26話「ウィクトルの遠い目」
ウェストエナーまではそれほど時間がかからなかった。
一時間も経たぬうちに現地へ到着。
翡翠のような空に、草原のような海。そして、宇宙船が降り立つキエルへの玄関。それがウェストエナー。建物は比較的少なめの、広々とした地域である。
到着して降車するや否や、吹き荒れる風に髪を乱される。
寒いくらいの強風だ。
「おぉ! 貴女がウタさんですね!」
私たちが予定の場所に到着した時、既に迎えの者は来ていた。
四十代後半くらいの男性。ややくすんだ金髪だが、長さは短めで、無難なショートヘアといった感じのヘアスタイルだ。
彼は爽やかな笑みを浮かべながら握手を求めてくる。
特別彼に恨みがあるわけではないので、手を握り返しておいた。
「お待ちしておりました!」
「ありがとうございます」
彼の笑顔は年齢のわりに穢れのないものだった。真っ直ぐで、心の奥底に隠しているものなんて何もないような、そんな笑み。
私は地球人だ。それゆえ、もっと見下されたり、近づくのも不快というような顔をされるかと考えていた。でも、実際にはそんなことはなくて。むしろ、温かく迎えてもらえている。
「噂によれば、あの『歌姫祭』でトップに輝かれたとか! きっと素晴らしい歌声をお持ちなのでしょうね!」
握手を交わした四十代後半と思われる男性は、無条件に私を褒めてくれる。彼は私のことなんてほぼ何も知らないだろうに。
「お褒めの言葉をいただけ光栄です。しかし私はただの地球人です」
「いえいえ! そんなこと、あるわけがないでしょう! ……と、興奮してしまって失礼致しました。船はもうじき到着致しますので、暫しお待ち下さい。部屋へ案内します」
船はもうじき到着する——それはつまり、その船に乗っている者と会うことになるということなのだろうか。
詳しいことは知らない。けれど、その船とは多分、宇宙を行く船のことなのだろう。だとしたら、その人物は恐らくキエルの軍人。ウィクトルがそうだったように。怖い人でなければ良いのだが。
宇宙船の発着が定期的に行われている宇宙行空港、その敷地内にこっそり存在する二階建て建物。案内されたのは、その建物の中の一室だった。
「こちらでしばらくお待ち下さい!」
「はい」
低めのテーブルと、それを挟むように二人掛けソファが二個。それ以外に物は何もない、殺風景で狭い部屋。しかし、その中に入れてもらえたのは私とウィクトルだけ。リベルテとフーシェはなぜか入室を許されなかった。
一体どうなっているのだろう?
もし仮に、出自の差で入れたり入れなかったりするのだとしたら、少なくともリベルテは入室させてもらえそうなものなのだが。
「後ほど、別の者がお茶をお持ちします」
「あ、お気遣いなく……」
案内役をしてくれた四十代後半と思われる男性が部屋から出ていくと、それまで黙っていたウィクトルがいきなり口を開く。
「取り敢えず座ろうか、ウタくん」
「え、えぇ。そうね」
ひとまずソファに腰を下ろす。
どういった位置に座れば良いのか、即座に判断することはできなかったので、ウィクトルの横に座っておいた。
距離が近い気もするが、不快感は皆無だから問題ない。
「大丈夫か、ウタくん」
「え? どうして?」
「いや、少し元気がないように見えてな。辛い時ははっきり言うといい」
ウィクトルは私の体調を気にかけてくれているようだ。
だが、私自身は完全に健康体である。
「心配してくれてありがとう。でも平気よ。ただ、どうして二人は入れてもらえなかったのかなって、少し考えていただけなの」
「リベルテとフーシェのことを気にしていたというのか?」
「気になっていたわ。できるなら一緒にいたかったもの」
三人のうち誰か一人だけでも近くにいてくれれば、私の身に関して心配なことはない。だから、今はウィクトルが傍にいてくれて心強い。不安なことなどありはしない。
ただ、四人全員でいられる方が嬉しいことは確かだ。
せっかく皆で来たのだから、皆でいられる方が良いに決まっている。
「一対多にしたくなかったのかもしれないな」
「……どういうこと?」
「もし仮に、誰かがやって来るのだとしたら。全員で待っていたら、最悪四対一になる可能性だってある。それは避けたかったのだろうな」
私には理解できない。敵同士なわけではないのだから、数の有利も不利もないと思うのだが。素人には察せない部分があるのだろうか。謎だ。
「私はそこまで信頼されていないからな」
「そうなの?」
「キエルの血を誇りに思う輩からすれば、キエル人でない私は不愉快な存在だろう。信頼するに足る人物だとは思われていないはずだ」
ウィクトルの瞳は窓の外の遠い空を見上げていた。
「キエル人でない……?」
私は疑問に思ったところに軽く触れてみる。
しかし、ウィクトルが何か返してくることはなかった。
——そんな時だ、扉が開いたのは。
扉の開く小さな音を聞いて、私はそちらへ視線を向ける。するとそこには一人の少女が立っていた。緑がかった暗い色の髪をうなじの辺りで一つに束ねただけ、という、素朴な髪型の少女だ。
「あ……今タイミング悪かったんちゃう?」
ティーカップやポットの乗ったお盆を両手で持っている彼女は、気まずそうな顔をする。
「ごめんなさい、一旦出とくわ」
少女は私たちに背中を向け、退室しようとした。
その背中に私は叫ぶ。
「ま、待って!」
「……へ?」
引き留めるのは無理かも、と諦めかけたが、少女は振り返ってくれた。
これは嬉しい誤算。
「お茶を持ってきてくれたのよね? ならせっかくだし置いていってちょうだい。その方がありがたいわ」
若干上から目線な物言いになってしまったような気がして、申し訳なく思う。だが、お茶を持ってきてくれた少女は、きょとんとするだけ。嫌な顔はしていない。
「え! ええの!?」
「もちろん。その方が嬉しいわ」
そう言った瞬間、少女の瞳が輝き始めた。
彼女は、素朴な印象の顔面に花を咲かせながら、慌てたように駆けてくる。その最中、お盆の上のカップの端が軽く擦れ合い、高い音がなっていた。だが彼女は、音など欠片も気にしていない。お盆ごと低いテーブルの上に置くと、ポットの持ち手へ指先を運ぶ。
「もう……入れといてもええやろか?」
少女は、ポットを持った状態のまま、上目遣いで尋ねてくる。
言えるわけがない、「駄目」なんて。




