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奇跡の歌姫  作者: 四季
舞台の章
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165話「ウィクトルへの相談、そして話の続き」

 突然私の目の前に現れ、私のことを知っているような様子で、共に芸術を創り上げたいと言ってくる——どう考えても怪しいとしか思えない。


 外見が独特だからといって怪しいと決めつけているわけではないのだ。私だって、個性が強いことを悪く言う気はない。だが、色々な要素を含んで考えていくと、怪しいと感じてしまう部分が多くて。申し訳なく思いながらも、警戒してしまった。


 私はミソカニと名乗る男性に同行者がいることを明かし、正直に「許可を貰ってくるので少し待っていてほしい」と頼んだ。


 その頃には客も半数以上が劇場から出ていっていて、劇場内は空いている。それゆえ、すぐにウィクトルとリベルテを見つけることができた。私は二人のところへ行くと、事情を説明する。


「いきなりそんなことを言ってきたのか? 怪しすぎる」


 ミソカニの話を聞くや否や、ウィクトルは低い声で発した。


「そうよね……。でも、悪い人ではなさそうなの」

「悪くない人のふりなど馬鹿でもできる。油断しない方が良い」


 ウィクトルは一瞬にして警戒モードに入ってしまった。一度警戒心が溢れ出すと、もはや誰にも止められない。


「じゃあ、一緒に来てくれない?」

「速やかにここを離れよう」


 私一人でミソカニのところへ行くのが危険なら、複数人で行けば良いかもしれない。そんな風に思って提案したのだが、ウィクトルはちっとも聞いていなかった。


「そういうわけにはいかないの。待っててって言ってしまっているから」

「問題ない。このまま去るべきだ」

「それは無理よ……! 嘘をついたことになってしまうわ」


 ミソカニはきっと私が戻ってくるのを待っているはず。それなのにこのまま劇場を去るなんて、私にはできない。嘘のつもりで言ったのでない言葉が嘘になってしまうのは嫌だ。


「何を言っているんだ。警戒心がないのか? 君には」

「あ、あるわよ。警戒してないわけじゃないわ」

「ならなぜ速やかに逃れようとしないんだ。おかしいだろう」

「とにかく、待っててって言っちゃったから仕方ないのよ……! 少なくとも一度は彼のところへ戻らなくちゃ」


 そもそも「待っていてくれ」というようなことを言ったのが間違いだったのかしれない。そう思う部分はあった。何なら彼をウィクトルたちのところまで連れていって紹介すれば良かったのだ。それなら、ウィクトルたちはすぐにミソカニを見ることができた。その方が効率的だったかもしれない。


 そんな風に自分の中で色々思考していた時。


「では、リベルテが同行致しましょうか?」


 それまで黙って会話を聞いていたリベルテが、何の前触れもなく口を開いた。


「何を言い出す、リベルテ」


 時の経過と共に、劇場内に残っている人間の数が減っていく。そこそこ賑わっていたロビーも、今ではぽつぽつ人の頭が見える程度。呼吸がしやすくなった気さえする。


「主は嫌なのでございましょう? ですから、ウタ様にはリベルテが同行致します。それなら、主はその者に会わずに済むではございませんか」


 少々心が乱れているウィクトルに、リベルテはそっと微笑みかけた。

 大人びた対応だ。


「いや、私が会いたくないわけではないんだ。ただ、怪しい者からは素早く逃げた方が良いと思ってな」

「では三人で会いに行きます?」

「だから、だな。私はすぐにここから離れることを——」


 ウィクトルがそこまで言った時、ウタたち三人がいる場所へと駆けてくる人物がいた。

 今まだに話題になっていたミソカニだ。

 襟や袖、裾などに、虹色の糸で刺繍が施してある黄土色のドレス。それをまとった大男が駆けてくる様は言葉にならないくらい奇妙なもので、ウィクトルもリベルテも数秒言葉を失っていた。


「あ。ミソカニさん」

「そんなところにいたのネ!」


 ミソカニは私たちから一メートルほどしか離れていない地点にまでやって来て、ようやく足を止める。


 迫力ある外見の大男が急接近してきたことに、リベルテは驚いている。生という名の時計が止まってしまったかのように、顔の具が少しも動かない。一方ウィクトルはというと、初めて目にした謎の生物を見るような目つきでミソカニを見ていた。硬直するところにまでは至っていないが、衝撃を受けていることは確かだろう。平静を保ててはいない。


「もしかしテ! 彼らが同行者なノ?」


 ミソカニは即座に察知したようだった。

 勘が良い。


「はい。そうです」

「そうだったのネ!」


 言って、ミソカニはリベルテとウィクトルがいる方へと体を向けた。


「初めまして! お二方。ミソカニという者ヨ! よろしくぅ」


 ウィクトルは鋭い目つきで睨む。ひたすら睨む。刺々しいどころか棘しかないような表情を作り、瞬く間さえ崩さない。屈強な要塞のごとき顔である。


「よろしくお願い致します」

「うーん、緊張したワ! でも、ちゃんと返してもらえて嬉しい! ありがとうネ!」


 リベルテが挨拶の言葉を発した瞬間、ミソカニの頬は緩んだ——否、頬だけではない。顔面のありとあらゆる部分から力が抜けた、という表現の方が相応しいだろう。今日知り合ったばかりの私にでも急激にリラックスしたのが分かるほどの表情の変化だった。


「ミソカニさんのお話は聞いております。彼女に用があるのでございますよね? もしよろしければ、用をここで聞かせていただけないでしょうか」


 ウィクトルは警戒心剥き出しの顔のまま。

 対応は主にリベルテが行ってくれる。


「アタイ、いつかキエル帝国に舞台芸術を広めるのが夢なノ。それで、パートナーではないけれど、協力してくれそうな人を探していたのヨ。でも、もちろん、誰でも良いわけじゃないワ。舞台に立つ素養のある方でないとネ」


 ミソカニは丁寧に用を話す。彼は非常に滑舌が良く、長文を一息で言ってのける癖があるわりに聞き取りやすい。


「素養、でございますか?」

「そうヨ! 舞台に立つ人間には才能が要るワ。歌でも演技でも、何でも構わないけれどネ」

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