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奇跡の歌姫  作者: 四季
異邦の章
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133話「ウタの思考の苦難」

 これは答え方が難しい。ウィクトルとの関係を壊さないためには、相応しくない答えを述べてしまうわけにはいかないからだ。たった一言が関係を崩すことだってある。だからこそ、慎重にならねばならない。


「ウィクトルのアドバイスは間違っていないと思うわ。でも、リベルテが言ってくれたことも、間違ってはいないと思うの」


 考えた末、曖昧な答えを発することになってしまった。


「私の発言もリベルテの発言も正しい……だとしたら、君は一体どちらの味方なんだ?」


 ウィクトルは訝しむような顔つきで問う。

 ここも慎重に。考え過ぎは良くないが、まったく考えないのも良くない。効率よく思考し、彼が気分を害さない範囲で返事を放たなければならない。


「両方、という感じかしら」

「それはまた珍しい」

「ごめんなさい、正直私もはっきりとは分かっていないの。ウィクトルが言ってくれたことは正論だと思うし、でも、リベルテが言ってくれていた配慮も嬉しい内容ではあったわ」


 ウィクトルに嫌われたくないから、曖昧なことしか言えない。それも事実ではある。が、それだけの理由でこんな答えを述べたわけではない。

 というのも、実際私の心は曖昧な位置にあるのだ。

 ウィクトルの言うことは理解できる。けれどリベルテの言うことも事実。そういう状態だから、どちらの意見に賛成かと答えることはできない。


「だからね、ウィクトル。白黒はっきりさせなくて良いんじゃないかしら」

「それはどういうことか」

「私はウィクトルもリベルテも大切な仲間と思っているわ。三人でいられることが幸せなの。本当はフーシェさんもいたら良かったのだけど……でも、今は、こうして三人揃っていられることに感謝しているわ」


 何とか話を逸らしたい!


「だから、今からは楽しい話をしましょ」

「……それもそうだな」


 ウィクトルは多少理解を示してくれた。

 私は内心安堵。


「リベルテ、手当てはそろそろ終わりそう?」

「あ、はい!」


 ウィクトルの傷に処置を施していたリベルテは、その時だけ顔を上げ、明るい声で返事をしてくれた。


「迎えが来てくれるところまで、どうやって行く?」

「そうでございますね……歩くか、ここへ来てもらうか……」


 その時、左腕に処置を施してもらっているウィクトルが口を開く。


「私は歩ける」


 迷いなど一切ない、はっきりとした言い方だった。


 彼は男との交戦によって負傷したが、幸い、致命傷になりそうな傷は負っていなかった。それに、腕は豪快にやられているが、下半身へのダメージはほとんどない。脚を怪我したということはないので、現実問題、歩けないということはなさそうだ。


 だが、外傷だけで判断するのはいかがなものか。

 本気でかかってくる相手と戦ったのだ、精神的な疲労も小さくはあるまい。


「では、徒歩で参りますか?」

「私はそれで構わない。ウタくんはどうだ」


 ウィクトルは歩いていく選択で問題ないと考えているらしい。

 ならば、私もそれで構わない。

 そもそも、私は誰とも戦っていないのだ。それゆえ、当然怪我はないし、精神的な疲労もほとんどない。多少緊張した程度。歩いていくことになったとしても、不満はない。


「私? 私は何でもいいわよ」

「では歩くか」

「そうね。でも大丈夫? ウィクトルは怪我しているのに」

「私は平気だ、気にするな」

「そう。分かったわ」


 言って、リベルテへ視線を向ける。


「歩きましょっか」


 リベルテはウィクトルの選択を尊重するだろう——そう考えて、私はそんな風に言った。


 こうして私たち三人は、再び歩き出す。

 キエル帝国から去るために。



 待ち合わせ場所へはそれほどかからなかった。


 男に襲われる前に一生懸命歩いていたから、既に、かなり待ち合わせ場所に近いところまで行けていたようだ。


 私たちがその場所へたどり着いた時、リベルテの知り合いの自動車はそこに停車していた。


 頼んでおいて遅刻。その最悪のパターンを避けられなかったので、私はいろんな意味で不安を抱いていた。だが、自動車の運転手はのんびりした人で、待ち合わせに遅れた私たちに怒りを向けることはしなかった。怒るどころか心配してくれていたくらいで。心の広い人だなぁ、と思うと同時に、少々感動してしまった。


 その後、自動車に乗って移動。


 ファルシエラへ国内と向かう。


 道中聞いた話によると、ファルシエラでは、まだ人が運転する自動車が使われているらしい。キエル帝国では自動運転車が普及しているが、ファルシエラはそうではないそうだ。


 ちなみに、本来国と国を移動する時は、許可証が必要だとか。

 けれど今回はその手続きをする必要がなかった。

 それは、リベルテの実家と取引先の家が特別な契約を結んでいて、自由に行き来できる許可を得ているかららしい。


 その許可は、本来、商売をスムーズに行うためのもの。国を脱出したい者を脱出させるための許可ではない。が、今回は、その許可を上手く利用したみたいだ。


 やり方が若干グレーだが、今は仕方ない。



 ファルシエラの都・ホーション。

 広場にある巨大な噴水が美しい街だった。


「ここがファルシエラ……」


 石造りの建物が多い。キエル帝国とはまた違った雰囲気が漂っている。

 私たちは運転手より「しばらく暮らしていただく用の家を用意しています」と告げられ、街の東寄りのところにある一軒家へと案内された。


「こちらでお過ごし下さい」

「感謝致します……!」

「いえ。リベルテさんの家にはいつもお世話になっていますので、そのお返しです」

「本当に助かりました!」


 灰色の石で造られた一軒家。そこが、私たちが暮らすために用意された家だったようだ。

 何でも、かつては誰かが住んでいたがここ十年ほどは誰も住んでいなかった家だとか。いわば中古の家である。

 けれども、今は、そんなことはどうでもいい。新しい建物でないから嫌、なんて贅沢を言える身分ではないから、住めるところさえあれば御の字。


「意外と立派な家を借りられたわね」

「はい。リベルテも少々驚きました」


 二階は四分の一程度しかない家で、決して広そうな建物ではないけれど、雨風をしのげれば文句はない。それに、もっと小屋のようなところを貸してもらうのだと思っていたので、家らしい家を借りられたこと自体驚きだ。

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