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奇跡の歌姫  作者: 四季
決断の章
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104話「ウタの友人関係への予感」

 穏やかな空気は叫びによって一変する。

 部屋中に凍り付いたような空気が流れた。


「エレノアさん、これは一体?」


 不安になって、つい、近くにいた彼女に尋ねてしまう。


 彼女だってしばらくここにいたのだ。そんな彼女が、外の様子を知っているわけがない。それゆえ、私が今放った問いに答えられるはずがないのだ。私は、そんな答えられるはずのない問いを発してしまったのである。エレノアからしたら迷惑行為でしかないだろう。


「誰かが運び込まれてくるんじゃないかって思いますけど……」

「何をしたら良いですか?」

「落ち着いて、ちょっと待ってて下さいね! 運ばれてきてから考えましょう。状態とかも見ないと分からないですから!」


 私は突然の叫びに驚き冷静さを欠いていたかもしれない——エレノアの言葉を聞いて、己の落ち着きのなさを悔いた。


 緊急時ほど冷静に。予想外のことが起きた時ほど落ち着いて。

 それは、世において当たり前のことだ。


 だが、それすら私は欠いていた。いくら慌てふためいても何も変わらないのだと、脳では理解しているのに、それを己の行動に表せていなかったのは恥ずかしい。



 その後、担架に乗せられた負傷者が連続で幾人も運び込まれてきた。


 周囲の働いている人たちが話しているのを聞いた話によれば、ビタリーが繰り出してきた軍勢と都を護ろうとする軍勢が、帝都近くでいよいよぶつかり始めたそうだ。


 一斉に運び込まれてきたのは、そのぶつかり合いによって負傷した人たち。


 ウィクトルやリベルテは無事だろうか——私にしてみればそこが一番気になるところだ。


 けれども、勝手に移動することはできない。

 彼らに会いに行きたいと思いはするが、それは叶えられない夢。


 だから、今はひとまず、ここでできることをする。それが一番他人のためになる。私は無力、だからこそ、できる小さなことを見つけて少しずつ取り掛かっていく努力が必要だ。


 空いている簡易ベッドに敷いてある布を整える。物資が入った箱を運ぶ。水道水を桶に入れて必要な場所へ持っていく。

 そんな小さなことしかできないが、今はそれらのことに一生懸命取り組もう——私はそう決めて、活動を継続した。



 大忙しな時間は、二時間ほどで一旦終了。

 場が落ち着く。

 二時間と言えばそれほど長時間でもないようだが、二時間ずっと動き回っていると結構疲れる。用事をしていると時はあっという間に過ぎてゆく。が、いざ終了となった時、疲労が一斉に襲ってきた。


「大丈夫ですかっ? ウタさん」


 合流するや否や、エレノアは私の身を気遣ってくれる。


「あ、はい」

「良かった! それにしても、かなりバタバタしましたねっ。びっくりです!」

「本当に。エレノアさんこそ、あんなに動いて平気ですか?」


 私も色々手伝わせてもらったけれど、エレノアはもっと積極的に活動していた。彼女は周囲とも知り合いなので、頼み事をされる機会も、私よりずっと多そうだった。それゆえ、物凄く疲れているのではと心配していたが、それは杞憂だったみたいだ。


「はい! 慣れてますからっ」

「なら良かったです」

「ウタさんも良い働きをなさってましたね! こっそり見てましたよー」


 エレノアは、腰を九十度近く曲げ、上半身を私の方へと倒す。そして、尻を突き出すような格好をしながら、片手の人差し指で私を指差してきた。顔は笑っている。


「いきなり優秀! 凄いですねー!」

「そんなこと……ありません。私は偉大なことなんて何一つできませんから」

「もうもう! またそんなこと言って!」


 楽しい人だ、エレノアは。


「ウタさんが真面目かつ優秀であることは、もう記憶しましたから!」

「そんな……」

「ふふっ。これからも一緒に頑張りましょうね」


 エレノアの目はアーモンドのような綺麗な形。化粧によってなのかは不明だが睫毛も長い。非常に華やかな目もとである。

 しかし、華のある顔立ちなのに、気が強そうには見えない。鋭さは微塵もなく、素朴な印象を漂わせている。


 だから接しやすいのだ。

 まだ出会ってまもないのに気楽に話せるのは、彼女が純朴な雰囲気だからこそ。



 その日の終わり頃、私は、エレノアと共にアンヌと再会する。


「ウタ殿、調子はいかがですか?」

「元気です」

「あの……そうではなく。分かりづらくてすみません。ここでの活動がどうだったかをお聞きしたかったのです」


 アンヌは、離れていながらも、私のことを気にかけてくれていたようだ。


「エレノアさんのおかげで無理なく活動できました」


 アンヌの問いに、私はそう答えた。


「そうですか……! それは良かった。安心しました」


 私の答えを聞いて、アンヌは安堵したように頬を緩める。途端に、生真面目そうな顔面に柔らかさが生まれた。


「アンヌ! あのね、ウタさんとはすぐに友達になれたの!」

「そうなのですか? エレノア」

「ウタさん、とっても良い人! だから、色々話したりして、もう仲良しになれたの。これからも一緒にいたいな!」


 エレノアは満面の笑みで私との関係について話す。それを聞いたアンヌは、最初少し驚いているようだったが、しばらくすると微笑んだ。聖母のような、包み込むような微笑み方で。


「仲良しになれたなら何よりです」

「紹介してくれてありがと!」

「いえ」

「三人で仲良くしたいねっ」


 よく考えたら、女子同士でこんな風に楽しく過ごすのは初めてかもしれない。

 まだ地球にいた頃、私の世界には母だけだった。母が亡くなってからも、誰かと特別親しくすることはなく。基本一人でいることが多かった。

 その後、ウィクトルと出会ってからは、少し世界が広がったようには思う——が、それでも、友人らしい友人はあまりいなかった。


 私はいつも因縁の中。

 どこか冷たい関係性の中で生きてきた。

 何のしがらみもなく、純粋に笑い合える。そんな友人は、私にはほとんどいない。世界が広がった今でも、だ。


 ……もちろん、私が欲していなかったというのもあるけれど。


「あ、そうだ! ウタさん、そろそろ普通に話しても大丈夫ですか!?」

「何でも構いませんよ」

「じゃあ敬語止めますね!?」

「はい。大丈夫です」

「ふふっ。これでもっと仲良しになれる、そんな気がするねー」


 でも、エレノアとなら友人になれる気がする。

 具体的な根拠はない。だが、陽気な彼女となら、良い関係を築いてゆけそうな予感があるのだ。

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