147話「ウタのホーション中央部への外出」
ファルシエラ、ラブブラブブラブラ、そしてキエル。
三陣営の戦いが幕開けた、と、テレビのニュースで知った。
ウィクトルもリベルテも、そして私も、もはやキエル帝国軍には所属していない。それゆえ戦いに巻き込まれることはない。そういう意味では、私たちはこの道を選んだ幸運だったのかもしれない。あのままキエル帝国軍に所属していたら、少なくともウィクトルやリベルテは戦いに駆り出されただろう。それを避けられただけでも、ラッキーだ。
ラブブラブブラブラ族が参戦したというのは、個人的には驚きだった。彼らは表舞台には出てこないものなのだと、そう思い込んでいたから。
何にせよ、戦いの火蓋は切って落とされた。
きっと世が荒れる。
そんなパッとしない情勢の中、私は時折ホーションへと出掛けた。買い出しに行き、ついでに色々なものを見て回るためだ。
都の中央部ならきっと興味深いものがあるだろうと想像していたのだが、先の戦いのせいかそんなものはなくて。そこに存在するのは、壊れた街と負傷者だけ。あまりに虚しい光景だった。
けれども、そんな中でも買い出しは十分に行えた。
店はある程度営業していたから。
もちろん、すべての店舗が万全の体勢で営業できているわけではない。店の提供する物によっては、現時点では需要がないという店舗もあるのだろう。無論、そういう理由でかどうかは分からないが。ただ、営業を取り止めている店もちらほらあるということは事実である。
路上では、齢十にも満たないような子供がボール蹴りを楽しんでいた。
こういう光景を目にすると、わけもなく命の逞しさを感じたりする。
「ただいまー」
今日もホーションの中央部へ行っていた。
ウィクトルたちの待つ家へ帰るところだ。
迎えてくれたのはリベルテ。
「お帰りなさいませ、ウタ様!」
彼は一階の廊下にちょこんと座っていた。明るく元気そうな顔をしているので、ウィクトルと喧嘩したということはなさそうだ。だが、日頃の彼は廊下に座って寛いだりはしない。ということは、何らかの理由があって廊下にいたと考えられる。
「あら、こんなところにいたの? 見張りか何か?」
深く考えず尋ねてみた。
「はい。実は、主が眠られたのでございます」
「寝たの!?」
まだ昼間だ、成人男性が寝るような時間ではない。
「は、はい。そうなのです。ですから、それをお伝えしようと考え、ここに待機しておりました」
「そういうことだったのね」
リベルテが教えてくれなければ、私は元気な声を発しながら部屋に入ってしまったかもしれない。それによって、もし、せっかく気持ちよく眠っているウィクトルを起こしてしまったりしたら。そんなのは大失態としか言い様がない。失態を避けることをできたのは、偏に、リベルテの配慮のおかげである。
「しばらく、そっとしていただけないでしょうか」
「どういうこと?」
「主は色々あってお疲れなのでございます。どうか、静かに見守ってあげて下さいませ」
「そういうことね! それならもちろん。彼が気持ちよく寝られるよう協力するわ」
ウィクトルに「寝るな!」なんて言うつもりは更々ない。私とて、彼がいろんな意味で疲弊しているのは知っているから。よく眠れているなら、それは何よりも良いことだ。
「とはいえ、どうすればいいかしら。廊下にいるのは少し変だけど、部屋に入ると音で起こしてしまうかもしれないわよね……」
「買い物の披露はいかがでございましょうか?」
「え。何それ、どういうこと? 披露って」
「あ、いえ、失礼致しました。言い方が正しくありませんでしたね。どのような物を買ってこられたのか、確認させていただきたくて」
リベルテは丁寧に言い直してくれ、それによって私は話を理解できた。
「そういうことね! 良いわよ。順に出していくわ」
私は手に持っていたビニール袋を床に置く。それから、袋の口を豪快に開け、中身へと手を伸ばす。
買い物名人のリベルテに買い物の内容を見せるというのは、緊張してしまう行為。だが、彼のことだから、厳しく批判したりはしないだろう。とはいえ油断はできない。
辛口なコメントが飛んできませんように、と願いつつ、購入した品を廊下へ並べていく。
「完璧でございますね!」
ひと通り見せ終えるや否や、リベルテはそんな風に言ってくれた。
厳しいことを言われるのではないかと若干心配していたのだが、どうやらそれは杞憂だったみたいだ。
「頼んでいたものはすべて揃っているようで、安心致しました」
「遅くなってごめんなさいね」
「いえ! 素晴らしい成果でございます」
ウィクトルはまだ眠っているのだろうか、部屋の方から音はしない。
「ホーションの中央部はいかがでしたか?」
「……荒れていたわ」
灰色の石をふんだんに使っているところが魅力的な街だが、ここしばらくは、戦いの後というのもあってか美しい街並みが失われてしまっている。惜しいことだ。ビタリーの目的ははっきりしないが、良き街を壊すのは止めてほしいと訴えたい心境である。
「やはり、そうでございましたか」
リベルテは驚きはしなかった。想定の範囲内だったのだろう。けれども、美しい街並みが失われたと聞いて明るくあれるはずもなくて。その直後数秒だけは、心なしか暗い表情になっていた。
「えぇ。負傷者も少なくはなかったわ」
「それは……辛いことでございますね」
「早く復興すると良いのだけれど」
「本当に、その通りでございますね」
ホーションの人たちに罪はない。それと同じく、街にも罪はないのだ。だからこそ、なるべく早く元の状態に戻ってほしいと思わずにはいられなかった。何もかもを消し飛ばされたというわけではないから、きっと、復興にもそこまで時間はかからないはず。
「それにしても、ウタ様はホーションがお好きですね」
「え? 私?」
「よくお一人で出掛けていらっしゃいますよね」
「そうね……好きとか嫌いとかはよく分からないけれど、でも、美しいところだわ。きっとそれを『好き』と呼ぶのでしょうね」




