……!?」
腹に入り込まれれば、即座にナイフで刺すのは難しい。それに、完全にナイフに意識を向けていた男性は、リベルテの行動に思考が追いつかず混乱している。それゆえ、すぐに次の動作を考えることができていない。今はリベルテのペースだ。
男性の懐に潜り込み、彼を一気に押していくリベルテのその手には、まだ本が持たれている。それも、開かれたままの状態で。
「すみません」
開いた面を男性の腹に押し付け、リベルテは強く発する。
「火!」
焦げない不思議な紙面から溢れるのは、紅の火。数回の中で一番強い光を放つ紅が、男性の腹に突き刺さる。火炎攻撃をもろに受けた男性は、詰まるような息を発しながら数歩後退。
私は内心「やった!」と喜ぶ。
でも、喜ぶにはまだ早かった。
「ぐ……こ、この……死ねぇ!」
男性は数歩下がったが、それでも、リベルテとの距離はそこまで大きくなくて。彼がやみくもに振ったナイフが、リベルテの胸元に掠ったようだった。
「っ……!」
リベルテは手で胸元を押さえる。
だが、力尽きるのは男性の方が先だった。
男性が崩れ落ちたのを確認してから、私は、すぐにリベルテに駆け寄る。
「大丈夫!?」
リベルテは背を丸めていたが、声をかけると、ゆっくりと顔を上げた。
「は、はい……」
表情は柔らかく、安堵の色に満ちている。しかし、額には汗の粒がぽつりと浮かんでいた。それが、交戦後であることを強く感じさせる。私のような一般人には何もできないと分かってはいても、協力できなかったことを悔やまずにはいられない。
「ウタ様はご無事で?」
「えぇ」
「それは……何よりでございます」
道端に咲く花のように微笑むリベルテ。その優しげな表情を目にしたら、胸の内が温かくなる気さえする。でも、今は、完全に穏やかな気持ちにはなれない。彼が怪我していることを知っているから。
「ナイフで切られていたでしょう。早く手当てしなくちゃ駄目だわ」
「い、いえ……」
「駄目よ! もし貴方に何かあったら、ウィクトルが悲しむわ!」
やや調子を強めて述べると、リベルテは胸元からそっと手を離した。すると、赤茶色のベストが軽く切り裂かれているのが見える。見た感じ重傷ではなさそうだ。ただ、衣服が裂けているので、ナイフによる攻撃を受けたのは確かである。
その時、足音が聞こえてきた。
新手の敵かと思い警戒する。しかし、すぐに、その足音の主がウィクトルであることが判明する。
「主!」
リベルテはすぐに背筋をびんと伸ばすと、体をウィクトルの方へ向けた。
「……怪我したのか?」
「へ?」
「その胸元は何だ」
ウィクトルは淡々と尋ねる。
投げかけられた問いに、ハッとするリベルテ。
「し、失礼致しました! みっともないところを!」
「……いや、そういうことではないが。一体何があった?」
リベルテは慌ててしまっているので、私が代わりに事情を説明することにした。
「男の人に襲われたの。リベルテが倒してくれたけど、その時にナイフで切られて怪我したのよ」
もっと器用に説明できる能力が欲しかった。
それさえあれば、状況をより一層上手く伝えられただろうに。
「そうだったのか。では手当てが必要だな」
私の説明は決して上手なものではなかった。しかし、ウィクトルは一応理解してくれたようで、そんな風に返してくれた。意味が分からない、などと冷たい対応をされなかったことは良かったと思う。
ウィクトルは狙撃され腕に傷を負い、リベルテは不審な男性との交戦で軽い怪我をして、せっかくウィクトルたちが帰ってきたのに喜べない空気になってしまった。
よりによってなぜ今日こんなことが起きたのか。悔しくて仕方がない。
すぐに医師を呼び、二人の傷の状態について確認してもらうことができた。二人を診た医師によれば、「二人とも生命に関わるほどの傷ではない」とのこと。それを聞き、私は安堵した。
「大丈夫だったの? 二人とも」
宿舎内の一室にて、私は、負傷者になってしまったウィクトルとリベルテに話しかける。
この部屋は決して広い部屋ではない。しかし、さりげなく漂う薬品のような香りが、妙に心を落ち着かせてくれる。天井、壁、床、空間を取り囲むすべての面が白く、それもまた心を穏やかにさせてくれる要因のように感じた。
ウィクトルとリベルテは、紺色の二人掛けソファに隣り合って座っている。
「問題ない。だが、しばらく安静にしておかなくてはならないようだ」
動きを制限されているウィクトルはどことなく不満げ。
「片付けたい用事が色々あるのだがな……」
「そうでした! 主、実は留守番中に、ローザパラストのお嬢さんがいらっしゃいまして」
「……何だと?」
「申し訳ございません。報告を忘れておりました」




