響く音。
「すみません、これ試奏させてください」
涼太が店員さんに声を掛けた。
「はい、どうぞ」
「…fender?」
「うん、有名だよ」
「へぇ…」
何処からともなく“ぴっく”を取り出して、彼は楽器を構えた。
爽やかな音がスピーカーから聞こえた。私の良く聴くバンドのギターも、こんな感じの音だった気がする。
「これ、なんて言う奴?」
前のめりになり、涼太に問う。
「うーんとな、沙那にわかるように言うとな…テレキャスっていう…機種?」
「機種…」
「最近流行ってるよ。見た目も可愛いし、女子にも人気な気がする」
「ふーん」
そう言って彼は、楽器を見つめながらぶつぶつと呟きだした。
「…クリーンでこれか…なかなか」
「…」
「値段がなぁ…ローン…うーん」
買いたいなら買えば良いのに。そう思いながら顔を上げた。
店内には、壁やレジ前などにびっしりと楽器が置いてある。ギターとは違う楽器もあるようだが、私にはその違いが上手くわからない。ケース売り場、アコースティックギターもある。あ、向こうにピアノっぽいのも売ってる。
「これ、カッコイイじゃん。これにすれば?」涼太に声を掛けた。
私が指さしたのは、黒のギター。
「…それ、俺は弾けないよ」
「え?なんで?」
そういうと、呆れたように溜息を吐いて涼太が言った。
「それはギターじゃない。ベースっていうんだけど」
「へー、何でも知ってるね」
「こういう楽器やる人間には基礎知識。つまんねーならどっか行ってろ」
「迷子になるよ」
「…ったく。あと少しで終わるから待ってて」
「はーい!」
最近テレビから流れてくる曲や、涼太が好きであろう曲がギターの音に乗せて店内に響く。
下手とか上手いとかよくわからないけれど、昔より上手くなっている。昔、涼太の家に遊びに行った時は、只の雑音だったから。
「……凄いなぁ」
首を揺らしてギターを弾く彼の後姿は、今までよりずっと大きく見えた。
「終わったよ、待たせた」
「早くしてよねー、ホント」
「行ってもいいって言ったのはお前だけどな」
スマホを見ながら彼が言う。それに私は笑って返した。
楽器屋を出て、また地下鉄の駅へ向かう。次はどこへ行こうか。
「あ、チーズティー飲みに行かない?」
「は?」
すぐそばの交差点の信号が変わり、人の流れも変わる。
「涼太タピオカ嫌いでしょ?」
「いや、いい」
涼太は私の提案を遠慮しているように見えた。
「ヤダ」
「いいってば」
「行くよーん」
そんな彼の感情を無視して、私は信号を渡る。
「待ってよ」
信号は点滅を止めた。