19話「リベルテの急な帰還」
「……連れていって」
私に敵意ある視線を向けていたフーシェは、控えていた男性にそう命じる。
すると、男性は顔色を変えることなくこちらへ歩いてきて、私の腕を強く掴んだ。
「何する気……!?」
「すみません。命令ですので」
問いには答えてくれない。彼は素早く手錠を取り出すと、私の両手首にそれを装着する。これでは、もはや私は罪人ではないか。
「しばらく牢屋へ入っていていただきます」
「ちょ……何よそれ!? 私が罪人だっていうの!?」
私は思わず取り乱し、らしくない大声を発してしまった。だが男性は、それにすら返事をすることはなかった。私の顔を見ようとすらしない。
滅茶苦茶だ、こんなのは。
襲撃者が地球人だっただけで、私も彼らの仲間だという扱いを受けるのか。そんなことあり得ないのに。
「止めて! お願い、話を聞いて!」
何の罪も犯していないのに牢に入れられるなんてごめんだ。そう思い、私は懸命に身の潔白を訴える。でもその声は宙に響いて消えるだけ。言葉を聞き入れてもらえないことが、こんなにも虚しいなんて。
夜が深まる中、私は宿舎近くの塔に閉じ込められた。
ここは専用の牢屋ではない。昔から建っていた塔を買い取り、罪人を一時的に閉じ込めておくための簡易的な牢として使っているようだ。
円形の部屋は狭く、物は何もない。周囲の壁は天まで届きそうなくらい高く、窓も一切なくて、そのためとても閉鎖的な印象を与えてくる。ただの個室とはわけが違う。
出入り口の部分だけが格子になっている。
外界との唯一の繋がりは、その隙間だけ。
けれども、そこから自力で脱出するというのは、さすがに無理がある。人間の厚みでは、どうやっても抜け出せないだろう。
暗闇は不気味で恐ろしい。でも、私の胸に蔓延っているのは、恐怖心ではなく悔しさ。そしてその悔しさは、今にも理不尽への憎しみへと変わろうとしている。
憎しみなど、抱いても何の意味もない。
理解しているはずなのに。
塔に閉じ込められて、長い時間が経った。
光のほとんどない場所にいるからよく眠れそうなものだが、暗すぎても眠りづらいというものなのか、なかなか眠りに落ちることができない。
ウィクトルは生きているだろうか?
苦しんでいないだろうか?
脳内によぎるのは、よりによって彼のことばかり。
彼のことばかりが思い出されて、寝付けず、困っていたそんな時——足音が聞こえてきた。
足音は近づいてきている。見張りだろうか。でも、見張りを務めるような大人の男性にしては、軽やかな足音だ。私は出入り口である格子の付近まで寄り、足音の主を見つけようとする。だが、暗い中で細い隙間から外の様子を視認するのは、簡単なことではなかった。何も見えない。
だが、諦めかけた次の瞬間。
ぼんやり光を放つ何かが視界に入った。
「誰!?」
思わず叫んでしまう。
すぐに口を手で押さえたが、もう遅い。
光を放つ何かは、私がいる方に向かって、ゆっくりと進んでくる。
「ウタ様……!?」
その声を聞いた時、私はその人物が何者であるかに気づいた。
「リベルテ!」
「ウタ様! こちらにいらっしゃったのでございますね!」
格子の扉に駆け寄ってきてくれたのはリベルテだった。その手には小さなランプ。暗闇の中で光って見えていたのは、どうやら、彼が持つランプだったらしい。
「主がお体を壊されたと聞き、戻って参りました。そしてフーシェから聞いたのです、ウタ様が塔にいらっしゃるということを。それで、覗きに参りました」
フーシェはもちろんだが、リベルテもウィクトルに対してかなりの忠誠心を抱いているようだった。それゆえ、リベルテからも敵意剥き出しの視線を向けられることになるかと不安だったが、今のところそれは避けられている。リベルテは、まだ、私を敵とは捉えていないようだ。
「主を傷つけられたから仕返ししに来たの……?」
「な! 何を仰いますか!」
ランプの小さな光すら、今はこんなに愛おしい。
「リベルテは勘違いだろうと考えております。ウタ様が主に酷いことをなさるとは思えないからでございます」
「ありがとう」
そう言ってもらえるだけで幸せ。
「……本当のことを仰って下さい、ウタ様。貴女は何もしていないのでしょう? リベルテには分かります」
心にこびりつき始めていた憎しみの欠片が、彼の言葉で一気に砕け散る。彼は私の無罪を信じてくれている。そのことがただ嬉しかった。
「私が……彼を巻き込んでしまったことは事実だわ。私が弱くて人質にされたから、彼は毒を飲まされた……。でも、襲ってきた人たちのことなんて知らない。私だって、あんなところで襲われるって想像していなかったの……」
話していたら、涙がこぼれた。
塔に閉じ込められたことが辛かったからか、聞いてもらえたことが嬉しかったからか、理由は自分でも分からないけれど。
「主はこのようなことを望んではいらっしゃらないはず。ならばリベルテも望みません。大丈夫、ウタ様が罪なきお方であることは必ず証明されるはずでございます。もちろん、ウタ様を解放するべく、リベルテも尽力致します」
いつ以来だろうか、こんなに涙を流したのは。
ここへ来るまで、苦しみも悲しみもあった。けれども、それらは私の心を大きく揺らしはしなかった。でも、今回理不尽の中で生まれた悔しさだけは、私の心をこれでもかというほど掻き乱した。憎しみなど無意味と理解している者にすら憎しみを植え付けるほどの悔しさがあったのだ。
「な、なぜ泣かれるので!?」
「……ごめんなさい、涙が止まらなくて」
「いえ、もちろん、責めるつもりはございませんが……!」
「……貴方が味方してくれて良かった」
それでも今は、救いがあったことに感謝せねばならない。
私がウィクトルを傷つけたのではないと信じてくれる人がいてくれた、そのことに、礼を言わねばならないだろう。