129話「アナシエアの優しき心」
待つことしばらく、リベルテは戻ってきた。
一人ではない。鳥のくちばしのようなものがついた面を着用しているラブブラブブラブラ族の人も一人同行している。鍋持ちとして。
「お待たせ致しました!」
リベルテが持っている鍋は浅めの鍋。直径五十センチほどの円形で深さは十センチもないような黒い鍋だ。そして、その中に入っているのは、葉野菜を刻んだもの。そこからは、焦げたような匂いが少しばかり漂っている。
ラブブラブブラブラ族の人が持っている鍋は、リベルテが持っているものとは違った形の鍋だ。直径はリベルテのものより小さく、しかしながら深さはかなりある。ちなみに、その鍋の中に入っているのは、スープのような赤茶の液体だった。固形物も若干浮いている。
「主、ウタ様、お待たせしてしまい申し訳ございません」
リベルテとラブブラブブラブラ族の人は、それぞれ、持っていた鍋を地面に置く。ラブブラブブラブラ族の人は用事を終えたらしく、すぐに去っていった。一方リベルテは穴に残る。
「これは?」
「二品作って参りました。こちらが炒め物、こちらがスープになります」
深く考えず放った問いにリベルテはさらりと答えてくれた。
「火はあったのか?」
「はい!」
「その火で、これらの料理を作ったのだな」
「はい! その通りでございます」
ウィクトルに喋りかけられリベルテは嬉しそうだ。
リベルテからすると、私に話しかけられることよりウィクトルに話しかけられることの方が喜ばしいことなのかもしれない。
「スプーンはこちらでございます!」
衣服のポケットからスプーンを三本出してくるリベルテ。
「炒め物をスプーンで食すのか?」
「申し訳ございません、主。この村にはそれしかないようでございまして」
「……そうか。なら仕方ないな」
ラブブラブブラブラ族が暮らすこの村の文化は、外の世界の文化とは大きく異なっている。それゆえ、食事の内容や食事に使用する道具など、そういった小さなところすら外の世界とは違う。
とはいえ、私たちはお世話になっている身。
贅沢は言えない。
私たちの文化に合わせてほしいなんて、特に、絶対に言えないことだ。
アナシエアは、自分たちは果物しか食べない一族であるにもかかわらず、私たちに野菜を与えてくれた。それだけでも、感謝すべきこと。感謝しても足りないほどの良い待遇を、私たちは既にしてもらっている。
「調味料なるものはほとんどございませんでしたが、塩が少々ございましたので、主にそれで味つけ致しました。リベルテはそこまで料理上手ではございませんから、味つけはいまいちかもしれませんが、少しでも食べていただけたなら嬉しく思います」
リベルテは控えめに言うけれど、炒め物もスープも見た感じ美味しそう。
少なくとも、私が作るよりはましだろう。
「ありがとう! いただくわ!」
「いただこう」
私は先に炒め物へとスプーンを伸ばす。
繊維に添って切られた葉野菜は、刺すことのできないスプーンでは取りづらい。が、文句を言っていても何も始まらないので、考えながらすくってみる。数回失敗はしたけれど、努力しているうちに、何とかすくうことができた。
「美味しいわ。炒め物」
焦げたような匂いを漂わせる葉野菜だが、口腔内に放り込むと美味しかった。ほどよい塩味が魅惑的だ。
「本当でございますか!?」
「えぇ。リベルテ、天才ね。素晴らしい塩加減よ」
これはお世辞ではない。本心からの言葉だ。
「スープも良い味をしている」
私が炒め物の美味しさを訴えていた直後、ウィクトルが発した。
彼は先にスープを口にしていたようだ。
「美味しかったの? ウィクトル」
「あぁ。素晴らしい味つけだ」
限られた材料。限られた調味料。それだけを使って美味しい料理を作り上げるというのは、簡単なことではないはず。けれど、炒め物もスープも良い味となれば、リベルテの腕は見事なものである。
「……ホント! 甘酸っぱい!」
ウィクトルの称賛を耳にして気になった私は、すぐに、スープを一口飲んでみた。そして、ウィクトルの称賛が偽りでないことを即座に理解する。
炒め物はとても美味しかったが、スープもそれに負けないくらい整った味。
こちらは塩味だけでなく、ほんのり果物のような爽やかな味も感じられる。塩以外の物も味つけに使用したのだろう。
「素晴らしいわ! リベルテ!」
「見事だ」
私とウィクトルの感想は見事に一致している。
美味しい——それが答えだ。
翌日、私たち三人はラブブラブブラブラの村を出ることに決めた。
——というのも、リベルテが行く先を提案してくれたのだ。
リベルテの実家と取引をしている者がキエル帝国外にいるらしく、その者のところへしばらくお世話になる。それがリベルテが出してくれた案だった。
いきなり「明日出ていく」なんて言って大丈夫なのだろうか?
私の胸の内にはそんな不安があった。
けれども、ウィクトルはリベルテの案に賛成のようだったので、私はその選択を受け入れることにした。
そして、私は、そのことをアナシエアに伝える。
「そうですか……。明日、出ていってしまうのですね……」
アナシエアは片手を胸に当てながら寂しそうに呟く。
「はい。そうしようと思います」
「分かりました。ウタ、貴女の選択を受け入れましょう」
またいつかのように冷ややかな態度を取られるかと思ったが、案外そんなことはなく。アナシエアは私の選択を理解しようとしてくれていた。
「では、あの帝国の者に伝えておいていただけますか。『ここのことは口外しないように』と」
「はい。それはもちろんです。言いふらす気はありません」
「……感謝します、ウタ」
一泊するだけのつもりが、思ったより長く居座ってしまった。それでも、アナシエアはそれを非難せず、そっと見守っていてくれた。
「いえ。感謝すべきはこちらです」
「では、お互い、ですね」
私はその日、アナシエアと、初めて笑い合った。
「ウタ。いつかまた、会いに来て下さいね」
「嬉しいです。ありがとうございます」