27話「ビタリーの部隊」
緑の髪の素朴な少女は、二つのティーカップにお茶を注ぎ終えると、「ほんなら、ゆっくりしていってね」と微かな笑みを浮かべて言う。そして、そそくさと部屋から出ていった。
「可愛い女の子だったわね」
「確かに、女性に好かれそうだったな」
私とウィクトルは短く言葉を交わす。
そこに深い意味なんてありはしないけれど。
「お茶、もう飲んで大丈夫なのかしら?」
「問題ないと思うが」
「そうね! ……じゃあ早速、一口いただいてみるわ」
ティーカップに注がれたお茶からは、ハーブのような爽やかな香りが漂っている。何のお茶かは知らないが、香りからして美味しそう。はずれということはなさそうだ。
それから数十分が経った頃、再び扉が開く。
最初私はあの少女が来たのだろうと考えたのだが、そうではなかった。
「やぁ、失礼するよ」
現れたのは少女ではなく、白い肌の青年だった。
白く滑らかな肌は中性的で、正直、軍人とは思えない。どちらかというと芸術家なんかに見える。
そんな彼は、躊躇いなど欠片もないような歩き方で、私の目の前まで真っ直ぐに進んできた。そして、私の真正面で足を止める。細い目もとから、灰色の瞳が覗く。
「君が噂の歌手だね」
身にまとっている紺色の軍服は、詰襟になっており、喉元を隠している。手には手袋をはめているし、露出はかなり少ない服装だ。そのことが、妙に品を漂わせているように感じる。
「は、はい。知っていただけていて嬉しいです」
「……?」
理解できない、というような顔をする青年。その顔を見た私は「何だろう?」と思う。短い沈黙。その数秒後、青年は顔面に何かを思い出したような表情を浮かべて、黒い手袋をはめた右手を耳もとへと運ぶ。
「失礼。これで地球人の君とでも話せる」
金色の細い装飾が施された軍服は、美麗だが、実用性では普通のものより劣りそうだ。色々な飾りをつけていては、素早く動くことなどできまい。
「君の噂を聞いてから、一度会ってみたいと思っていたんだ。僕の名はビタリー。君は……」
「ウタと申します」
ビタリーは黒い薄手の手袋をはめた手を差し出してくる。私はその手をそっと握り返しながら名乗っておいた。初対面の人相手に名乗りもしない無礼者などと思われては悔しいから。
「そうか。ウタ、というんだね。なるほど、良い名前だ。さすがに『歌姫祭』でトップの座に輝いただけのことはある」
軍人というより良家の坊ちゃんという印象の方が強いビタリーは、発言もどことなく上から目線。かなり自分に自信があるのか、謙虚さはあまり感じられない。相手が何者であっても自分の方が上、と考えていることが、表情や振る舞いから伝わってくる。
「今夜は我々の前で歌ってほしい。それで構わないかな?」
「はい。……そんなに上手くはありませんが」
「またまた。謙虚さのアピールなど必要なことではないよ」
ビタリーはそんなことを言う。
それにしても、なぜ「謙虚さのアピール」などという表現を使うのだろう。彼に悪気はないのかもしれないが、どうしても、嫌みを言われているのではないかと想像してしまう。
「では今夜、我々に歌を聴かせてくれるかな?」
「はい」
「快く受けてもらえて嬉しいよ。では、また夜に」
言葉を話している最中、ビタリーはいちいち髪を触っていた。特に、やや長めに残った前髪を。
ビタリーとの顔合わせは速やかに終了した。
もう少し時間がかかるかもしれないと考えていたが、その予想は外れた。もっとも、短いに越したことはないから、ありがたい予想外ではあったわけだが。
話をしに現れたビタリーが挨拶を終えて去っていった後、室内はまた静かになる。今、部屋の中にいるのは、私とウィクトルの二人だけ。決して広くはない部屋のはずなのに、二人きりだと広く感じる。置いてある物が少ないことも影響しているかもしれない。
「ウィクトル、彼とは知り合いなの?」
「いや。あまり知らない」
「でも、同じ軍人さんなのでしょう?」
「それはそうだな。だが身分が違う。それゆえ親しくする機会はほとんどなかった」
身分の違い、か。
そういったことに馴染みがなかった私にはよく分からないが、身分というものを重んじる者からすれば、身分の違いというのはかなり大きなものなのかもしれない。
「そう……じゃあよく分からないわね」
「すまない」
「いいの。気にしないで」
分からないのなら、知らないのなら、それは仕方ない。
そこを責めようとは思わない。
皆、この世のすべてのことが分かるというわけではないのだから。
それにしても、ビタリーは不思議な青年だった。
上から目線な言葉選びに、己への凄まじい自信を漂わせる振る舞いをする、男。しかしながら、容姿はどこか中性的。肌も、そこらの女性たちよりずっと滑らかだった。品もある。
「ビタリーさんって、少し不思議な方だったわね」
「……そうか?」
純粋に思ったことを伝えてみたが、ウィクトルには共感できなかったようで、彼はただ首を傾げるだけだった。
私の感覚がおかしいだけだったのだろうか……。
あるいは、生まれ育った土地の文化の差によって違和感を覚えたのか……。
そして夜が来る。
翡翠のようだった空が徐々に暗くなりゆく中、私が歌わねばならない時が近づいてきつつある。
衣装は何ら特別なものではない。紺のトップスに淡い青のスカートという、そこまで派手さのない組み合わせだ。そもそも、舞台に上がる人間がまとう衣装ですらない。これはただの女性向け私服だ。
けれども、この服装の方が、私としては気が楽だったりする。
着飾ると心が強張る。飾ることを悪いとは言わないが、それは時に、必要以上に緊張してしまう原因にもなりうる。それならば、私服の方が良い。自然な服装で、平凡な服装で、人前に出る方が緊張は軽くて済む。
——やがてその時が来て。
私は、少々の緊張と歌える喜びを胸に、舞台へと向かう。
「初めまして、皆さん。ウタと申します。よろしくお願いします」
小規模な舞台が設置された広間には、既に多くの人が集まっていて、私の入場を待っていた。そこにいる人々は、そのほとんどが男性。しかし、皆、私の自己紹介を静かに聞いてくれている。
「では歌いますね」
音源はない。
静寂の中、私は口を開く。
それはありふれた歌。キエルの言葉で綴られているわけですらない、地球の歌。けれども、私にとっては母親との思い出で。人々にとってはただの地球の音楽かもしれないが、私にとっては特別だ。
響かせたい、歌声を。
今こそ、この国の夜空に。




