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奇跡の歌姫  作者: 四季
幸福の章
201/211

198話「ウィクトルの事情」

 その日の晩、私は、ミソカニ主催の打ち上げパーティーに参加した。


 参加者は意外と多かった。というのも、フリュイやミソカニだけではなくスタッフの一部も来ていたのだ。彼らとはあまり親しくはないのだが、流れのまま、時を共に過ごすこととなってしまった。


 会場は劇場からそう離れていない飲食店。洋食を食べることのできる店だ。


 私はそこで温かい時間を楽しんだ。


 正直なことを言うなら、最初は乗り気ではなかった。騒々しいのは好きでないから。けれども、いざ参加してしまえば意外と平気で。食べたり、たまに喋ったり、それなりに充実した時間を過ごすことができた気がする。


 やがてパーティーは終わり、解散になる。

 次の店へ移る者もいたようだが、私はそこへは行かず宿泊施設へ帰ることにした。


「終わったようだな」

「ウィクトル! ……どうしてここに?」


 洋食屋を出ると、ウィクトルが待っていた。

 行き先について私は彼に伝えていた、それは事実だ。けれど、待っていてほしいと頼んだわけではない。待っていてくれるだろう、と考えることもなかった。それゆえ、驚きは大きい。


「待っていたんだ。君と話がしたくて」

「そうだったの」

「集会ははもう済んだのか」

「えぇ」


 集会て、と、内心突っ込みを入れつつ接する。


「ウタ様! お疲れ様でした。お荷物はどちらに?」


 ウィクトルと言葉を交わした数秒後、道の向こうからリベルテがやって来た。


「リベルテも来てくれていたのね」

「はい! リベルテは、主と共にありますので!」


 小柄な彼は今日もいつもと変わらず元気そうだ。表情も明るい。


「で、お荷物は?」

「荷物はホテルの部屋に運んでもらってるはずよ。衣装とかね」

「そうでございましたか!」

「えぇ。お気遣いありがとう。それで、二人は今夜はどこに泊まるの?」


 ふと気になったことを尋ねてみる。

 すると、意外なことに、ウィクトルが先に口を開いた。


「君のところに行きたい」


 ウィクトルの口から出たのは想像の範囲から大きく離れた言葉。

 まさに想定外。


「ど、どういうこと……? 私のホテルに一緒に……?」


 真っ暗な空の下にいても、一度生まれた戸惑いはすぐに消え去りはしない。


「そういうことだ」

「え……」

「嫌なのか? それなら考えるが」

「ま、待って。違うわ」


 これまでだって同じ部屋で過ごす夜はあった。だから、同室での宿泊なんて、今さら慌てるようなことではない。ただ、一人で泊まることにしていたホテルに二人も連れていって問題ないのだろうか、という疑問が消えきらない。


「に、人数が……その……」

「人数?」

「いきなり増えても大丈夫なのかしら……」

「なるほど。気にしているのはそこか」


 人数が変わるのであれば、何らかの手続きが必要かもしれない。


「手続きはリベルテに任せればいい」

「リベルテに振るのですか!? 主!?」


 ウィクトルはさらりと言うが、リベルテは衝撃を受けたような顔で返していた。リベルテは自分に振られる可能性は考えていなかったようだ。ウィクトルがリベルテに頼るのはこれまでもあったことだから、想定の範囲内なのだろうと思っていたのだが。


「駄目なのか」

「い、いえ! お任せ、でございます!」



 ある程度話した後、私を含む三人は今夜泊まる予定だったホテルへと向かう。


 見上げる空には星の一つもない。暗幕を張ったような、彩りのない空。街灯が無ければ、きっと、まともに歩くことすら難しいのだろう。この空は、それほどに、暗い世界を作り出している。


「すまんな、押しかけるような形になってしまって」

「気にしないで」

「……素っ気なくないか?」

「え。そ、そうかしら」


 時折吹き抜ける風は、少し冷たく、乾いている。肌に触れるとひんやりして心地良い。が、長時間浴びていると寒くなってきそうだ。それに、表皮に近いところの血管が縮みそう。


「気のせいじゃない? 素っ気なくしてる気はないけど」

「なら良いのだが」


 ホテルまでは徒歩でもそんなにかからない。ほんの少しの辛抱だ。



 宿泊予定にしていたホテルに到着。

 ややこしい手続きはリベルテに任せ、私たちは先に客室へ向かう。


「こんな客室だったのだな。悪くない部屋だ」


 扉を開け、室内へ入って明かりを点けるや否や、ウィクトルは感想を述べた。

 宿泊施設に泊まることくらい経験済みだろうし、慣れているのだろうと考えていたのだが、ウィクトルは意外と見慣れないものを見るような目をしている。


「何だか嬉しそうね」

「それは……当然だ。すべて解決したのだから」


 その発言は「公演が終わった」以上の意味を持っていそうなもので。


「どういう意味?」


 尋ねずにはいられなかった。

 私が思っている以上の何かがあるような気がして。


「君にはまだ言っていなかったな。私が遅れたのは、ビタリーを倒すためだ」


 ウィクトルはいきなり真剣な顔つきで言ってきた。


「……ビタリーを? ビタリーって……あの、皇帝になったビタリー?」


 リベルテはまだ来ない。手続きの最中だろうか。手続きが上手くいかず厄介なことになっている、なんてパターンでなければ良いのだが。


「そうだ。偶然昔の部下と出会ってだな、頼まれたんだ。それで、ビタリーを倒すため、力を貸した。それが予想以上に長引いてしまって、連絡もできず……申し訳なかった」


 連絡を取れなかったのは、そういうことだったのか。

 妙に納得してしまう。


「そんなことがあったのね。で、ビタリーは倒せたの?」

「あぁ。今頃拘束されているだろう」


 イヴァンの時代も、ビタリーの世も、結局は同じこと。頂点に立つ者が変わっても、喜ぶ者と嫌がる者がいて、その狭間で火花が散る。すべての人が手を取り合い笑える世界なんて——きっとない。


「……呆気なかったわね。彼も」


 でも。


 拘束されているだろう、と聞いて、なぜか安堵している私がいた。


「そうだな。次は誰が国を統べるのやら」

「皇帝の座に就けそうな人はいる?」


 イヴァンの後継者にはビタリーがいたけれど、ビタリーの後継者は聞いたことがない。あの年齢では子どもはいそうにないし。


「君はどうだ、ウタくん」

「え!?」

「……いや、冗談だ」

「そ、そうよね……。良かった……」


 歌うことしか能のない皇帝なんて、残念としか言い様がない。


「冗談で良かったわ……ホントに……」

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