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奇跡の歌姫  作者: 四季
異邦の章
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145話「ウィクトルのホッと一息」

 シャルティエラは撤退してくれたが、ビタリーはそうではなかった。もしかしたら彼も一旦撤退してくれるかも、などと考えていた私が甘かったのだろう。ビタリーはホーションを落とすべく攻撃を継続。家が中央部から少し離れていた私たちは幸い無事だったが、中央部に暮らしていた人々は被害を受けたことだろう。


『キエル帝国軍は、ホーションを突っ切り、北へ向かっている様子です。現在、ホーション中央部では、負傷者の救護活動が行われております』


 流れるニュースは殺伐とした内容のものばかり。どう頑張っても明るい気分にはなれそうにない。が、シャルティエラがウィクトルの命を奪うことを諦めてくれたのは大きかった。命を狙われる可能性が下がると、精神的にだいぶ楽になる。


「ふぅ。四六時中これ系のニュースでございますね」


 ベッドのある部屋に三人揃って集まり、テレビを眺める。何か楽しい番組でもあれば良いのだが、残念なことに、今はニュースばかり。それも、ほとんどが帝国軍との戦いに関するニュースだ。


「ファルシエラには何としても抵抗してほしいが……どうなるかは誰にも分からんな」

「ウィクトル、今の『何としても抵抗してほしい』は妙に感情がこもっていたわね」

「あぁ。帝国に乗っ取られた国の末路は幾度も見てきた。だからこそ、だ」


 不安がよぎる。

 もしファルシエラがキエルのものになったら私たちはどうなるのだろう、と。


 私はウィクトルのように色々なものを見てきてはいない。それゆえ、キエル帝国の支配下におかれた国の状態に関する情報はあまり知らない。けれども、それなりに悲惨なことになるのだろうということは、容易に想像がつく。


「……ウタくん?」

「え。あ、ごめんなさい。何かしら」

「いや、顔色が悪いように見えただけだ。何でもないなら良いのだが」

「そ……そうね、何でもないわ」


 ウィクトルはそれでなくとも微妙な立ち位置にいる。命を狙われる立場であることに変わりはないわけだし。だからこそ、彼に不要な心配はかけたくない。心配事を増やすような真似は極力避けたいのだ。


「なら良かった」

「ありがとう、ウィクトル」

「いや……気にするな」


 室内の空気が不思議な感じになる。


 それを察したのか、リベルテは少々気まずそうな顔をしたまま、「お茶でも淹れて参りましょうか……?」と尋ねてきた。気を遣ってくれているようだ。


 私は「いいわよ」と言おうとしたが、それより早く、ウィクトルが「頼む」と述べた。ウィクトルの反応は、予想以上に早かった。


「何だか悪いわね、リベルテにはいつも気を遣ってもらってしまって」


 リベルテが部屋から出ていくのを見送り、それから、私はそんなことを言う。

 深い意味は特にない。


「そうか? リベルテは元々あんな感じだ、気にすることもないと思うが」

「でも、ここに来てからはずっと、彼に働いてもらっているわ。買い出しも、食事の提供も、全部よ。とにかく申し訳なくって」


 テレビからは明るくないニュースが流れ続けている。緊迫感を持って放送されていることがひしひしと伝わってくるという意味では、クオリティの高いニュースなのかもしれない。が、それを褒め称えるような精神的余裕はない。


「前から思っていたことだが、君はかなり気遣いが多い人間だな」

「そ、そうかしら」

「その様子では、気苦労も多いだろう。あまり無理をするなよ。……私のせいなのは承知しているが」

「ウィクトルにまで気を遣ってもらってしまったわね」


 苦笑せずにはいられなかった。

 リベルテに気を遣ってもらってしまったという話をしていたのに、結果的にウィクトルにまで気を遣わせてしまうことになって。


「いや、いいんだ。私が勝手に言っていること。気にしなくていい」

「そう言われると逆に気にしてしまうわ」

「な……! そうなのか……!」


 私は冗談のつもりで言ったのだが、彼には冗談だとは伝わっていなかったようだ。彼は驚いた顔をしている。また、大きく開いた目で、こちらをじっと見つめている。瞳が微かに震えていた。


「待って待って。そんな真剣に受け取らないでちょうだい」

「どういうことだ?」

「半分冗談のつもりで言ったのよ。私は、ね」

「なるほど! そうだったのか」


 そんなどうでもいいような会話を続けているうちに、お茶を淹れに行っていたリベルテが帰ってきた。彼がカップを持ってきてくれるのは、もはや見慣れた光景だ。今やリベルテは、専属の使用人のようである。

 家事もこなしてくれるし、外出もしてくれるし、私たちにとっては本当にありがたい存在。

 彼は家に戻ることもできないのに文句の一つも言わずに世話をしてくれているのだ、感謝してもし足りない。


 いつか、彼にお返しができるだろうか。


 大きなものを返す自信は、正直、今の私にはない。でも、こんなにも世話になっておいて何一つ返さないというのも問題だし、情けないことだ。今は無理でも、いずれ、何らかの形で感謝の念を伝えねばならないだろう。


「今日はお菓子もございますよ! 先日買っておいたパウンドケーキでございます。入っている果物が色々あって非常に迷ったのですが、イチヂクとレーズンに致しました!」



 ◆



 キエル帝国軍は、ホーションを北へ突っ切り、自然豊かな山道の途中の塔を簡易的な拠点として勝手に使っている。塔の一番上から見下ろせば、周囲の様子を確認できるからだ。


「カマカニ。どうだい? 様子は」


 螺旋階段を登り、塔の最上階にやって来たのはビタリー。


「おぉ! 旦那ぁ!」


 ビタリーの登場に嬉しそうな声を発するのは、屈強な男。名をカマカニという。ビタリーとは、打倒イヴァンの戦いの中で知り合った。ビタリーが掲げていた『民のための帝国』なるものに胸を打ち抜かれ、彼の仲間に加わった男だ。そのカマカニには、女物の服を着るという少々変わった趣味はあるが、それを除けば一応普通の成人男性である。


「状況はどうなっている?」

「特に変化はないみたいっすよぉ」


 侍女風のワンピースを着て、ハイヒールを履いたカマカニは、塔の最上階での見張りを任されていた。


「そうか。分かったよ」

「旦那ぁ、これからどうするんすかぁ?」

「このまま攻め切ろうと考えているよ」

「大丈夫なんすかぁ? ファルシエラのこの静けさ、不気味っすけど……」

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