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奇跡の歌姫  作者: 四季
開花の章
188/211

185話「フリュイの本音ポロリ」

 数日後、ミソカニから連絡が来た。


 無事劇場を確保できたそうだ。一か月後に決まったという。


 公演が行われるのが一カ月後であれば、時間はそれなりにある。構成の決定、練習、衣装の確認——せねばならないことは山ほどあるだろうが、協力し合って頑張れば、何とかなるだろう。


 噂によれば、キエル帝国は今もあまり良い状態ではないようだ。

 気まぐれなビタリーが頂点にいるのだから当然と言えば当然な気もするが。


 とにかく何とか乱れきった状態にはならないようにしてほしい。一か月後、舞台なんて観ている場合ではないような世になっていないよう、今はそれだけを祈りたい。



 それから数日、今回に関しては一回目となる集まりが催された。

 主催者のミソカニはもちろん、朗読役のフリュイも来ていた。それと、数人のスタッフも。


「次の舞台はこれまでより大きいワ! だから、演出を少し変えなくちゃならないと思うノ!」


 帝国での初回公演を目指すにあたり、ミソカニはそんなことを言った。


「えー。演出変えるんですか。意味ないと思いますけど」

「あラ! そんな寂しいこと言わないデ!」

「それで、どんな風に変えるんですか。僕の仕事を増やすのは止めて下さい、厄介なので」


 その時のフリュイはいつもの二三倍くらいはっきり物を言っていた。彼は前から躊躇なく人に物を言えるタイプではあったけれど、さらに進化したみたいだ。ミソカニと話すことに慣れたから、という解釈で問題ないのだろうか。


「マ、でもいいワ。アタイ元々フリュイくんの仕事を増やす気はなかったノ」

「……そうなんですか」

「えぇ、そうヨ! 大量に増えたりはしないワ。変更はあるかもしれないけド」


 これまでの公演はいつも同じ内容だった。それを多少でも変更するとなると、きっと多くの練習が必要となることだろう。普通よりさらに、念入りに準備しなくてはならなくなる。

 けれど、私にはそれを乗り越える自信がある。

 すぐに仕上げられる天才ではないから、即座に注文通りの演技はできないだろう。が、練習を重ねれば絶対上手くいくはずだ。


「ウタさん!」

「はい」


 急に話が私の方へと飛んできた。

 それまでミソカニはずっとフリュイと話していたのに。


「調子はドゥ? 元気?」


 体のラインがほとんど出ない虹色のワンピースを着ているミソカニは、ウインクしつつ尋ねてくる。


「あ、はい」


 一応そう答えておく。

 ただ、元気かどうかはよく分からない。不健康ではないけれど。


「帝国での公演、頑張れソゥ?」

「できることをします」

「オケィ! ナイスな返事ネ!」

「頑張ります」


 ミソカニの問いには答えづらいものも多い。今さっきの問いも、その中の一つ。どう答えるべきなのかが掴みづらいところはあった。ただ、彼から返ってきた言葉からは、間違った答えを言ってしまっていないということが感じ取れた。最善ではなかったかもしれないが、取り敢えず、最悪の返し方ではなかったのだろう。それだけでも多少安堵できる。


「フリュイさん、これからもよろしくお願いします」


 それから私は近くにいるフリュイに挨拶した。

 見えていないふりをすることもない、と思ったからだ。


「こちらこそ」


 フリュイが返してくれたのは、短い言葉だけだった。

 でも、彼は悪意があって短い返し方を選んだのではないはず。


「また素敵な朗読を聞かせて下さい」

「はぁ……ハードル上げてきますね」

「ご、ごめんなさい! そんなつもりでは」

「あ、いえ。べつにいいんです。誰も悪くないですよ。何か気まずい感じにしてしまってすみません」


 フリュイは淡々と話す。どんなことを話す時でも、表情はあまり変えない。ほんの少し変わることはあるのだが、あからさまに変わるタイミングは一般人より少なめだ。



「そコ! 上半身に力を入れないで歩くノ!」

「は、はい」

「もーっとホラ、脱力しテ。脱力。腹より上には力を入れ過ぎないよう二!」

「分かりました。もう一度やってみます」


 構成がある程度決まると、いよいよ練習が始まる。


 久々だからか、私はいまいち上手く振る舞えない。あらゆるところでミソカニから注意を受けてしまう。


 ただ、そのくらいで挫けるほど私は弱くない。

 辛い時や上手くいかない時こそ、シンプルに考え抜いて。アドバイスも聞いたりしながら練習すれば、きっと希望が見えてくるはず。


「右手をもうちょっと絶望的にしテ!」

「絶望的……?」

「そうヨ! 夢なんてない、みたいな感じデ。イイ? いけルゥ?」

「は、はい」


 ミソカニの注文は時折抽象的だ。彼は独特のセンスを持っていて、それを言葉にして伝えてくる。そのため、日頃はあまり聞くことのないような言い方を耳にする機会もある。それを速やかに掴まねばならないとなると、簡単ではない。


「前から思ってたんですけど、ミソカニさんってウタさんに厳しいですよね」


 練習中、部屋の端に座っていたフリュイが、いきなりさらりとそんなことを言った。

 眉一つ動かさずに。


「フリュイくん!? いきなり何ヲゥ!?」


 唐突に口を挟まれたものだから、ミソカニはかなり驚いたみたいだ。両眉を豪快にハの字にし、口は開けたまま唇を尖らせ、見開いた目を一秒に二三回のペースでぱちぱちさせている。


「いや、べつに、深い意味とかはないんです。ただ、純粋に、厳しいなぁと思って」

「アタイ厳しかっトァ!?」

「だってほら、細かく注意してるじゃないですか。僕には違いがよく分からないですよ。……まぁ、それが芸術なのかもしれないですけど」


 ミソカニはショックを受けたような顔をしていた。

 厳しい、と言われたからだろうか。


 フリュイが「ミソカニが厳しい」と言うのも分からないではない。隙をみて細かいところまで指摘してくれるから、それが厳しさに見えるということも十分あり得るだろう。ただ、個人的には、嫌な厳しさではないと感じる。嫌がらせのように注意を繰り返してくるわけではないし。


「う、うぅ……。言い過ぎてたのかしラ……」


 ミソカニは片手を後頭部に当てながら、上半身と下半身を右へ左へスライドさせる。


「あ、いえ。べつにいちゃもんつける気はないんで。気にしないで下さい」


 厳しくなってしまっていたという事実を突き付けられ弱るミソカニに対し、フリュイはそう付け加えた。


「ウタさん……そのゥ……色々言って、迷惑だったかしラ……?」

「い、いえ。そんなこと、ないです」

「……ホントゥ?」

「はい。怒鳴られたりするわけではないですし、今のところ特に嫌な気分になってはいません」


 そもそも私は素人だった。舞台での立ち方も、動き方も、何も知らない状態からのスタートだったのだ。そんな私がここまで来られたのは、ミソカニのいろんなアドバイスがあったからこそ。自力で今の状態にまでたどり着くことはできなかっただろうと思う。

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