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奇跡の歌姫  作者: 四季
部族の章
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120話「ウィクトルの立場を心配していたけれど」

 何とかイヴァンから逃れたと安堵していたら、これだ。

 私たちの苦難はいつになったら終わるの——そう叫びたくなるようなストレスがある。


 けれども、愚痴を言っていても何一つ解決しない。それは一応理解しているつもりだから、私は文句を言うことはせず、行動することにした。


 ということで、まずはウィクトルを起こさねばならない。

 謎の人物がこんな近くまで来ているにもかかわらず、彼はまだ呑気に眠っているから。


「何を、する、つもりか!」


 私がウィクトルの方へ歩み寄ると、仮面をつけた人間は警戒したように鋭く発した。


 悪いことを企んでいるとでも思ったのだろうか……。


「彼を起こします。私のことだけより、彼のことも分かった方が良いでしょうから」

「……そうか。なら、起こすと、いい」


 警戒されないためには、少しでも多くの情報を与えることが必要だろう。そう考えて、私は、自分が今からしようとしていることを説明した。すると、仮面をつけた人物は若干安心した様子になる。口調も落ち着いたものになった。


「ウィクトル、起きて。ウィクトル」

「ん……?」

「声をかけられているの。起きてくれないかしら」

「……あ……あぁ」


 数回に分けて声をかけてみる。ウィクトルは反応していた。私の声が届かないわけではないようだ。すぐさま普段通りの意識を取り戻すのは無理そうだが、じきに目覚めそうな雰囲気ではある。


 声をかけて起こそうとすること数分。

 ついに、ウィクトルが重い瞼を開いた。


「なっ……! あいつは何者だ……?」


 ウィクトルはすぐに気づいた、くちばし付き仮面の人物の存在に。


「落ち着いて。あの人とはちゃんと意思疎通ができるわ」


 驚いた彼が勢いで攻撃的な振る舞いをしたら危険だ。なので私は、即座にそう述べた。ウィクトルに仮面の人物を敵と認識させないように。


「……意思疎通? 君が、か?」

「えぇ。先ほど話したけれど、言葉が通じていたみたいなの」


 言葉が通じているということは紛れもない事実。

 格好は奇妙だが、ビタリーなんかよりずっと物分かりが良い。


「そうか……」

「だから、ウィクトルも落ち着いて話して。大丈夫だから」

「君が言うならそうなのだろう。理解した」


 その後、私とウィクトルは、仮面の人物から「ついてくるように」と命令された。ここは穴の中、どうやって外へ出るのかと思っていたら、地下へ続く通路へと案内される。一旦地上へ戻るルートではないようだ。



 たどり着いたのは薄暗い洞窟のようなところ。

 天井は高く、小さな音もよく響く。岩肌の隙間には透明な水が流れ、小規模な川のようになっている。ところどころに照明の代わりとして火を点けた松明が配置されており、その光が視界を確保してくれている状態だ。


「ここで、話を、聞く! 暫し、待て!」


 案内してくれた仮面の人物は、右足の爪で腰の辺りを軽く数回掻き、それからそんなことを言った。

 私は隣のウィクトルと視線を交える。

 そして、それから「分かりました」と返した。


「立っていたら良いのかしら……」

「ここにいれば問題ないのだろうな、恐らく」


 仮面の人物は洞窟の奥へと歩いていく。

 二人きりになっている間、私たちは話をする。


「あの人は一体何者? 帝国の人? ウィクトル知ってる?」

「知らない」

「そう……そうよね。文明が発達してるキエルの人とは思えないし……」


 どちらかというと原住民族に近いイメージ。


「宇宙人とか?」

「夢があるな」

「もう。そんなことを言っている場合じゃないのよ」

「……それもそうだな」

「でしょう?」

「そういえば……確か、以前に一度聞いたことがある」


 唐突に真面目な顔つきになったウィクトルを見て、私は内心驚く。そして、それと同時に戸惑う。何を言われるのだろう、なんて考えて。


「帝国領内でもまだ拓かれていない森の奥には、キエル人とは異なる独自の文化を持つ者たちがいる。そう聞いた」


 私のことでなくて良かった、と安堵しつつ、言葉を返すべく口を開く。


「じゃあ、あの人たちは、その独自の文化を持つ者?」


 真偽は不明だが、限りなく真に近い話であるようには感じる。

 鳥のような仮面といい、わらで編んだような衣服といい、キエルの文化ではなさそうだったから。


「……はっきりとは分からないが」

「その可能性はある、ってことね」


 待つことしばらく。

 一人の女性と思われる人物が現れた。


「客人だそうですね」


 獅子のような大きな面を顔に装着しているその人は、先ほどの仮面の人物とは違い、流暢に話す。それも、地球の言語を。


「それも、一人は異星の言語を話されるとか」


 顔面は獅子の面によって厳つくなっているが、その他の部分に厳つさはない。

 足首まで丈のあるマーメイドラインのワンピースを着ていて、足には草で編んだ草履のような靴。頭部には羽飾りが大量についている。そして、爪の長い右手には一本の杖。


「あ……はい。私は地球から来たので」

「地球。異星の名ですね」

「もしかして、ご存知なのですか?」

「我々の祖先はこの星の外から訪れた移民。そう伝わっているのです。そして、そのここではない星の中に、地球なる星もありました」


 謎な部分がないわけではないけれど、地球を知ってもらえているという事実は嬉しい。

 地球のことはそれほど好きではなかった。けれども、あそこは私の生まれ育った星だ。だから、それを知っている人に出会えることは、いまだに少し嬉しいことだったりするのである。


「そちらの男性は、帝国の方なのですね」


 獅子の面をつけた女性は、視線を動かした。


「はい」

「我々を降伏させに来たわけではないと、そう聞いています。それは事実なのでしょうか」

「はい。私はキエル皇帝に従う気はもうありません」


 女性がウィクトルに対して向ける視線は、どことなく冷たく鋭さのある視線。私を見る時の目つきとは違っていた。


 だがウィクトルは平静を保っている。

 落ち着いて言葉を発している。


「偶然穴にはまってしまっただけです」


 穴にはまった、とまで言う必要はあったのだろうか……。


「そうですか。では、その言葉を信じましょう」

「感謝します」


 彼女たちは帝国を良く思っていないようだ。それゆえ、ウィクトルがどんな風に扱われるかが、心配でならなかった。だが、彼女は警戒心を露わにしながらも、感情的にならず冷静に接してくれている。冷静さを欠かず接してくれる者が一人でもいるならば、多少は安心できるというものだ。


「ようこそ。ラブブラブブラブラの村へ」

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