15話「ウィクトルの訓練参加」
ウィクトルたちが任務で出かけている間に本棚から発見された手帳。そこに書かれた内容を大雑把に解読した私は、私の母親や青いブローチ、そしてそれらとウィクトルの関わりについて、少しだけ覗き見てしまった。とはいえ、まだすべてが明らかになったわけではない。なので、より一層真実に近づくためにウィクトルに話を聞いてみようと考えていた。が、いざ彼と顔を合わせると、彼の口から真実を聞くことがどうしても怖くて。結局何も聞けないまま、時だけが流れていった。
そうして迎えた、ある休日。
ウィクトルは訓練に参加すると言い出した。
彼から聞いた話によれば、この国では定期的に訓練が行われているらしい。そして、その訓練は、主に、戦闘を仕事とする者を対象として開催されているとか。つまり、一般国民が参加するものではない、ということなのだろう。
その日、リベルテは実家の用事で、実家がある街へ行くことになっていて。ウィクトルとフーシェだけが宿舎に残ることとなり、静かな一日が始まりかけていた。しかしウィクトルが「訓練に参加する」と言い出したのだ。何をするでもなく宿舎に滞在する、というのは、嫌だったのかもしれない。
「良かったの? 私も一緒に来てしまって」
「もちろんだ。訓練と言っても、何も、特別なことをするわけではないからな」
訓練が開催されているのは、宿舎から徒歩数分のところにある、ドーム状の屋根を持つ一階建ての建物の中だった。
「ただ、定期的に参加しておかなくては注意を受けることがある。参加することに意義がある、ということなのかもしれないな。……もっとも、暑苦しいから私は好きでないが」
二階や三階はない建物に入ると、受付のようなものがあった。
長机があり、その上に長方形の板みたいな機械が三枚ほど並べられている。
「それは?」
「ここで受付を済ませ、中へ入る。そして、指定の訓練内容を一定のラインまでこなせば、もう帰って問題ない。そんな決まりだ」
ウィクトルが私に説明してくれている間、フーシェは板を触っていた。そして、ある程度触り終えると、彼女は「……ボナ様、二人分入力した」と小さく述べる。それに対しウィクトルは「そうか、助かる」と返していた。
「よし。では行こうか、ウタくん」
「私も……何かさせられる?」
「まさか。それはない。君は戦闘を生業としていないだろう」
「あ、そうだったわね」
私の母親との関わりについて尋ねられそうなタイミングは、やはり、まだない。
焦らず、理想的なタイミングが来るのを待つしかなさそうだ。
「……ボナ様、遅い」
「すまない、フーシェ。なんなら先に行っていても構わないが」
「……ならそうする。もし何かあったら……呼んで」
「分かった。では、また後でな」
そこまで言葉を交わすと、フーシェは先に歩いていってしまった。
ウィクトルと私だけがその場に残る。
「もしかして……別行動になってしまったのは私のせい?」
「いや。ここではよくあることだ」
これまでは離れず行動していることが多かった。それゆえ、私の存在が二人を引き裂くことになってしまったかと、心なしか不安になった。だがウィクトルはあまり気にしていない様子。彼の様子から考えると、別行動になることもたまにはあるのかもしれない。
「そもそも内容が別々だ。どのみちまったく同じルートで進むことはできない」
「そうだったの。何だか難しいのね」
「あぁ。複雑だ、色々」
広いフロアがパーテーションで区切られていて、エリアごとに違った内容の訓練が行えるようになっている。そこを順に回り、それぞれのエリアで与えられた課題をクリアしていかねばならないようだ。もちろん、戦闘を生業としていない私は、クリアしなくてはならない課題はない。そのため、私はウィクトルに同行した。
「よし、これで終わりだな」
ウィクトルは一つ一つの課題をクリアするのが早かった。
そのため、数時間ですべてを終えた。
ちなみに。課題は様々なものがあった。シンプルな筋力トレーニングのようなものから対人戦まで、幅広い。
「もう終わったのね」
「一応一周はできたようだ」
「案外早かったわね」
「あとはフーシェと合流するのを待つ」
「えぇ」
フーシェは先に行っていたのだが、どうやら、ウィクトルの方が早かったようだ。
——そして、待つこと十分ほど。
与えられた課題を終えたフーシェが目の前に現れた。
こうして、無事合流に成功した私たちは、宿舎へと帰ったのだった。
夕暮れ時。
フーシェが呼び出されて部屋からいなくなった時、私はウィクトルと二人きりになった。
「ウタくん」
宿舎の室内にてぼんやりしていると、ウィクトルが唐突に声をかけてきた。
「へ!?」
予想していなかったところに声をかけられたので、反射的に情けない声を発してしまう。
「いきなり声をかけてすまない」
「い、いえ。……何か用?」
「大丈夫か、ウタくん。勝手に連れてきておいて何だが、無理していないか」
彼がかけてきたのは、私の心理状態を心配する、予想以上に優しい言葉だった。彼が他者に嫌がらせをするような人でないとは知っていても、こうして優しい言葉をかけられると、どうしても違和感を抱かずにはいられない。優しくされて違和感、なんて言ったら、失礼かもしれないが。
「え……どうして?」
「いや、気のせいならいいんだ。ただ、少し元気がないような気がしてな」
もしかして、母親のことが気になっていることがバレた?
一瞬そう思いもしたのだが、どうやら、さすがにまだそこまでバレてはいないようだ。
「そう? そんなことないと思うけど」
「気のせいかもしれない。何でもないならいいんだ、気にするな」
「ありがとう。気にかけてくれて」
酸素は十分にあるし、食べ物も腹を壊すようなものではないし、ここでの暮らしもそんなに悪いものではない。だから、ここで生活することに大きな問題はない。
それに、そもそも、地球はほぼ滅んだも同然の状態だ。あそこにいても、今までのように暮らしていくことは不可能。それなら地球に残らずここで暮らす方が幸せかもしれない、と、思っている部分はある。
元より私は地球に思い入れなどない。
何も、望んであそこに生まれたわけではないから。
「でも平気。むしろ、ここの方が好きかもしれないくらいだわ。美しい地球は好き、でも、地球の人々はそんなに好きじゃないもの」
そんなことを言ってしまってから、私は焦る。うっかり本音を漏らしてしまったから。いくら地球人相手でないといっても、そこまではっきり言ってしまうのは良くないだろう。だから私は「ごめんなさい、愚痴みたいなのを聞かせて」と付け加えておいた。
するとウィクトルは言う。
「買い物でも行くか?」
「……え」
予想外の言葉に戸惑わずにはいられなかった。
「女は買い物が好きだと聞いたことがある。好きなことをすれば、気分も少しは晴れるだろう」
「いいわよ、べつに。そんなに気を遣ってもらわなくて大丈夫よ」