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奇跡の歌姫  作者: 四季
再会の章

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155話「アナシエアの秘術」

 ビタリーの打撃がアナシエアに突き刺さった。


 近づいていた二人の距離が遠ざかる。


 夜の主が目を覚ましたかのように風が巻き起こり、周囲の樹木が気味悪く揺れる。葉と葉が擦れ合う乾いた音が響き、その中で、数枚の葉は地上へ舞い降りた。舞い降りる運命を辿ることとなった葉は、地表に降り立つ直前でほんの少し巻き上げられ、それから優雅に地表へ到着する。


「なかなかやるようですね」


 アナシエアは杖の一番下で地面をとんと叩く。すると、そこから風が起こる。彼女が着ているマーメイドラインのスカートの裾がふわりと舞い上がったようにも見えた。


「ま、護身程度はね」

「素晴らしいことです。しかし、我々はキエル皇帝を許すわけには参りません」


 そう述べて、アナシエアは杖を再びビタリーに向けた。

 ビタリーはまだ余裕のある表情。


「許す? 許さない? そんなことは知らないよ。僕には関係ない」

「貴方はご存じないのやもしれませんね。我々、ラブブラブブラブラの一族が、かつてどのように扱われてきたか。知らぬのならば、教えて差し上げましょうか」


 アナシエアは冷たくも穏やかな声色で言った。

 だが、ビタリーはすんなりとは頷かない。頷くどころか、目を細めて「どうでもいい」というような顔。


「いずれにせよ、敵であることに変わりはない。それなら話は早いよ。消すだけのことだからね」

「やはり……貴方もキエル皇帝なのですね。立ち塞がる者は潰す——どの代になっても、その思考は変わらぬということなのですね」


 できるなら歩み寄ろうと考えているのか比較的穏やかに接していたアナシエアだったが、その言葉を最後に、全身にまとう空気を一変させた。


「残念です」


 言葉を合図にしたかのように、地面に緑色の魔法陣のようなものが出現した。

 足下に突然出現した謎の図形を、ビタリーは怪訝な顔で見る。


 その数秒後。

 魔法陣のようなものから光が溢れ、ビタリーはその光に飲み込まれた。


 やがて、光が溢れるのが落ち着く。その時、確かに存在していたはずのビタリーの姿はなくなっていた。木々に覆われたその場所に存在しているのは、アナシエアと気絶したカマカニのみ。


「苦しみ、果てなさい」



 ◆



 ラインの故郷からの帰り道、私は、自動運転車に一人で乗っていた。


 キエル帝国からファルシエラへ向かうルートには山が多い。そのため、本来は車では行きづらいのだ。噂によれば、徒歩で行くのが一番楽だとか。だが、一人で山道を歩いていくほどの体力は私にはなくて。そのため、リベルテが導き出してくれた車でも通ることのできるルートを自動運転車で行くことになったのだ。もちろん、行きも帰りも、である。


 そんな帰り道、事は起きた。


 両脇には森が広がる山道を走っていると、自動運転車が突如停止。信号なんて一つもないところなのに。なぜ停車したのかを不思議に思って車から降りると、足下に緑色の図形のようなものが浮かび上がっていた。例えるなら、巨大な魔法陣のようなもの。


 その直後、魔法陣から光が溢れて。

 私の意識は一旦そこで途絶えた。



 ふと、瞼が開く。


 頬には湿った土の感覚。手と指先からは砂利を触っているような棘のある感覚が流れてくる。森林のような植物の匂いが嗅覚を刺激し、耳からは遠くで葉が擦れ合うような音が入ってきていた。寝起きのはっきりとは見えない目で周囲を見ようとするが、視界にはぼんやりとした影のみ。ただ、周囲が薄暗そうであることだけは感じられた。


 時が経ち、ゆっくりと上半身を起こす。

 それから軽く目を擦って、ようやく視力が普段通りになってきた目で周囲を見回した。


 私は知らない場所だった。谷底にでも落ちたのだろうか、そんな風に思えて仕方のないところ。両脇にある斜面はどこまでも高く、私がいるここはひたすら低い位置にあるのだ。


 その数秒後、倒れている人間と思われる物体が視界に入った。


 私がいるところからだと、十メートルほどは距離がある。


 人影は動いていない。移動はせず、起き上がってくる様子もない。気絶しているのだろうか。いつかは私のように意識を取り戻すかもしれないけれど、でも、そのまま死亡するという可能性もゼロではないわけで。


 いずれにせよ、この珍妙な状況について誰かと話したい。

 だから私はその人影に近づいていった。


 けれど、あと数歩というところで私の足は止まるーー倒れているのがビタリーだったから。


 なぜ彼がこんなところに? まさか、歩いている途中で足を滑らせて、とか? いや、でも、それなら誰かが近くにいるはずだ。彼が一人でいるわけがないのだから、転落しなかった者が斜面の上から声をかけたりするはず。けれど、そんな声は聞こえてこない。ということは一人で? あるいは、何か別の原因があってここに?


 いずれにせよ、ビタリーとは関わりたくない。

 何をされるか分からないから。


 ひとまずその場から離れようと考えたのだが、やはりどうしても気になって、恐る恐る声をかけてしまう。


「……ビタリー?」


 数秒後、倒れている彼の目もとが僅かに動いた。

 取り敢えず命を落としてはいないようだ。


「……大丈夫?」


 非常時だから仕方ない、と言い聞かせ、もう一度声掛けを行う。

 すると、十秒ほどの沈黙の後、彼の瞼が開いた。


「……?」


 ビタリーは掠れた声を漏らす。体は横にしたままで。

 しかし、その言葉はキエルの言葉で、私には意味が理解できなかった。

 いざそうなった時、ふと、予備の自動翻訳機を持っていたことを思い出す。私はポケットからそれを取り出して、彼の耳に装着した。


「気がついた? 大丈夫?」

「……なぜ」

「私もよく分からないわ。ただ、気づいたらここにいたの」


 無事会話できるようになった。


「崖から落ちた? ……あるいは、ここへ来る前、何かおかしなことでもあった?」


 まだ分からないことだらけ。何がどうなってここへ来たのか、なぜビタリーがいるのか、謎は山ほどある。

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